第32話 幕間 カノンクエストⅠ

 私の名前はカノン・バーンズ。


 二十歳の将来有望ハンター兼オペレーターです!


 オペレーターというのは、我らが支部長が考えだした、とっても凄いシステムを扱う人のことです。


 このとっても凄いシステムですが、実は皆には内緒だったりします。

 その理由は……えーと……えと…………いずれ支部長が話してくれると思います。


 いえいえ。分かってないわけではありません。ちゃんと分かっていますが、ヒミツですからね。


 そういう大事な事は、偉い人が言うべきだと思ってるだけです。


 話がそれてしまいました。そんな超優秀な私は今、の真っ最中です。


 それはスパイ活動――とあるターゲットに接触して、その方を私達の組織へと引き入れるためのキッカケを探す役目です。


 責任重大なこの任務、まさに私のような優秀さが必要不可欠でしょう!


 ちなみにターゲットはというと――


「お前なに一人でブツブツ言ってんだよ……気持ちわりぃな」


 おっと噂をすれば――振り返る先には一人の黒髪黒目、高身長の男性。


 この方が今の私のターゲット兼、チームメンバーのユーリさんです。


 少しアブない雰囲気と、人を寄せ付けないオーラを纏ったイケメンさんなんですが、口を開くと――


「お前バカだし、何か変なモンでも食ったんだろ? 拾い食いは程々にしとけよ」


 とんでもなく口の悪い鹿さんです。


「ユーリさんじゃないので、そんな事はしません!」


 うら若き乙女が拾い食いなんてするわけないでしょう! そう言ってもユーリさんの目は疑いの眼差しのままです。


「人のこと何だと思ってるんですか!」

「なにって…ジジイんとこのスパイだろ?」

「ぎょええええ! なんで知ってるんですか!」


 ま、まさかのエスパーさんなのでしょうか。もしかして先程から私に見せているその変な半開きの視線で心を――


「……お前バカだろ。カマかけただけなのに」


 なんという悪辣な罠。純情な私の心を弄ぶ鬼のような男です。

 あ、溜息までつきやがりました。


「おい、スパイ野郎。さっさと依頼選んでこいよ」


 面倒そうなユーリさんが顎でボードをシャクってます。


「なんで私が――!」

「俺が行ってもいいのか?」


 ユーリさんの視線を辿り、ボードを見ると――なるほど。ボード前には沢山のハンターさんと眼鏡を光らせた支部長の姿。


 つい先程ユーリさんは、シルバーランクのチームを一つにしたばかりです。

 なんとも手の早い方です。


 どうもユーリさんはボードで依頼を探そうと、ハンターさん達をかき分けて前に出たらしいのです。


 ユーリさんに「マナーの教育をしてやろうか」と声を荒らげたのが、件のシルバーランクのチームのお一人。


 ユーリさんいわく

「『ちょっとゴメンよ』と言いながら入ったからマナー的には問題ねぇ」

 らしいのですが、お相手さんはどうもお気に召さなかったらしいです。


 それを止めるべく急いで支部長が駆けつけたのですが……結果は残念なことに。

 ユーリさんの拳で、全員が今日の依頼を休暇に変えることになりました。


 事情を聞いた支部長は、五人をボコボコにしたユーリさんに「人の多い時はボードに近づくな」とのお達しをしたくらいなので、やはりユーリさんが悪かったのでしょう。


 そしてそんな悪辣なユーリさんを、あの中に突っ込むわけには行きません。これもスパイの大事な仕事、『ターゲットの信頼を得る』に通ずるに違いません。


「分かりました! 一人で依頼も選べないユーリさんのために、不詳このカノン・バーンズが一肌脱ぎましょう」


 ……決まった。この素晴らしい私の敬礼姿にユーリさんも――


「ぎぃぃぃぃえぇぇぇぇぇ! 何でそんなに怖い顔をしてるんですか?!」


 目の前のユーリさんは、指をポキポキ鳴らしながら「ボードまでぶん投げられたくなかったら、その口閉じてさっさと行って来い」と何故かご立腹です。


 そんなユーリさんから逃げるように、そそくさと依頼を選びに。




 並んでいる人々を刺激しないよう、時に我慢し、時に隙間に潜り込んでいきます。

 フフフ。この優秀な私の行動を――――見ていない!


