断章

第126話 夜空に輝くアルタイル(前編)

 ユーリがショッピングモールを破壊した日の夜。イスタンブール下層にある小さな酒場に彼らはいた。


「……くっそ。


 ジョッキを片手に口を尖らせるフェンに、「まあまあ」と同じ様にジョッキを傾けたアデルが肩を叩いた。


「お前は腹が立たねーのかよ」


 ジョッキを思い切り机に叩きつけるフェンに、アデルは「んー」と考えるように天井へと視線を彷徨わせた。


「今回に関しては仕方無くない? だってアタシなんか実際


 そう言いながらも「ニシシシ」と笑うアデルがもう一度ジョッキを呷った。そんなアデルの態度に、フェンは面白く無さそうに「チッ」と舌打ちをもらした。


「それだけじゃねーよ。明日もリーダーはあいつらと外に行くんだぞ?」


 眉を寄せてジョッキを空にしたフェンが、お替りを卓上のホログラムから注文する。


「そりゃまあ……ちょっと寂しいけどさ。でもエレナさんって、そういう所昔からキッチリしてたじゃん?」


 小さく溜息をついたアデルが「個人的な事は絶対アタシ達に迷惑掛けられないって」と呟いた。


「それは……そうだけどよ」


 アデルから視線を逸したフェンが、面白くなさそうに呟いた。


 実際フェンからしたら面白くなかっただろう。


 今日の作戦は、殆どユーリの前座のような扱いだ。本来であれば、実力的にエレナとダンテがそれを担うのが筋のはずである。実際途中まではそういう話で進んでいた。ところが急遽そこにユーリが入ってきて、美味しいところを持っていった形だ。


 加えてエレナは、明日もユーリ達に武器の素材集めを頼むのだという。


 確かにユーリの強さはフェンなら知っている。しかもチラリと見えた戦っているユーリは、あの時よりも確実に強くなっていた。だからサイラスやエレナがユーリに任せた事は頭では理解している。


 理解はしているが、


 頬を膨らませながらツマミを口一杯頬張るフェンに、「負けず嫌いだよねー」とアデルが眉を寄せながらツマミを一つ口に放り込んだ。


 そんなアデルの一言に、何も言わずにツマミを咀嚼し続けるフェンは、彼女の言う通り負けず嫌いなのだろう。事実ポッと出のくせに、奪還祭前からユーリ中心で物事が動いているような事が気に食わないのだ。


 加えてエレナがユーリ達と行動する度、まるで自分達よりも、ユーリやカノンの方が信頼されているような気がして――そんな事はあり得ないのに――妙な嫉妬心が芽生えている。


 その嫉妬心がまた何とも情けなくて、フェン自身ジレンマと言ったところなのだ。


 そんな情けなさを飲み込むように、フェンは新しく来たジョッキを勢いよく呷った。ゴクゴクと鳴るフェンの喉を前に、アデルは小さく溜息をもらした。付き合いが長いからこそ、こうなったフェンに下手な声を掛けるのは駄目だと理解しているのだ。


 そんなアデルの溜息をかき消すように、静かに開いた酒場の扉から賑やかに入ってくる男性五人組――


「あ、さーん! こっちこっち」


 その男性たち――ダンテ達――に気がついたアデルが声を上げながら元気よく手を振る。

 アデルの声で、彼女たちを視認したダンテも「悪いな。待たせたかい〜」と軽薄そうな声を出しながらテーブルの間を縫って二人の座る場所へ。


「遅かったから、先に始めちゃったよ?」


 そう言いながらジョッキを掲げて笑うアデルに、「問題ないぜ〜」と笑顔を見せたダンテだが、何かに気がついてその笑顔を引っ込めた。


「おや? ラルドの奴はどうしたんだい〜?」


 テーブルについているのが二人だけな事に、ダンテが首を傾げながら近くにある椅子を引いた。


「ラルドはちゃんが早く帰ってこいって」


 肩を竦めたアデルに「おっと小さなお姫様プリンセスのお願いなら仕方がないな〜」とダンテが再び笑う頃、彼のチームメンバー達が隣のテーブルを引っ付けて、思い思いの場所で椅子を引いて腰を下ろした。



