第57話 何事も程々が一番

 クーロン地区で大立ち回りをかましたユーリを待っていたのは、ゲオルグ隊長の拳骨と小言だった。


 隊長の確認も取らない独断先行。

 容疑者達への過剰な暴行。


 どちらも完全にアウトな行為で、ユーリとリンファは仲良くと言うことになった。


 とは言え、あれだけの大立ち回りをしておきながら謹慎で済んでいる、とも言えるだろう。


 これはリンファがユーリの正当性を必死に説いてくれた事が大きい。


 確かにリンファの言う通りの部分もはあった。だが少しだけだ。それをリンファが過大に美化して語るので「こいつ……何か企んでる?」と勘ぐりたくなるし、どうも背中がむず痒いしで、ユーリとしてはそちらの方がゲオルグ隊長の小言よりもいたりする。


 なんとか地獄のような時間も終わり、二人で執務室を後にして――


「お前のお陰で容疑者も全員が生きてるよ。容疑者のほうは……だけどな」


 そう笑っていたリンファは、ユーリが敢えて一人で全員を倒したに気がついたらしい。


 鉄火場のように熱くなった衛士と、衛士をボコボコにする程アホなクーロンの住民。混ぜ合わせれば、死人が出る程の騒動になっていたのは間違いない。


 勿論適当に無力化して引き渡しても、だ。



 普段のユーリなら「いいぞ。もっとやれ」と言いたいところだが、何だかんだリンファには世話になっている。未だどっちつかずのコウモリのようでもあるが、ユーリの事も他の衛士の事も気にかけている事だけは紛れもない事実だ。


 要は大事なのだろう。衛士もクーロンも。


 ならば今回くらいは一肌脱ぐか、ともう少しで終わりの衛士業に精を出したのだが……大層な理由を掲げたとて謹慎になったことには変わらない。


 リンファや衛士達のためを思って……いや、正直暴れたかったという思いが半分以上……八割程を占めていたので、「今更か」、とユーリが諦めの溜息をもらした。やはり何事もやり過ぎは良くないようだ。


「明日は久々にハンター協会に顔出すかな」


 呟きながらトボトボと帰途につき、下宿先であるリリアの店まで辿り着いたユーリを迎え入れたのは――


「ん? ちょっと賑やかだな」


 ――店の窓から漏れる明かりと、楽しげな笑い声だった。


 元々レオーネの下っ端が脅していたせいで客足が遠のいていたのだ。それがなくなったのならば、再び客が入るのも必然か。と何故か安心した溜息を漏らしてしまったユーリが扉を開いた。


「いらっしゃ――ってユーリじゃない」


 振り返ったリリアは営業スマイルから一転、一瞬だけ照れた表情で眉を寄せるものの「お帰りなさい」と小声とともに微笑んだ。


 その自然な微笑みに、「あ、ああ」としか答えられないユーリ。正直今まで「お帰り」などと言われた記憶は殆どないのだ。加えて破壊力抜群の笑顔付きだ。ユーリの対人スキルで返事を出来ただけマシである。


 ……マシではあるのだが、リリアからしたら「ただいまくらい言いなさいよ」とでも言いたい所なのだろう。不満げに頬を膨らませている表情が全てを物語っている。


 とはいえ、リリアも不満を顔に出すだけでそれ以上は追求しようとはしない。


 何故なら――


「あれ? ユーリさん何でここに居るんですか?」


 ――リリアの後ろからひょっこりカノンと、


「おお、本当だな。ユーリ、君も今日はここで夕食か?」


 椅子に座ったまま肩越しに振り返るエレナが居るからだ。


 一瞬で目配せするユーリとリリア。お互いがお互いに「余計な事は言うな」「分かってる」そう言いたげな視線を交わし、


「ああ。ちょっと近くまで来たからな――」


 ユーリは敢えての偶然を装い自然な流れでカウンターの席へ。


 別にやましい事など一つもないのだが、『リリアと一つ屋根の下で暮らしている』、と知られるのは何だかまずい気がしているのだ。

 特にエレナには、あの明け方の路地裏でのやり取りを見られている。昨日の今日で然程日も明けず「実は同じ家に暮らしてます」などと言おうものなら、「……君は手が速いな」などと言われかねない。


 とりあえず何とか話題を変えねばと――


「つーか何でエレナとカノンはここに居るんだよ?」


「それはエレナさんにご飯に誘われたからでしょう!」


 胸を張るカノンに、ユーリは何ともタイミングの悪い、と頭を抱えたくなった。とは言え来てしまったものは仕方がない。今日を何とか凌がねばならぬのは揺るぎない事実なのだ。


