第179話 こうやって見ると結構いいトリオだと思う

 ヒョウの放った一言に、ユーリは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていた。実際にヒョウの言いたいことは分かるし、それが大事なことだと理解している。


 だが事が大きすぎるのだ。掴みそこねれば確実にリリアの身を危険に晒す。そしてその判断が出来るほど、リリアは世間という集団の暴力を知らない。その相反する思いが、どうしても表情に出てしまう。


「そないな顔してもアカン。本人抜きで、外野が決めてエエ話やないやろ?」


 呆れ顔を見せるヒョウに「そうだがよ」とユーリが歯切れの悪い言葉を返した。そんな返事しか出来ないのは、ユーリも内心気がついているからだ。


 リリアなら「自分の力を皆の役に立たせたい」、と言うだろう事に。


 そういう人間だと知っている。だからこそ、リリアには話さずにこの三人で何とか誤魔化して……と考えていたのだが。


「それに誤魔化して隠してたとしても、そんだけの力や……絶対にいつかは表に出るで」


 静かに瞳を開いたヒョウが、「ユーリ君らしくないわ」とユーリを真っ直ぐに見つめれば、ユーリが言葉に詰まった。


「ユーリ君ならその程度分かってるやろ?」


 ヒョウの言葉にユーリが分かりやすく肩を落とした。


「ンなこたぁ分かってるよ……」


 呟いたユーリが片手で顔を覆う。


「でもよ……出来るなら平穏無事に暮らせた方が良いじゃねぇか」


 ユーリは精一杯という風に声を絞り出した。実際分かっていた事だ。どれだけ隠そうとしても、いつかは公になるだろうことは。だがそれでも、少しの間だとしても今の普通を楽しませてあげたい、と思ってしまったのだ。


 ユーリが吐露した心情に、「せやな」とヒョウが呟いてソファに身体を沈めた。


「……僕かて、そうや。他の誰だろうと、あんな思いをさせるんは勘弁や」


 そう言ってヒョウは天井を仰いだ。二人にしか分からない空気にサイラスが若干眉を寄せるが、それ以上は突っ込まない。二人が納得して話し始めるのを、ただ黙って待つだけだ。


「それでも……としたら……どないする?」


 天井から顔を戻したヒョウに、ユーリだけでなくサイラスも眉を寄せた。


「ユーリ君、忘れてへん? 僕も馬、いわしたった事を――」


 その言葉にユーリが跳ねるように身体を前傾姿勢に。


「ユーリ君言うとったよな? オロバスがリリアちゃんの事、知ってる風だったって」


 その言葉に「ああ」とユーリが頷き、さらにオロバスが語っていた事を継ぎ足した。


 オロバスがリリアを「神子」と呼んでいたこと。

 リリアの力は、アナスタシスの拷問が生み出した副産物――神を降ろすためのと称した拷問で、人々が持った神という存在への恐怖が源――であること。


 それを聞いたヒョウとサイラスが再び考え込むが、一先ずヒョウも自分の知っている情報を開示しようと、口を開いた。


「まだ、点でしか捉えきれてへんねんけど――」


 そう切り出したヒョウが提示した情報は、


 リリアとロイド・アークライトの関係。

 ロイドとオロバスの関係。

 元々オロバスの分体はリリアを護っていただろう事。

 リリアの力がオロバスやロイドの計画の妨げになる事。


 そして――


「力が他人に知れた以上、リリアちゃんを葬るつもりやで」


 ――ロイドがリリアを切り捨てる事を選んだ事。


 それらの話しを聞いたユーリは、目を見開いたまま「ンだそりゃ」と呟いて、もう一度ソファに身体を深く沈めた。


「どうやって……か、までは分からん」


 首を振るヒョウが「ただ危険なのは事実やで」とユーリを真っ直ぐに見つめる。迫る危険にロイドを排除すれば……と一瞬だけ考えたユーリだが、その考えを脇へと追いやった。


 誰か一人を殺して、どうこうなる状況はとっくに過ぎている。もっと言えば、相手が見えなくなる可能性を考えれば、今ロイドを叩くのは悪手だろう。


 突きつけられた事実に、自分が思っていた以上に切迫した状況に、ユーリだけでなく全員が黙り込んだ。そうして流れる沈黙に、サイラスが思い出したように顔を上げて口を開いた。


