第109話 ショッピングモールは駐車場についた時が一番ワクワクする

 植物型モンスターを殲滅したユーリ達が辿り着いたのは、巨大な建造物の廃墟だった。幹線道路脇に立つ数基のビルと、その間に横たわるような巨大な建造物。


 崩れたビルの瓦礫が奇跡的に外れたのか、巨大な建造物はかつての栄華を思わせる比較的綺麗な状態でユーリ達を出迎えていた。


「デケェな……」

「でしょう……」


 ユーリとカノンは、ポカンと口を開いたままそれを見上げている。吹き抜ける風が、建造物に取り付けてあっただろう巨大な文字型看板をブラブラと揺らしている。


 ここは旧時代に建てられたショッピングモールの廃墟だ。かつては家族連れやカップルで賑わったその施設は、今やモンスター達の住処となっているのだという。


 なぜユーリ達がこんな場所まで来たのかと言うと……この施設に巣食うモンスターの殲滅を依頼されたからだ。


 幹線道路のほぼ脇に建てられたこの場所の制圧は、東への足がかりには不可欠だという。本来ならば、軍の保有する巨大火器でもって建物ごと吹き飛ばしてしまえばいいのだろうが、どうやら【軍】はここを拠点の一つとしたいらしい。


 つまり作戦の重要ポイントとして、この場所の制圧が依頼として出されることとなった。


 あの情報漏洩騒動から暫く、既にサイラスやクレアの機転により殆どのハンターが粛々と上から出される任務に精を出している。そんな中、シルバー以上とかなり幅広く出された今回の依頼にはかなりの参加者が手を上げていた。


 確かに巨大建物を利用できれば、一から拠点を作り上げるよりも効率は良いのかもしれない。だが、それ以上にハンターや【軍】の関係者(主に下っ端だが)に少なくない被害が出始めている。


 これ以上の被害を抑え、そして成果を上げたい……そこで白羽の矢が立ったのがユーリだ。


 ランク的にはまだアイアンのユーリだが、なんせミスリルランクのフェンを放り投げ、【軍】の少佐を叩きのめした男だ。実力的には全く問題はない。それどころか、こと集団戦において、そしてこの死角の多い場所での戦闘においては、恐らくイスタンブールでも右に出るものは居ないクラスである。


 元々別の作戦行動物資の運搬を請け負っていたユーリだが、エレナとサイラスからの頼みでこの作戦へと参加する運びとなった。


「旧時代にはこれより大きなショッピングモールもあったらしいですよ」


 呆けたまま口を開いたカノンに、「もはや平和の象徴だな」とユーリも口を開いたまま建物を見上げている。


 今のイスタンブールでも大きな建造物はある。例えばユーリが襲撃を掛けたマフィアのホームなどがそうだ。だが、大きいとは言っても限度がある。巨大な建物に巨大な駐車場。これほどの規模の建物は今のイスタンブールにはない。たしかにここを占拠できれば今後はイスタンブールの衛星都市としても活用出来るかもしれない。


 そのくらいだだっ広い空間に、場違いなようにポツンとある。そこから歩いてくる人影が一つ――


「待っていたぞ」


 近づいてきた人影、エレナが呆けたままのユーリ達を出迎えた。助っ人を頼んだエレナなりの礼儀なのだろう。


「それにしても思った以上に時間がかかったな」


「途中でに囲まれたからな」


 肩を竦めるユーリに「大方大声で騒いだのだろう」とエレナが呆れた笑顔を浮かべてみせた。


「早速で悪いが作戦の説明をしたい」


 ショッピングモールを指差すエレナに従うように、ユーリとカノンが駐車場に作られた簡易拠点へと歩を進めた。先程エレナが姿を表した黒い陣幕がそれだ。


 いつか聞いた説明に寄ると、この陣幕は都市の壁と同じ、モンスターの素材を使用しているのだとか。簡易的ではあるが、ある程度のモンスター避けになるそうだ。ただ貴重な物資らしく、【軍】にしか支給されないためハンターに回ってくる事はない。


 そんな陣幕の中には、いくつかの天幕とその周囲を歩き回る、多数のハンターや軍人の姿があった。どうやら怪我を負っているものも数人いるようで、この施設の攻略が難航している事がよく分かる。


 いくつかある天幕だが、それぞれが【軍】の団体だったり、はたまたハンター達の集まりだったりと、住み分けがなされているように見える。恐らくそれぞれの天幕に割り振りがあるのだろう。