 どのみちバレるだろうが、もう少し時間をおいてから――


 ユーリとリリア。付き合いたての高校生カップルのような妙な思考を、以心伝心でシンクロさせる二人。


 そんな二人の努力を――


「あ、ユーリ君お帰りなさい! 先にご飯にする?」


 ――思い切り叩き割るのは、リリアの母親だ。全く悪気はないそれに


「おかえり?」

「先にご飯?」


 驚いた表情でユーリとリリアを見比べるカノンとエレナ。


 今、目の前で無惨にも散ってしまった努力に、ユーリとリリアは二人して両手で顔を覆い――


「た、ただいま帰りました。先にお食事頂きます」


 ――ユーリらしからぬ礼儀正しい声が、賑やかな店内に響いて消えていった。




 ☆☆☆




「へー。リリアさんとしてるんですね」


 ニマニマと笑いながらユーリを覗き込むカノンを、「同棲じゃねぇ」とユーリは押し退けながらフォークで料理を口に運ぶ。


「照れなくて良いですって」


 相変わらずニマニマ笑うカノンのアホ毛をユーリが掴み


「引っこ抜くぞ」


 冷え切った視線を向けた。


「ぎぃぃぃえぇぇぇぇ! ドメスティック!」


 カサカサと音を立てて後ずさるカノンを「ユーリ。あまり虐めるな」とエレナが支えた。


「虐めてねぇ。そのバカが訳分かんねぇ事を――」


 ユーリが溜息混じりの言葉を引っ込めた瞬間――エレナは周囲を包む気配の変化に、ユーリとほぼ同時に視線を入口扉へと向けた。


 それが合図かのように、入口の扉がゆっくりと開く。


 賑やかな店内に響く小さなドアベルの音。

 現れた長身痩躯の男が一歩店内へ足を踏み入れる――


「いらっしゃ――あ、お久しぶりです! いつも

「兄ちゃん、久々だな!」


 リリアを始め、店内の客からも「良く知った仲」だと言わんばかりの歓迎が青年にかけられる。

 そんな声に青年が軽く手を挙げ、「久しぶりやな」「あんま飲み過ぎたらアカンで」と笑顔を振りまきながら歩く。


 青年が歩く度、耳につけられたピアスが店の明かりに反射して輝き、チャラチャラと音が鳴る――


「おお! ! お元気でしたか?」


 青年に向けてまで親しげな表情で敬礼。

 それを見て微笑むリリア。


 そして――


、何しに――」

「……貴様、何者だ? ?」


 ――ユーリの声を掻き消し、全身からを迸らせるエレナ。


「あれ? 僕の能力が効かへん感じ?」

「こりゃすげぇな。さすが叙情詩エピックだ」


 呆けるヒョウと、驚きながらも笑顔のユーリ。


「能力。能力と言ったな……皆に何をした。言え!」


 ゲートに手を突っ込もうとするエレナを「まあ待てって」となだめるユーリ。三人の周囲では「エレナさん、何を怒ってるのでしょうか?」とカノンとリリアが小首を傾げて見つめ合っている。


