第111話 平成初期までゲーセンは怖い所だったんじゃ
ユーリがオーガ達相手に暴れるフロアの一角――。メイン通路の吹き抜けガラス天井とは違うそこは、薄暗くカビ臭い空間だ。光源は僅かに入る陽の光だけ。だがその僅かな光が、かつてそこにあっただろう賑わいを、薄っすらと浮かび上がらせている。
灯る事のないネオンの看板。
入口付近に佇む錆びた一人乗り用の車。
奥の壁際に規則正しく並んだ筐体。
脇の壁にはガラスケースの中に収まったぬいぐるみや
どれもこれも埃を被り、所々朽ち、錆びたそれらが僅かな陽の光で浮かび上がる。まさしく放置された廃墟の正しい姿ではあるのだが、それと同時に電源さえ入れれば、今すぐ動き出しそうな雰囲気がある。
メイン通路と違い、吹き抜けで穴の空いたガラス天井ではなく普通の屋根のお陰か、はたまたモンスターにゲームという娯楽は分からなかったお陰か……。
兎に角、未だ使えそうな筐体が静かに並ぶその姿は、二度と戻ることのない人々と賑わいを待っているようだ。
そんな時が止まった空間へ――オーガを張り倒し、そして蹴り上げながらユーリが転がり込んできた。
「お、ゲーセンじゃねぇか!」
ユーリが笑いながら蹴り飛ばしたオーガが、入口すぐのメダル交換機をへし折った。
ジャラジャラと床に流れ出すメダルの音――止まっていた時が勢いよく動き始めた。
メダルの山をユーリが蹴り飛ばす。ジャラジャラと音をたてて床の上にメダルが広がる――。
そんなメダルにオーガが足を滑らせた。
仰け反り腕を回してバランスを取るオーガの前に――「ゲーセンで走るなバカが」――笑うユーリが高速摺足で接近。
思い切り顔面を殴り飛ばした。
メダルで足場が悪くなった中、摺足とは思えない速度で移動するユーリ。
とは言え、摺足だ。普通に駆けるよりは速度は落ちる。
そんなユーリへ、仲間の死体を踏みつけてオーガが接近。
飛び上がりながら、ユーリへ足を振り抜いた。
その蹴りをユーリが飛び上がるようなバク宙で躱す。
飛んだ先は――一人乗りの飛行機だ。
所々塗装は剥げているが、かつて子供たちを乗せて宙を跳ねていた飛行機に、ユーリが今…飛び乗った。
丸みを帯びた機体の上で、ユーリが膝を曲げ力を溜める――
ユーリの体重と力に、機体を地に繋ぎ止めるバネが軋む。
バネの勢いも利用したユーリが天井へと飛び上がる。
跳ね上がる飛行機。
千切れるバネ。
地から解き放たれた機体が短いフライトを楽しんだ頃――天井に着地したユーリが射出のエネルギーを溜めに変換。
天井を陥没、破壊させたユーリの踏み切りが、その身体を高速で運んだ。
二体の顔面を掴んで思いきり床に叩きつける。
その勢いを利用したユーリの
回転よりも跳ぶ事に特化させたそれが、別の二体の顔面を蹴り飛ばした。
オーガ二体を下敷きに、ユーリはメダルを巻き込み床を滑っていく。
下敷きにするオーガの角をそれぞれ引っ張り上げれば――
オーガボードの先端が僅かに浮き上がる。
浮いたそれを蹴り出すようにユーリがバク宙。
綺麗になった床へ着地するユーリ。
吹き飛んだ二つのオーガボード――が筐体の液晶画面にそれぞれ突き刺さった。
ガラスの飛び散る音に紛れユーリの後方から迫る一体。
振り抜かれる腕。
それをユーリはお辞儀の要領で躱し
左後ろ蹴りを相手の顎に叩き込んだ。
オーガは顎をカチ上げられ天井へ――
頭が天井に突き刺さったオーガがプラプラと揺れる。
パラパラと落ちてくる天井のカケラと埃。
それを見たオーガの一体が激昂したようにユーリへ肉薄。