 そして各々が卓上のホログラムから好きに注文した飲み物が届き――


「んじゃま〜、今日の共同作戦お疲れ様って事で〜」


 ダンテの号令で笑顔の男たちが、「かんぱーい」とジョッキをぶつけて笑顔を溢れさせた。


 アデルとフェンだけだったテーブルの周りは、ダンテを含む五人の男たちの影響で一気に賑やかに――


「おい、ダンテそれは俺のツマミだ」

「いいじゃねーか〜」


 茶髪でタレ目に泣きぼくろと、ダンテも顔負けの遊び人風男が、ダンテと料理の取り合いを始めれば……


「…………美味いな」

「おい、ディーノがご機嫌だぞ! この料理追加しろ」


 黒髪オールバックで無表情の男性の呟きに、一番身体の大きな白髪坊主頭の男性が椅子をガタガタ鳴らし、


「ディーノが〜」

「だろ?」

「おい俺にも一口くれ」


 と、どう見ても無表情のままの男性に、全員が驚いた顔を見せている。


 そんな騒がしい四人を前に


「お前ら…明日も任務があるんだから羽目を外すなよ」


 とタバコに火をつけジョッキを持つのは、金髪に顎髭が特徴の男性だ。一人だけシャツにスラックスと普通の私服なのは、この男性がダンテ達砂漠の鷲アクィラのオペレーターだからである。


 男四人のチームに男性オペレーター。かなりむさ苦しい集団だが、全員が気後れしない関係は、それを眺めるフェンに少しの羨ましさを覚えさせていた。




 ガヤガヤと煩い砂漠の鷲アクィラにアデルも自然と混ざり、彼らのテーブルは店内でも一際賑やかだ……ただ一人を除いて。


「どうしたフェン。浮かない顔だな」

「ロランさん……」


 フェンの肩を組んだのは、茶髪に泣きぼくろの男性だ。ロランと呼ばれた彼は、フェンと然程体型が変わらず、また使用している武器も二本の短剣と、今は自然と師弟のような関係性を築いている。


 ちなみにランクで言うと、フェンもロランも同じミスリルであるが、フェンから見たロランはオリハルコンに上がらないだけのミスリルだ。


 いや、ロランだけでなく、他のメンバーも全員がミスリルやゴールドだが、ランクに頓着しないのか、彼らはあまり積極的にランクを上げることは無い。


「今日の作戦……納得がいかなくて」


 そう呟いてジョッキを呷るフェンが、「しかもリーダー、明日もあいつらと出かけるって言うし」と口を尖らせた。

 少し顔を赤らめるフェンは酔っているのか、それとも恥ずかしいのか……兎に角自分と視線を合わせない彼に、ロランが小さく笑って近くの料理を引き寄せた。


「ま、お前の気持ちは分からなくはないぜ?」


 笑顔を見せたロランが、肉を口へと放り込む。


「ただまあ作戦の成功率を上げるなら、あの人選がベストだろ」


 そう言ってジョッキを呷ったロランが、「悔しいだろうけどな」とフェンに笑いかけた。


「悔しいって言うか……アイツが来てからアイツばっかり活躍してる気がして」


 肩を組まれながら口を尖らせるフェンは、何時になく大人しい。まるで借りてきた猫の様なフェンだが、ロラン達の前ではいつもそうなのだろう。アデルは驚いた素振りもなく、淡々と料理を口に運んでいる。


「その言い草だと、あいつ以外は活躍してねえって事になるが?」


 悪戯っぽい笑顔を浮かべるロランに、「そういう訳じゃ……」とフェンが口ごもった。


 少し意地の悪い質問に「……ロラン」と静かに注意したのはディーノと呼ばれた無表情のオールバックだ。相変わらずの無表情だが、それを見たロランは「悪い悪い、」とディーノにヒラヒラと手を振った。