「ユーリ、君も――」

「俺は問題ねぇ。コイツは俺のだ」


 落ち着けというユーリのジェスチャーだが、「皆そう言ってるぞ?」とエレナのボルテージは収まらない。

 正直店全体がヒョウに対して親しげな雰囲気を醸し出してる以上、エレナがユーリの言葉を信じられないのも無理はないのだが――


「おいヒョウ、自分で説明しやがれ」


 ――自分の潔白くらい自分で証明しろ、とユーリがヒョウへ視線を投げた。


「ごめん、ごめん。呆けとったわ――」


 驚き呆けていたヒョウが、表情を貼り付けたような笑顔に戻し


「ヒョウ・ミナモトや。【情報屋】やらしてもうてます」


 エレナに手を差し出した。


「……【情報屋】」


 目を見開き呟くエレナにヒョウが頷いた。


「そ。この特殊体質を利用して、色んな人から情報を集めるお仕事や」


 笑うヒョウに、エレナが「特殊体質」と眉を寄せた。


「こいつのコレ……自分で制御出来ねーんだよ」


 ユーリの助け舟にエレナが驚愕の表情を浮かべれば、ヒョウがそれを肯定するように肩を竦めてみせた。


「垂れ流しやねん。


 笑顔のヒョウが「便利やろ」と続けた。


 ヒョウの言う通り、狭い店内にポツポツといる客全員がヒョウの事を知っている風で親しげな視線を送っている。

 それは客だけでなくリリアや、店の主人もそうだ。


 少ないとは言え客同士の横の繋がりはなさそうだ。事実ヒョウが現れるまではそれぞれのテーブルで盛り上がっており、別の客に絡むということは無かった。


 それがヒョウにだけは、誰もが親しげに声をかけ、それが普通だという空気すら形成されている。


「……能力のコントロールが出来ない……そんな事があるのか?」


 眉を寄せヒョウを見るエレナだが、実際目の前で起きている以上信じるしかないのだろう。


「一応、は出来るんやけど――」


 ヒョウが小さく溜息をついたかと思えば、その姿をエレナの前から消した。


「どこに――?」


 あまりに急な出来事に、エレナだけでなくキョロキョロとヒョウを探す中、


「あそこ」


 ユーリが苦笑いで奥の机を指さした。


 そちらをエレナが振り返れば、なるほど、手を振るヒョウの姿があった。殆ど風景と同化しているのでは、と思うほど存在感を消したヒョウの姿が――


 派手な見た目をしてあの存在感の薄さ。何とも空恐ろし能力だ、と生唾を飲み込むエレナを他所に、「ユーリ君、流石やね」とヒョウがカラカラと笑っている。


「バカか。コイツがテンパってるだけだろ」


 ユーリが目の前で目を白黒させるエレナを指させば、「知っとるよ」とヒョウも肩を竦めた。

 今この場は完全にヒョウのフィールドなのだ。その状態ではエレナと言えど、正常な能力が発揮できないのだろう。


 その辺りは、ユーリやヒョウからしたら、エレナは経験不足と言えるかもしれない。


 そんなユーリ達のやり取りが聞こえていないのか、考え込むように視認しづらいヒョウを見つめるエレナ。


「……なるほど。誤認させる能力か――」


 ポツリと呟くエレナに「ご名答」といつの間にか真後ろに来ていたヒョウが囁いた。


 慌てて振り返ったエレナに、「そない顔近づけんといてぇな。されるか思うたわ」とヒョウが慌てて距離を取った。


「な、誰が――」


 顔を赤らめ震えるエレナと、ケラケラ笑うヒョウ。


「わ、私は認めないぞ! お前のような軽薄で胡散臭い男が【情報屋】だなどと!」


形のないもん情報売り買いしてんねんから、胡散臭くてもしゃーないやん」


 苦笑いを浮かべるヒョウの目の前では、ワナワナと震えるエレナが「【情報屋】はもっとこう――」とブツブツ何かを呟いている。恐らく今までヒョウが人前に出ず、様々な事を手際よく進めていた故に、エレナの中で何かしらの偶像が出来上がっていたのだろう。


 エレナの偶像が、ガラガラと音を立てて崩れるのがユーリにも聞こえてきそうな程だ。エレナの狼狽えぶりに、溜息をついたユーリが


「ヒョウ、あんまからかうなよ。後が怖えぞ」


 ボヤきながら浮かべた苦笑いに「【」とヒョウも笑いながら頷いた。


 ヒョウの返しに、「壁にめり込むからな。殴られるときはドア開けてからにしろよ」と笑い返せば、二人して声を上げて笑い出した。


 並んで笑う二人の様子を見たエレナが、その額に青筋を浮かべ「は喧嘩を売ってるのか」と頬をヒクつかせた。


 あまりのプレッシャーにユーリとヒョウ、二人して首を振る様にエレナは「……悪友だ。本当だった……最悪だ」と肩を落した。勝手に期待したのだろう自分を恥じているのか、それともヒョウと言う男の適当さ加減に幻滅しているのか。


 どちらにせよ肩を落してそれでも「いや、未だこいつが本当にユーリの――」とブツブツ呟くエレナに、ヒョウとユーリはどちらともなく顔を見合わせて苦笑いを浮かべた。


「とりあえずコイツは問題ねぇから、向こうでカノンと飯でも食っててくれ」


 ユーリに押しやられるエレナが肩越しにヒョウを振り返れば、ヘラヘラと笑いながら手を振る姿――それを見るエレナの眼差しに混じる疑いの色。


「あんまからかいすぎるなよ。


「全員半殺しの不良衛士に言われてもなぁ」


 笑うヒョウの耳の疾さに「うっせ」とユーリが口を尖らせながら、エレナを遠ざけるのであった。

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