 ニヤリと笑って振り返った先には、ソファーにもたれてウトウトするユーリさんの姿が……。なんという薄情な男でしょう。


「ぐぬぬぬぬ……」


 ソファで船を漕ぐユーリさんに腹が立ちますが、その時ではありません。


 とりあえずさっさと依頼を選んで、叩き起こしてしまいましょう。




「んー。な依頼がありませんね」


 ユーリさんでも受けられそうなアイアンランクの依頼を探しますが


 ・オークの牙の納品

 ・廃墟の捜索

 ・屍カラスの掃討


 と、どれもばかりです。


 え? 活躍したらいいじゃないかって?


 そういうわけにはいきません! ユーリさんはどうも私のことを「バカ」だの「アホ」だのと勘違いしている節があります。


 ここはユーリさんでは困難な依頼を突きつけて、それを私の素晴らしい機転と力で解決するのです。


 そうする事でユーリさんの目を覚まさせ、私の力を思い知ったユーリさんを組織に引っ張ってしまいましょう。


 完璧な計算です。さすが私でしょう!


「お、この依頼は――」


 計算をする私の目の前に映し出されたのは一つの依頼。


『スライムの核を三つ納品してください』


 ……これはまさに降って湧いた依頼!


 スライムは粘性の身体を持つモンスターです。


 私の好きな旧時代のビデオゲームではザコ扱いでしたが、今の世の中ではザコです。


 ザコには変わらないのですが、基本的に魔法攻撃以外は受け付けず、辛うじて斬撃、刺突などの攻撃でも倒せなくはありません。


 エレナさんのような凄腕であれば、剣の一振りで倒すことが出来ますが、今回はユーリさんです。


 そう。ユーリさんは基本、拳で戦うタイプ。スライムは打撃攻撃に完全耐性を持っているため、ユーリさんでは太刀打ちできません。


「フッフッフ……これで勝つるですね」


 おっと。あまりにも完璧な作戦に笑いがこぼれてしまいました。流石私……私自身この優秀過ぎる頭脳が怖いくらいです。


 依頼の受付番号を素早くデバイスに入力し、これで依頼の受領完了……っと。


「ユーリさーーん! 依頼とってきましたよ」

「ん? ああ。じゃー行くか」


 ソファでウトウトしていたユーリさんが立ち上がり歩きだします。


「あれ? 依頼内容はいいんですか?」

「どうせ何かぶっ殺せばいいんだろ?」


 興味なさそうなユーリさんは大あくびです。


「できたら骨のあるやつがいいなー」


 と呟いていますが、残念ながらはありません。




 ☆☆☆




「今回の依頼はスライムの核の納品です」


 荒野に出て暫く、崩れた建物の近くで直ぐにスライムを発見したので、胸を張って発表しました。


 さあ、その苦悶に染まった表情を――


「スライムか……じゃ頼むぞ」


 そう言うとユーリさんは廃屋にもたれて目を瞑ります。


 聞きましたか? 頼む。だそうですよ! さすが私。完璧な作戦は完璧でした!


 ですがこのままでは駄目でしょう。ユーリさんに自分の無力さを思い知らせなければ――


「あれ? ユーリさん、スライム怖いんでしょうか?」


 完璧でしょう。このワードは相手を煽るのに一番いい。と聞いたことがある、と誰かが言っていました。


 目を開け、私を見るユーリさんにニヨニヨが止まりません。


「あー、怖い怖い。スライム怖いから頑張ってやっつけてくれ」


 ……まさかの発言。プライドがないのでしょうか。


 こうなれば奥の手です。


「ユ、ユーリさーん。私、スライム苦手なんで手伝って欲しいんですが……」

「……お前バカなのか? 何で自分でどうにも出来ねーヤツ取ってきたんだよ」


 あ、また溜息つきましたよこの人!