 ロランの言葉に再び自分の料理とジョッキに集中しだしたディーノ。それを見て「フフッ」と笑ったロランが組んでいたフェンの肩を放した。


お嬢エレナが言ってたろ? 皆良くやってくれた……って。その言葉が、全てを語ってんだろ?」


 諭すようにロランはフェンを覗き込んだ。実際ロランの言う通り、作戦行動が終わって帰途に付く前に、エレナから全部隊へ労いと感謝の言葉があったのだ。


 その言葉の重みはフェンも十分承知している。フェンやロラン、それに他の二部隊がしっかり仕事をしていたからこそ、ユーリやエレナが自分の仕事に集中できたのだ。逆に言えば、全員が全員与えられた仕事をキッチリこなしただけとも言える。


 誰も活躍という良く分からない物差しでは測れない。


 そんな事はフェンだって分かっている。実際今まではそれで良かった。自分に与えられた任務を熟す事が、大事だと言うのは今も変わっていない。だが――


「なら、なんでリーダーは明日もアイツらと外に行くんですか」


 視線を逸したまま呟くフェンに、その場の全員が顔を見合わせた。


 ……拗ねてる。


 一瞬で共有された皆の思いが、今度はアデルへと降り注いだ。まるで「どうにかしろ」とでも言いたい雰囲気に、アデルは一旦自分を指差し、ブンブンと首を振った。


 付き合いが長いだけに、こういう状態のフェンは放っておく方が良いと知っているのだろう。


 暫し流れた沈黙を「プッ」と吹き出してしまったのはロランだ。


 その笑いにフェンが赤い顔を上げ、ロラン以外の全員から非難めいた視線が突き刺さる。


「悪い悪い! そんなんじゃねえよ……ただ……フェンも年相応なんだな……ってさ」


 慌てるように手を振るロランが、「二〇――?」と言い淀めばフェンが「二です」とそれを補った。


「そうそう。二十二だったな。二十二でミスリルっつったらだ」


 笑うロランが「俺なんてもう三十四だぞ?」と続けた。


「お前が出てきたときはさ、すげえ新人が来たもんだって思ってたよ」


 フェンの肩を叩きながらジョッキを傾けたロランに、フェンは「どうもです」と小さく頭を下げた。


「若く才のあるルーキー。しかも【戦姫】に認められてチームを組んだ連中だ。でもお前の年相応で未熟な感じに


 眦を拭うロランに「なんですかそれ?」とフェンが口を尖らせた。そんなフェンの頭をロランがポンと叩き「我慢すんなって言ってんだよ」と呟いて続ける。


「ユーリって言ったな……実際あいつは大したタマだわ」


 笑顔のロランが「お前との一騎打ち見てたけど、俺でも勝てねえよ」と肩を竦めて自分のジョッキを空にした。

 卓上のホログラムで新しい注文を入れながら、ロランが「でもよ……」と口を開いた。


「俺がお前に『無理だから諦めろ』って言って諦めるのか?」


 ニヤリと笑ったロランの顔に、「そんな訳無いじゃないですか」とフェンが口を尖らせた。


「なら、それで良いじゃねえか。ムカつく気持ちも、ドロドロしたも、お前が未熟で若いからこそ出る立派な気持ちだ」


 笑いながらフェンのデコを弾いたロランが、ダンテを振り返って「だろ?」と肩を竦めれば「当たり前だろ〜俺達はまだまだ若いからな〜」とダンテが笑う。


「そういう事だ。俺もお前も……思ってることがあれば、相手にぶつけるのがいいんじゃねえか? それがお嬢エレナだとしても」


 笑顔のロランから視線を逸らしたフェンが、「俺は…俺達はもっと」と恥ずかしげに呟いた。


 その言葉にアデルも小さく頷き、ジョッキを傾ける。


「リーダーは……アイツが強いから認めてるんだと…頼るんだと思います」


 そう呟いたフェンが「俺は……アイツに勝てるでしょうか?」と弱々しい呟きを続ける。