鋭い爪を閃かせ、ユーリを切り裂かんと腕を袈裟に薙いだ。
ユーリのバックステップ。
空を切ったオーガだが、それでも止まらない。
間合いをつめつつ逆の手で左切り上げ――の腕をユーリの右脚が捉えた。
踏みつけるような蹴りでオーガの一撃を止める。
その蹴り足すら踏み込みに変えたユーリが宙を舞う。
飛び上がったユーリの左膝がオーガの蟀谷を捉えた。
吹き飛びガラスケースを突き破るオーガ。
それを尻目にユーリが捻った腰の勢いで回転。
跳び後ろ回し蹴りが後続も同じ様に吹き飛ばした。
着地するユーリを狙って、また一体接近。
叩きつけられた両腕のハンマーパンチ。
それを受け止めたユーリが笑う。
「行儀の悪い野郎は――」
受け止めた腕を掴んだユーリが「――パトカーに連行だ」と遠くに見えるパトカー型の車へと放り投げた。
吹き飛んだオーガが入口を歪めながら、パトーカーの中にスッポリと。
収まったその真上からユーリの踵落とし。
パトカーの天井とともに、中のオーガが拉げて潰れた。
錆びたパトカーが真っ赤に染まっていく。
その隣のタクシーをユーリが蹴り上げれば、バネから解き放たれた鉄の固まりが別のオーガ目掛けて真っ逆さま。
己を潰さんとする鉄塊へオーガが腕を突き上げた。
オーガの拳がタクシーの屋根とシャーシを突き破った瞬間、ユーリが上からそれを踏み潰した。
腕どころか体全体がタクシーに突き刺さるオーガ。
踏みつけた勢いでユーリがもう一度跳躍。
シャーシから飛び出たオーガを「走行中は窓から顔を出しませんように」と両足で思い切り踏みつけた。
頭から潰されるように、タクシーの中に叩き込まれたオーガ。
潰れたタクシーから滲む血が、床のホコリヲ赤黒く染め上げていく。
そんな光景を前に、一瞬動きの止まった一体へユーリが飛びかかった。
角を両手で掴んで顔面に両膝を叩き込めば
折れた牙が宙を舞い
砕けた鼻と顎から血が吹き出す。
事切れたオーガを蹴り飛ばしながら、ユーリが後方へクルクルと回転。
別の一匹の顔面にスタンプキックを叩き込んで踏み潰した。
ユーリが拳を振るえば、オーガが筐体の液晶に突き刺さり。
ユーリが足を振り抜けば、オーガがガラスケースごと吹き飛ぶ。
気がつけば憩いの場はオーガの死体だらけだ。
頭を天井や液晶に突っ込んだもの。
ガラスケースの中で目玉景品のように鎮座するもの。
車の中に押し込められたもの。
そして最後は――ユーリの跳び後ろ横蹴りで吹き飛んだ一体が、奥のメダル交換機を吹き飛ばして一番大きな筐体へ突き刺さった。
フロアが揺れる程の衝撃で、入口ネオンの看板が落ちて砕けて飛ぶ。
それが合図かのように、各筐体からまるで示し合わせたようにメダルが吹き出した――
「よっしジャックポットだな」
――溢れ出すメダルのジャラジャラという音に、ユーリが
「まあまあ楽しかったぜ」
笑うユーリが硬貨を指で弾く――崩れた天井から差し込む光を反射してクルクルと回る硬貨はカウンターの向こうへ。
満足そうにポケットに手を突っ込んだまま歩き出したユーリの目の前には――
「……壊すな……そう言ったはずだが?」
青筋を浮かべて腕を組むエレナの姿があった。
「バカか。上の連中の企みに乗っかる必要なんてねぇだろ」
眉を寄せるユーリに「企み?」とエレナも眉を寄せるが、「その話は後だ」とユーリがエレナの肩を叩いて奥を顎でシャクった。
「ようやくお出ましだぜ?」
ユーリの視線の先、通路の奥から何かが近づいてくる音が――ゆっくりと、だが確実に近づいてくる足音にエレナも思わず生唾を飲み込んだ。