 完全にバカを見る目……ですが今は許しましょう。


 何故なら! もう間もなくユーリさんは私の前に膝をつくことになるのですから。


 何事もないようにスタスタとスライムに歩いていくユーリさん。


 そんなユーリさんに気がついたように、スライムの一体がポヨンポヨンとその身体を弾ませています。


 ポヨンポヨン跳ねたスライムが、ものすごい速さでユーリさんの顔面目掛けて――


 キターーーーー!! スライムアタックです。


 スライムの必殺技! 殆どの物理に耐性があるスライムの顔面への飛びつきは、食らってしまえば魔法を持たない人間やモンスターでは、何も出来ずにやられてしまいます。


 さて、もがき苦しむユーリさんを助け――


 ――パシュン


「はへ?」


 風船が割れるような音と、ユーリさんの顔面直前で弾け飛んだスライムに、変な声が漏れてしまいました。


 ユーリさんを見ると、鬱陶しそうに腕を振るい、その手についたよく分からない体液のようなものを飛ばしてます。


「え? ユーリさん?」

「ほれ。持っとけ」


 さっき振っていた手から投げられた何かを掴むと――スライムの核でした。


「え? ええ? えええええ?」


 状況が分からず声を上げるしか出来ない私に


「相変わらず賑やかなやつだな……」


 その目をやめてくれませんか? それと溜息も!


 再びユーリさんに向けてのスライムアタック!


 ――パシュン


 次は二体同時――


 ――パパシュン


「ユーリさん……スライムが勝手に破裂してる気がするのですが……」

「んなわけねぇだろ。飛んできたやつの核を抜き取ってるだけだ」


 何でもないことのように言いますが……スライムって刺突や斬撃がちょこっと効くだけで、打撃は……。


「え? 核って抜き取れるものなんでしょうか?」

「抜き取れるから取ってんだろ? それ以外の倒し方とか知らねーぞ?」


 再び飛来したスライムに、ユーリさんがその腕を突き立てます。


 集中して、よく見ると――


 指を伸ばした状態の腕を、超高速でスライムに突き刺してます。……まるで槍です。


 あー、スライムの身体が抵抗してます。

 凄い伸びて、伸びて伸びて――プルルンッ。つ、突き破ったー?


 あ、ユーリさんの手が核を――引きちぎりました。


 ――パシュン


 これが一瞬のうちに行われてます。


 正直ガクブルです。『武器はこの身体』発言。ここに極まれり。








「ほれ、さっさと帰るぞ魔法職」


 目の前に積まれたのは明らかに十を超えるスライムの核。

 数を伝えていなかったのでユーリさんは目につくスライム全てを狩り尽くしたみたいです。


「はは…ははははは……」


 乾いた笑いが漏れてしまいました。


「お前、敵おびき寄せる以外何が出来んだ?」


 だからその目をやめてください! そして溜息も!






「ちなみにこの成功報酬ってどのくらいなんだ?」


 既に街へ向かって歩きだしたユーリさんが振り返りました。


「……一〇万です。あ、ちなみに数が増えたら一つあたり一万で買い取りしてくれるそうです」

「依頼の数は?」

「三つでした」


 ユーリさんは、私の前に積まれた核を眺めています。


「でかした魔法職。お前結構役に立つじゃねぇか!」


 急に上機嫌で核を大事そうにゲートにつめ始めました。


「で、でしょう! 私は役に立つのです!」


 よく分かりませんが、褒められたので良しとしましょう。


 今回は少し失敗してしまいましたが、次こそはユーリさんに本当の力を見せつけてやります。


 そしてゆくゆくは私のことを「カノンさん」と呼ばせてやるのです。


 え? 目的が変わってるって?


 ……いえいえいえ。ちゃんと覚えていましたとも。


 私の任務はスパイ活動ですから。

 今回のユーリさんの行動もちゃんと報告させていただきますよ!


 そしてゆくゆくはユーリさんの弱みを握り――


「おい、カノン。お前ジジイにちゃんと『スパイがバレました』って報告しとけよ」

「そ、それは無理でしょう!」


 ……先に弱みを握られてしまいましたが、私の活動はまだまだ続きます!

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