第182話 この存在を覚えてた方は素晴らしい

 既に傾き始めた陽が照らし出すのは――おびただしい数のだ。綺麗だったであろう草原を血と臓物でドス黒く染め、吹き抜ける風をもってしても消せぬ血の臭い。


 そんな臓物を踏みしめて歩く二人の男……


「これで何回目やったっけ?」

「さあな。十を超えてからは数えてねえよ」


 ……ヒョウとユーリが死体の合間を縫って歩く度、靴が肉片を踏んで「ネチャ」という嫌な音を立てる。


「それにしても、相変わらずごっつい歌やな」


 少し遠くに見えるに首だけ向けたヒョウに、



 とユーリも陣幕へと視線を向けた。


 今二人とサイラスそしてリリアは、転送装置を使って荒野へと来ている。検証開始から既に半日ほど……


 効果の確認

 範囲の確認

 生歌や録音の比較

 スピーカー等の拡張機能の有効無効


 ……と様々な検証をしている四人だが、帰りも転送装置でひとっ飛びなので今回は時間の心配は必要ない。あまりにも便利なその機能に「これ使えば陣中見舞いも楽だったんじゃ?」と呟いてしまったリリアを誰も攻めることなど出来ないだろう。


 とは言えそんな便利機能のお陰で、東征の進路から大きく外れた荒野の一角で、リリアの歌声に秘められた力を検証が出来ているのだ。サイラスとしては、目を瞑ってほしいところだろう。


 そんなサイラスとリリアが詰める陣幕から視線を戻し、ヒョウとユーリは、足下に広がる無数の屍を目で追った。


 死屍累々とはまさにこの事だろう。


「何回も繰り返したけど、引き寄せられてるっぽいのは確かやな……」


 ヒョウが呟きながら、靴についた返り血や肉片を綺麗な草葉に擦り付ける。


「でもあれやん。世界が脈打つ……みたいなんはなかったな」


 眉を寄せて東を見つめるヒョウに、ユーリも「ああ」とだけ答えて同じ様に東を見つめた。前回確かに感じた脈動は、今回はなかった。


「あとは北と南が最初だけ、だったくらいだな……」


 ……ユーリの言う通り、モンスターが大挙して来たのは今回も多方が東側だ。南北から集まってくモンスターは最初の一、二回だけで残りは殆ど東側からの襲撃だった。


 普通に考えれば東の方が未開の地でモンスターが多いので当たり前なのだろうが……南北も東同様未開の地であるのに、だ。リピートの様に繰り返される現象に、サイラスは眉を寄せ、ユーリとヒョウは毎度顔を見合わせ肩をすくめたものだ。


「まあその辺りはスマイル仮面クレアが分析してくれんだろ」


 ユーリは、遥か上空に浮かぶサテライトを見上げた。今回の検証中、ずっとサテライトを介して様々なデータをクレアがとってくれている。サイラス軍団の中でも特に頭脳明晰なクレアだ。何かしらの取っ掛かりくらいは見つけているかもしれない。


「さて……あと何回くらい――」

「え? もう終わりやろ?」


 突き合わせた両拳の行く末が消失したことに、ユーリが「は?」と間の抜けた返事をすれば、「さっき言ってたで?」とヒョウが怪訝そうな顔で耳につけたイヤホンを叩いた。


「終わり?」

「終わり……ってユーリ君聞こえてへんの?」


 首を傾げるユーリにヒョウが眉を寄せる。今回の作戦はサイラスやクレアの指示によって色々と動く必要があるため、全員がイヤホンで情報を共有している。もちろんユーリの耳にもイヤホンが見えるのだが、ユーリはクレアの指示を聞き逃しているのだ。


「あ、悪い。毎回同じ司令ばっかでよ……別のチャンネルに繋いでんだよ」


 頭を掻いたユーリがイヤホンをイジれば、アップテンポなBGMが――『ユーリさん、ちゃんと聞こえてましたか?』――クレアの怪訝そうな声に切り替わった。


「聞こえてる聞こえてる」


 イヤホンを抑えて適当な返しをするユーリの隣で、ヒョウが呆れた顔を見せた。


『とりあえず撤収して下さい。色々と分かったことがありますので、後ほどブリーフィングルームにてお話します』


 クレアの言葉にユーリとヒョウが二人して顔を見合わせ、一度だけ大量の死骸を振り返った。


「……結構なになりそうやで?」

「剥ぎ取ったりする時間があればな」


 転がるモンスターの死骸は、ハンターからしたらお宝の山に見えるかもしれないが、それよりも今は検証を詰めるほうが大事だろう。とユーリは少しだけ残念な気持ちを溜息に変えて吐き出した。


 傾いてきた陽に照らされながら、二人はリリアやサイラスの待つ陣幕へと向かった――




 ☆☆☆




「おかえりなさい。早速ですが、始めてもよろしいでしょうか?」


 帰ってきた四人を迎え入れたのは、いつも通りタブレットを片手に笑顔を見せるクレアだ。急かすように四人に席を勧め、彼女自身は大きなモニターの前に陣取ってタブレットを既に起動している。


 全員が大人しく従ったほうがいい、と判断して黙ったまま席についた――


「それでは先ずこちらを御覧ください」


 ――全員が完全に腰掛けたかどうか微妙なタイミングで、クレアが速攻でタブレットを操作し、巨大なモニターに映像が流れた。戦場を俯瞰する映像だが、モンスターの部分にモザイクが入っている以外は、特段変わったものはない。