「そう言えば、リリアくんの力は『神という存在への恐怖』の産物だと言っていたね」


 急に切り替わった話題に、ユーリが「らしいが……」と言いながら眉を寄せた。何が言いたい、と言いたげなユーリの表情にサイラスが「気になることがあってね」と切り出したのは、以前ヒョウ経由で仕入れていた『ダンジョン刑』と呼ばれる噂のことだ。


 犯罪者をダンジョンに連れていき、そこに置き去りにするという噂。ダンジョン探索をロイドから打診された頃、西側で流行っていた噂である。


 もちろんダンジョンなど見つかってはいないが、ダンジョン刑に処されたという男が、何とか生き延びて「連れて行かれた場所は、変な石がたくさんある場所だった」という証言をしていたという。


 送り迎えは目隠しと窓のない車両。

 かなりの距離を移動した。

 変な石が沢山ある場所。

 そしてダンジョンは東という先入観。


 様々な情報からダンジョンのある場所は、奇岩群――つまりカッパドキアではないか、という噂が回り現在の東征にも繋がっているものだ。


 元々ユーリには明かしていなかった情報であるが、ここに来てサイラスがその情報を明かしたのには理由がある。


「似ているとは思わないかね?」

「ダンジョンと神、どちらも未知のものに対する恐怖か?」


 意図を汲み取ったユーリが、「きな臭えな」と呟いて考え込む姿に、サイラスが「やはり馬鹿ではないな」と僅かに口角を上げた。


 神という存在への恐怖が、リリアの力を生み出した。で、あればダンジョンという未知への恐怖が――


「ダンジョンを生み出す……って言いてぇんだな?」


 ユーリの言葉に「左様」とサイラスが頷いた。


「どう思う?」


 ユーリは、目の前で同じ様に考え込むヒョウへと、視線を投げた。


「せやね……そこは僕も引っかかってた部分やけど――」


 そう言いながらヒョウが、再び思考を巡らせる様に僅かに俯いた。


「――ダンジョンの方は、恐怖が足りひんくない? それにダンジョンを生み出してどないするん?」


 ヒョウのもっともな疑問に、サイラスとユーリが二人して「確かに」と頷く。


「ダンジョン……」

「ダンジョンね……」

「奥底にモンスターを生み出すモノが居るらしいが――」


 サイラスが呟いた言葉に、ユーリとヒョウがほぼ同時身体を起こすが、これまたほぼ同時に「いや」と首を振って背もたれに身体を預け直した。


「モンスターを生み出してる奴を顕現させてどないすんねん」

「そいつをぶっ殺せば、モンスターも居なくなって終わりだろ?」


 呆れ顔のヒョウにユーリが肩を竦めてみせるが、自分で言っていて「ありえない」という事が分かっている。


 もしそんな存在を倒そうというのなら、リリアの力は確実に保護するべき対象だ。それを闇に葬るとなると、話の辻褄が合わなくなる。加えてオロバスの存在だ。もしモンスターの元凶がいるとして、それをロイド達が倒すとすれば、オロバスはその姿を消す可能性がある。


 召喚されたからといって、己の命を犠牲にするだろうか。しかも悪魔が。


 三人して「惜しいところまでは来ている」と思っているが、まだピースが足りないというのも同意見だ。


「現時点で分かるのはここまでか」


 小さく溜息をついたサイラスに、ユーリとヒョウも同じ様に溜息を返した。相手の目的が分かれば、リリアの動向も決めやすいのだろうが、これ以上の憶測はフットワークが重くなりかねない。


 ただ仮定とは言え、相手の手段が見えてきたのは大きい。これからはダンジョン関連の噂に聞き耳を立てていたら、より相手の姿がハッキリと見えてくるだろう。


「相手の手段が恐怖を増長させるんなら……」


「そうなってくると、リリアくんの力を公開したほうがメリットが大きいな」


 サイラスが小さく呟いた言葉に「……そんくらい分かってるわ」とユーリが鼻を鳴らして視線を下げる。リリアの力を公にして、それを希望の光とすれば相手が望む恐怖に対抗出来るかもしれない。