 その呟きに盛大な溜息を返したのは、今まで黙っていたオペレーターの男性だ。


「おいロラン、未熟どころか――」

「ブルーノ!」


 開きかけた口を、ロランが後ろ向きのまま手を挙げて制した。……黙ってろ。そう言いたげな仕草に、ブルーノがが呆れ顔を浮かべるも肩を竦めて黙る。


 ブルーノが黙り、場に広がりかけた沈黙を「お前がユーリより強くか……」とロランがフェンの言葉を反芻して破った。


「さあな。俺には分かんねえよ。ただ――」

「ただ?」

「アデルにしろ、ラルドにしろ……お前らがになれる可能性は十分にあるぜ」


 フェンの肩を叩いて「だろ?」と今度はアデルを振り返ったロラン。


「ァ、アタシは、エレナさんと信頼関係バッチリですって……」


 アデルはそう言いながらも語尾が窄んでいく。


 顔を赤らめてジョッキをチビチビ呷るアデルに、「言い切れよ」とロランが小さな溜息を返した。


「お前らがお嬢にとって最高になれば、必然的にお前の言う活躍の場も増えるんじゃねえか?」


 ロランの言葉に、「俺が強くなればいいだけでしょ」とフェンが口を尖らせて視線を逸した。


 意固地なフェンの態度に、「そりゃガキの台詞だろ」とロランが呆れた顔を見せるが、当のフェンは良くわかってないように「若いとガキと何が違うんです?」と困惑顔を浮かべている。


「オーケー、分かったぜ」


 大きな溜息をついたロランが「ブルーノ――」と振り返った。



 親指でフェンを指すロランに、ブルーノは冷めた瞳のままタバコに火をつけ「駄目だ」と首を振った。


自分テメエん所のも分かってねえヒヨッコなんぞ、リスクでしかねえだろ」


 咥えタバコのまま吐き捨てたブルーノに、「そう言うなって」とロランがジト目を返した。


 その瞳に「フー」と紫煙を吐き出したブルーノが「駄目だ――」と口を開きかけた瞬間


「……ブルーノ」


 ディーノが静かに口を開いた。


「ンな顔すんなよ」


 苦笑いのブルーノだが、ディーノの表情に変化は見られない。


「まあいいんじゃねーの〜」


 ヘラヘラと笑いながらジョッキを呷るダンテに、「テメエもか」とブルーノが溜息をついた。


「ブルーノ諦めろ。後輩を導くのも、俺たち年長者の役目だろ」


 大柄で白髪坊主の男性に、「ルッツ……」とブルーノが呆れた声をもらした。


「……」


 暫く沈黙を守っていたブルーノだが、「オーケー、分かった。が、大将サイラスの許可をとってからだぞ」とタバコを咥えたままデバイスを操作した。


 程なくして頭を抱えたブルーノが「……チッ…オーケーだと」と呟いた言葉で、ロランが笑顔でフェンの肩を叩いた。


「ま、明日も一緒に頑張ろうぜ? お前達の問題点――」

「ロラン」


 優しく笑うロランの背中に、ブルーノが厳し目の声をかけた。それに振り返ったロランにブルーノが首を振る。


「フェン、アデル」


 ロラン越しに声をかけたブルーノが「明日はラルドも連れてこい」と紫煙を吐き出した。


「んで、一晩考えてこい。自分達に何が足りねえのか。ガキと若いの違いを」


 そう言いながらタバコの火を靴裏に押し付けて、携帯灰皿に放り込んだブルーノが、ジョッキを一気に呷った。


「じゃねえと、


 その言葉に首を傾げながら「はい…」と頷く二人は、この言葉の意味を真に理解出来ていないだろう。

 フェンにとっては良く分からないまま決まった同行だが、ふとアデルに視線を向けると、無言のまま頷く彼女と目が合った。


 確かに自分達には無い何かを掴めるかもしれない。顔を上げたフェンが残り少なくなったグラスを一気に呷った。

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