 モザイクはリリアを考慮しての物だろうが、そこに立つユーリ達からしたら、何とも言えない微妙な空気になる。


「なにか?」

「いんや」


 クレアが見せる圧のある笑顔に、ユーリは苦笑いで首を振るだけだ。なんせユーリ自身はモザイク被害がまだマシなのだから。


 逆にヒョウは酷い。彼の周辺だけやたらとモザイクが大きいのだ。「見せられないよ」に囲まれる友人の姿……は、仕方がないのだろう。なんせヒョウに近づくモンスターが一瞬で細切れになるからだ。細かなモザイク処理など出来るか、という抗議に近いのかもしれない。


 憐れんだ瞳を向けるユーリに、「ほっとき」とヒョウが頬を膨らませた。


「話を進めても?」

「「どうぞ」」


 再び見せる圧の強い笑顔に、ヒョウとユーリがほぼ同時に肩を竦めてみせた。


「では……」


 仕切り直すようにクレアがモニターを振り返った。


「これは一回目の映像ですが、ご覧の通りモンスターはほぼ南北、東の三方向から現れています」


 そう言いながら、「二回目、三回目……」と映像を高速で切り替えていくクレアだが、その回数が増えるたび南北のモンスターが鳴りを潜めていく。最終的には東からはの襲撃ばかりになり、リピート映像では、というくらい同じ事を繰り返しているのだ。


 リリアの歌が始まり、東からモンスターが来て、それをヒョウとサイラスないしヒョウとユーリが殲滅する。もちろん戦い方は都度違うが、同じ映像だと言われてもパッと見では気付かないだろう。


 とは言えそれはユーリもヒョウも気がついていた事で、今更映像で見せられても……という所である。だが、真剣な表情のクレアとサイラスはそうではないようだ。


「途中から東だけ……それだけのモンスターがどうやって集まっているのかね?」


 サイラスのもっともな意見に、「そういえば」とユーリもヒョウも思わず頷いた。二人にとって、尽きぬモンスターの大群など日常過ぎて忘れていたが、よくよく考えれば異常事態だ。


 全く同じ方角から、毎回異なった種類のモンスターが現れるのは。


「本来なら方角の違い、モンスターの数、そのあたりに差異が出てもおかしくはないと思うのだが」


 サイラスの言葉に「仰るとおりです」と頷いたクレアが、。あまり見たことのないクレアの表情に、ユーリは嫌な予感を覚えた。


「南北からモンスターが来なくなった……これは近くのモンスターを殲滅できた。と考えるのが普通でしょう」


 いつになく真剣なクレアの表情に、ユーリは黙って頷いた。


「そう思い私も途中南北の様子を同時に確認しました。……」


 クレアがタブレットを操作すると、画面が四分割された。


 左上は先程同様、戦場を俯瞰していた映像。右上と右下はそれぞれ「南・北」とテロップのあるただの荒野の映像だ。


「こちら、モンスターの現れなくなった南北の様子です」


 クレアの言葉に全員が頷く。確かに南北にはもう既にモンスターの影が見当たらない。


「ならば東は……と思い、東も調査しました」


 僅かに声を震わせたクレアが「検証地点より東に一〇キロ程先の……ですが」と付け加えた瞬間、それが流れた。


 何も無い荒野に立つ巨大なモンスターの映像。表すなら巨大な口。上下に牙の見える巨大な口が、その奥からモンスターを


彷徨う大顎ミタスタシス……の亜種だろうか」


 呟いたサイラスが、「モンスターを送りつけてくるとは」と片手で顔を覆った。


「ミタ……なんだって?」

彷徨う大顎ミタスタシス。転移装置の母体となったモンスターです。本来は人を口に放り込んで別の場所へと飛ばす……という存在でした」


 クレアの言葉にユーリ達三人は、この存在を理解した。転移装置同様モンスターを送り込んできているのだろう。


 こんな存在がいたのでは……と全員がモンスターを吐き出す彷徨う大顎ミタスタシスをボンヤリと眺めていたその時、


「問題はここです」


 とクレアが急に映像を止めた。一時停止した映像が、タブレットの画面を拡大するクレアの動作に連動して大きくなる――


「……?」


 リリアの呟きが示すように、そこには一人の人間らしき存在が映り込んでいた。綺麗な長い金髪と、緑を基調とした動きやすそうな服装。背中に担ぐ弓と長く尖った耳が特徴的な男性だ。


「人型のモンスター……と言われればそれまででしょうが」


 クレアがアップにしたままの映像を再生させれば、彷徨う大顎ミタスタシスから吐き出された男性は、慌てるようにキョロキョロと周囲を確認している。


 他のモンスターと違い、リリアの歌声目掛けて真っ直ぐ……という事はなく、ただただ狼狽した表情で辺りを見回すだけだ。


「オーベル嬢の歌が止みますと――」


 彷徨う大顎ミタスタシスの姿は忽然と消え、残った男性は困った様な顔で、東へ向けて走り去っていった。


「これは私の完全な推測ですが……」


 全員を見回すクレアが、大きく深呼吸をして言葉をためる。


「彼が、ユーリさんの仰っていたではないでしょうか」


 吐き出された男性の姿が、再び映し出された。人と似た背恰好、意思を持ったような瞳、思わぬ所から転がってきた情報に、その場の全員がしばし画面の男を見つめるだけしか出来ないでいた。


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