ヒタヒタと近づいてくる足音が大きくなり、通路の向こうでピタリと止まる。身構える二人の前に現れたのは、通路の角にかけられた真っ赤な指だ。それをミシミシとめり込ませながら一体のオーガが顔を出した。
大きさこそ他の個体と違わない。腰蓑一枚なのも変わらない。
だが肩に担ぐ野太刀と長い角に長い頭髪。そして全身を走る入れ墨のような模様が、この個体がここのボスだと言うことを嫌でも教えてくれている。
ユーリとエレナを目視したオーガ・ジェネラルの身体で入れ墨が怪しく光る。
「……間違いない。あの光る模様はジェネラルだ」
顔を引き締めてエレナが剣を構えた。
「どんな原理だよ……身体に電気でも流れてんのかよ」
腰を落としつつも「ボコしてゲーセンのマシンに繋ごうぜ」とユーリの軽口は止まらない。
「あれは魔力が通る道らしいぞ。あそこを魔力が通ることで、より力強くそして疾くなるのだとか」
剣を構えたエレナが、「オーガの比ではないからな……気を引き締めろ!」とオーガ・ジェネラルを睨みつけたまま叫んだ。
「そりゃいいぜ……ようやく骨がありそうなのが来たじゃねぇか」
そんなエレナの前にユーリが進み出る。
二人とその後ろに見える同胞たちの死体に、オーガ・ジェネラルが咆哮を上げる。天に向けた咆哮が、天井の一部を崩しフロア全体を振動させる――
「いいねぇ……さあ踊ろうか――」
ジェネラルに向けてユーリが加速。
そんなユーリへ向けて振り下ろされるジェネラルの野太刀。
右腕一本で振り下ろされるそれがユーリの脳天に迫る。
斬られる直前にユーリが左へ体を開く。
鼻先を掠める刃。
前髪が数本ユーリの目の前で舞った。
それを尻目に、開いた体の勢いそのままユーリの右後ろ回し蹴り。
ジェネラルの右蟀谷に迫るユーリの踵。
空気が弾けてフロアが振動する。
直接打つかったわけでもないのに、そこら中の埃が勢いよく舞い上がった。
そんな埃を突き破って何かが勢いよく飛び出した――
「ユーリ!」
エレナの叫びが示すように、飛び出したのはユーリだ。高速で飛んだユーリは、エレナの叫び声を残して壁を突き破って外へ――
収まり始めた埃の中心を見ると、左手で何かを放り投げたようなジェネラルの姿。
どうやらユーリの右後ろ回し蹴りは、ジェネラルの左手で受け止められたのだろう。そこから踵を掴まれ、そのまま放り投げた…という所か。
ユーリが大きく開けた壁からそのと光が差し込み、舞い上がる埃をキラキラと光らせる。
「なるほど……一筋縄ではいかないか」
キラキラと光る埃を間に、エレナが剣を構えて――その瞬間、壁をぶち破る音が再び響いた。
「とーうっ!」
壁をぶち破って戻ってきたユーリ。その飛び蹴りがジェネラルを思い切り吹き飛ばした。
壁を崩して転がるジェネラル。
舞い上がる埃。
差し込む光が、空間全体を再びキラキラと光らせる。
「思ってたよりやるじゃねぇか」
パンパンと服を払うユーリに大きな傷は見当たらない。無事そうなユーリの姿に「流石だな」とエレナが思わず笑みを浮かべた。
「立てよ。お前もダメージはねぇだろ」
笑うユーリの視線の先で、ジェネラルがのそりと立ち上がった――
「さあ、第二ラウンドと行こうぜ」
一人と一体の姿が消える――空間全体が再び大きく震え、天井からパラパラと瓦礫が落ちてくる中、「これは……壊れるな」エレナの呟きを再度の振動が掻き消していった。
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