 加えてリリアの身にもメリットが有る。その有用性を周囲に訴えれば、周囲のリリアに対する視線が変わる。リリアの力は言わば人類の希望となるのだ。そんな人類の希望たるリリアの周囲に、常に人を配置する事が可能になる。それもクロエなどの実力者を。


 護衛であったという分体を失ったリリアに、公然と護衛を付けられるのだ。今より彼女の身が安全になる事は間違いない。


「分かってるわ……そんくらい」


 もう一度呟くユーリだが、その表情は優れない。頭で分かっていても、それを飲み込めるかどうかは別だ。リリアの能力が不確定な状態なら尚更。


 望まぬ力。

 向けられる勝手な期待。

 押し付けられる責任。

 どれもこれもが、リリアに降り注ぐかと思えば……メリットを理解して尚、素直に頷けない。


 そんな思いがモロに顔に出ているユーリを見て、ヒョウが小さく笑い


「ユーリ君の悩みも分かるで。でもそこはほら、僕がおるやん」


 自身ありげにその胸を叩いた。


「上手いこと情報を歪曲させて、広げれば必要以上にリリアちゃんに負担がかからんのとちゃう?」


 微笑んだヒョウが更に続ける。


「そもそも僕を呼んだのって、でもあるやろ?」


 全てを見透かすようなヒョウの顔に、「まあな」とユーリがぶっきら棒に返す。実際ヒョウには、もしもの時にリリアの情報を曲げさせようと考えていたので、ヒョウの言う通りと言えば言う通りだ。


 いずれ公になるならば、こちらから都合のいい情報を流すほうが良い。方法が限られるなら、始めからこちらに都合がいいように動かすほうが無難だ。


 気持ちの整理をつけたユーリが大きく息を吐き出した。


「神とやらがいるなら……ぶん殴ってやりてぇ気分だ」


 僅かに含まれた本気の殺意に、サイラスとヒョウが顔を見合わせてどちらもとなく肩を竦めた。


「とはいえ、最初に言ったけど僕らは外野や」


 ヒョウの言葉にユーリが殺気を霧散させ、「だな」と頷いた。


「とりあえずは、リリアちゃんが自分の力をどう思うか――」


「後はリリアの力が能力者に影響がないかの検証だな」


 話は終わりとばかりに、立ち上がるユーリだが、「リリアちゃんに話すんは任せるわ」とヒョウは動く気配を見せない。


「僕は商会長さんと、どうやって検証するかを詰めるさかい」


 そう言ってサイラスを指さしたヒョウが、「どうせユーリ君は何も考えてへんかったやろ?」とニヤリと笑った。見透かすようなヒョウの笑顔に、一瞬顔をしかめたユーリだが


「……任せた」


 と後ろ手を振るように、二人に背を向け会長室の扉へと歩きだした。リリアにどう切り出すか、その両親にも知らせるか、そういった内容をブツブツと呟くユーリが、扉を開き一歩踏み出――そうとしてその足を止めて二人を振り返った。


「ヒョウ」

「なんや?」


 首を傾げるヒョウに、ユーリが照れを隠すように頭を掻き


「お前が居てくれて助かったよ……あと、ジジイも」


 小さく呟いて今度こそ部屋を後にした。


 閉まる扉を見送っていた二人は、今も固まったまま閉じてしまった扉をボンヤリと眺めている。


「……明日は槍が降るかもしれん」

「貴重な場面に出くわせたな」


 どちらともなく笑った二人が、顔を見合わせまた笑いあった。


「このまま君達の過去でも話してくれると嬉しいのだが?」

「その情報は国家予算一〇年分が必要やけど?」


 ニヤリと笑い合う腹黒二人の会話は、盛り上がりを見せてその後も数時間程続いたという――



 ※明日は日曜ですが、どうしても外せない用事があるのでお休みいたします。

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