 周囲を伺うユーリの視線に気がついたのか「普段から作戦行動を共にするチーム同士で固めてるんだ」とエレナが前を向いたまま答えた。


「なるほど……ってわけか」


 呟くユーリに「好き勝手させると全滅するからな」肩を竦めたエレナだが、この形に落ち着くまでに一体どれだけの被害が出たことやら。


 脇を通り抜けるハンター達の「ダンジョンもこんな感じかな」と言う不安げな声が、全てを物語っている。死角が多く、フロアに分かれた施設の攻略は、そういった経験のないハンターにとっても、【軍】にとっても難しいものなのだろう。


 今までだけに、弱さが露呈した形かもしれない。


 戦いはなるべく視野の確保できる場所で。

 退路の確保できない場所では戦わない。


 生存率を上げる基本戦術に忠実だったからこそ、こういった施設での戦闘に苦労するのも分からなくはない。加えて施設の老朽化も攻略難易度を上げている一因だろう。調子に乗って暴れると、床や壁が抜ける恐れがある。


 ただ崩れるだけならいいが、その先にモンスターの群れが無いとも限らない。


 常に様々な事に気を張っていなければならない攻略は、モンスターの強さ以上にハンターや軍人達の精神を削っている事が、先程の不安そうな発言からよく分かる。


 不安げなハンター達を尻目に、ユーリが通されたのは一つの天幕だ。エレナが率いるシグナスの面々以外にも、ダンテやエミリア、そしてノエルと呼ばれていた眼帯姿の女性だ。草原の風鳥アプスのリーダーらしいが、今も俯いたまま挙動不審な彼女にリーダーが務まるのだろうか、とユーリは未だに疑問が拭えなかったりしている。


 とは言え今はノエルのリーダーシップに関しては置いといていいだろう。大事なのは今から話される作戦の内容なのだ。


「んで? 雁首揃えて出した、悪巧み作戦の内容を教えてもらえるんだろ?」


 ユーリの挑発めいた言葉に、フェンの眉がピクリと動き、ダンテが「ボーイは相変わらずだね〜」と溜息をついた。


「さて、ユーリも来たことだし改めて作戦の確認だ」


 エレナが広げたのは巨大なフロアマップだ。地下二階、地上四階という最早化物かと思うくらい広いショッピングモール。エレナがその一番上のフロアを指差した。


「目的は、この最上階に巣食うオーガ上位種の討伐だ」


 エレナの言葉に「オーガか……」とユーリが呟いた。鬼とも呼ばれる屈強な肉体を持ったモンスターだ。その上位種ともなれば、伝説レジェンドクラスに匹敵する程強力なモンスターでもある。


「偵察ドローンの画像を解析した結果、恐らくオーガ・ジェネラルだと思われる」


 エレナの説明は続く。


「まずは他ハンター及び【軍】によるメインエントランスへの陽動作戦――」


 エレナが指差すのは、『一階フロア』と記された部分の、ど真ん中にある広い入口だ。


「この間に、我々は屋上から最上階へと侵入」


 一番上のフロアを指差すエレナ。どうやら屋上に駐車場はないようで、上はただの屋根らしい。そこから下へ向けて潜入するらしいが、潜入とは名ばかりの強襲だろう。中々ユーリ好みの作戦に、ユーリは自然と口の端が上がる。


焦土の鳳凰フェニックス草原の風鳥アプスの両チームは、両端のエスカレーターを破壊後、両端から四階フロアの敵掃討に移ってもらう」


 エレナに視線を向けられたエミリアとノエルが、それぞれ力強く、怖ず怖ずと頷いた。他にもエスカレーターの表記はあるが、バツ印がついている事から、どうやら崩落して使えないようだ。


砂漠の鷲アクィラはここを抑えて欲しい」


 エレナが指差すのは、フロアの中央にあるエスカレーターだ。一階から二階、二階から三階と各フロア同じ部分に設置されたエスカレーターは、成程旧時代のショッピングモールでよく見たあの光景である。


「オッケー」


 サムズアップを見せるダンテに「頼むぞ」とエレナが頷いた。中央エスカレーターは、恐らく一番敵の攻撃が集中する場所だろう。そこの守備を単独で任される砂漠の鷲アクィラへの信頼が見える発言だ。


「最後荒野の白鳥シグナスと、ユーリ、カノンの両名で敵のボスを叩く」


 エレナの言葉に荒野の白鳥シグナスのメンバーが頷き、カノンも「責任重大ですね!」と両拳を握りしめた。


「敵のボスを掃討後は、上階と一階から挟み撃ち形式の掃討作戦へと移行する」


 そう言ったエレナが、「同時に【軍】は地下への掃討作戦に移ってもらう」と地下フロアを指差した。


「何か質問があるか?」


 周囲を見渡すエレナに、全員が首を振る――ユーリも「いんや。ねぇよ」と首を振ったのだが――


「質問はねぇけど、意見はあるぜ」


 とエレナを真っ直ぐに見つめて口を開いた。


「ボスの討伐は、俺達だけでいい。お前らのチームは邪魔だからな。キザ男と一緒に侵入経路エスカレーターでも守ってろ」


 ニヤリと笑うユーリに、「はあ?!」と反応したのはフェンだ。眉を寄せて額に青筋を浮かべる彼に、「そういう所が邪魔なんだよ」とユーリは面倒さを隠さないように鼻を鳴らした。


「お前らと俺じゃ戦い方が違いすぎるだろ。お前らにウロチョロされると、気が散って邪魔なんだよ」


 ユーリが肩を竦めて笑って見せれば、フェンが更に顔を赤くする――が、ユーリの戦い方を知っているエレナとエミリアからしたら「確かに」と頷きたくなる部分もある。

 なんせ自分の命を的に、敵の群れに単身飛び込んでいくのだ。そうなれば、他の人間は迂闊に手を出せない。


 下手に手を出そうものなら、最悪ユーリを巻き込みかねない。邪魔と言うより、ユーリが戦いだせば、そちらに手を出す事が憚られる。


 そんな状況で、貴重な戦力である荒野の白鳥シグナスが指を咥えて見ているだけ……と言うのは確かに勿体ない。


「それにな……エスカレーターの下から上がってくる奴らだけじゃなくて、フロアの敵にも対処しねぇとなんだろ?」


 ユーリが眉を寄せながらダンテを顎でシャクった。実際にユーリの言う通りで、メインエスカレーターは三階から上がってくる敵を抑える役割があるが、それと同時に四階でうろつく敵からの襲撃も予想される。


「そういう訳で、こっちは俺達に任せてもらうぜ」


 ヒラヒラと手を振るユーリに天幕の中がシーンと静まり返り――視線を飛ばすエレナに肩を竦めるダンテと、仕方がないとばかりに頷くエミリア。そんな仲間たちの様子に「分かった」とエレナが大きく息を吐いた。


「その代わり、


 エレナが見せる笑顔に「ゲェ」とユーリが顔を顰めるが、「カノンは代わりに私のチームと一緒で頼む」とユーリの了解も得ずにカノンと荒野の白鳥シグナスに声をかけた。


「ちょ、まて――」

「心配するな。自分の身くらい自分で守れるさ」


 いい笑顔で微笑むエレナに、「そういう問題じゃねぇ」とユーリが口を尖らせるが、エレナはそれを無視して話を進めていく。


「そういう訳だ……すまないがカノンは私のチームと砂漠の鷲アクィラと共に中央エスカレーターを死守して欲しい」


「ガッテンです!」


 敬礼姿のカノンを見つめ、もうこれ以上は無理だとユーリは腹を括って溜息をついた。


「お前、間違ってもエスカレーター吹き飛ばすなよ」


 ユーリがジト目で放ったその言葉に要は皆に迷惑をかけるなという言葉だが、同時にエレナの同行を許した発言でもある。そんな発言にエレナが素直じゃないなと肩を竦めた頃、ジト目と失礼な発言を向けられたカノンはと言うと――


「ユーリさんこそ、旧時代の建物ですからね。暴れすぎて建物を壊さないで下さいね」


 ――負けじとジト目でユーリを見返していた。


 似た者同士の二人に天幕の空気が少しだけ緩んだ。戦いの前に気が緩むのは褒められたものではないが、少しリラックスしているくらいがいい、とエレナがこの空気を変えないように努めて明るく机を叩いて皆を見回した。


「よし、では作戦開始と行こうか」



 ☆☆☆



 作戦会議から数十分後――


「よし、全員集まったな」


 振り返ったエレナの声に全員が頷いた。先程は偵察に出ていて居なかった砂漠の鷲アクィラ草原の風鳥アプスのメンバー。そしてルカに加え今回臨時の焦土の鳳凰フェニックスメンバーとして招集された、リンファとゲオルグも合流している。


 文字通りサイラスが率いる集団が、一同に介した。


「――では行くぞ!」


 エレナの号令で全員が巨大な駐車場を全速力で駆け――加速の勢いを踏み込みで射出の勢いに変換。

 アスファルトを陥没させて、各々が巨大ショッピングモールの屋上へと飛び上がった。


 煌めく太陽を背に、無数の影が屋上へ。眼下に見えるのは、所々崩れ落ちた明り取りのような透明な屋根だ――


「さあ、派手に行こうぜ」


 ――笑顔のユーリが屋上の一部を思い切り蹴破った。

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