第29話 価値観なんて違って当たり前
ユーリの爆弾発言に一瞬呆けたエレナだったが
「ユーリ、君は――」
「おめぇは黙ってろ。こーいうのは初めにキッチリしとかねーと駄目なんだよ」
エレナに再び肩を掴まれたユーリだが、「フン」と鼻息荒くその手を振りほどいた。
暗く静かな路地裏を吹き抜けるのは、まだ少し冷たい風――
「俺は、俺が暴れたいから暴れたんであって、決してお前のために、なんかじゃねぇ」
ポカンとしたままユーリの話を聞くリリアは、目に涙が溜まったままだ。
「それに『危険、危険』って言ってるがな……俺にとっちゃ、あんなの危険でも何でもねーただの日常だ」
腕を組むユーリの目の前で、リリアは未だ呆けたままだ。
「でも――」
「でももヘチマもねぇ。ハンターとして生きてんだ。生命のやり取りなんざ日常なんだよ」
ユーリの言葉にリリアはその口を噤む事しか出来ない。今回の事とは関係ないが、己が生命を賭け、荒野を行く――それがハンターなのは紛れもない事実だからだ。
押し黙るリリアを前に、小さく溜息をついたユーリは更に続ける。
「……それとも何か? 任務の度にお前は俺を心配して枕を濡らすのか?」
呆れ顔のユーリに対して、リリアの顔はドンドン紅潮していく――
「そ、そんなわけ無いじゃない!」
顔の紅さに連動するように、思わず大きくなってしまったリリアの声。それにリリア自信が驚いたように「――ッ」と息を呑み
「――な、なんで私が今日会ったばかりのユーリの心配なんて」
大きくなった声のせいか、はたまたユーリの指摘を想像したのか……兎に角何かを恥じるかのように、視線を逸らしたリリアが早口で捲し立てた。
「んじゃ、今日の事も心配すんなよ」
やれやれと溜息をつくユーリに、リリアは再び視線を上げ――
「今日のはまた別の話じゃない! だって私がアイツに絡まれなきゃ――」
「それがそもそもの間違いだってんだよ」
大きくなったリリアの声を遮るユーリの言葉。その意味を探るように眉を寄せ「間違い?」と、呟いたリリア。
話がよく分からないのだろう、リリアの勢いが少し弱まる。
「間違いっつーか、勘違いだな。『お前が俺を動かした』っつー傲慢な勘違いだ」
「はあ?! 何よ! その言い方」
勢い復活。
既に泣いていたことなど忘れ去ったかのようなリリアの声が、暗い路地裏に響き渡った。
目を細めキツくユーリを睨みつけるリリア。その視線を受け止め
「仮に……万が一、いや億が一、お前が絡まれてるのを俺が助けたとして……」
真っ直ぐリリアを見つめ返すユーリの表情は真剣だ。
「それを実行すると決めたのは……俺だ。俺自身だ」
曇りのない真っ直ぐした瞳に、リリアは息を飲む。
「誰かに強制されてじゃない。仮にお前に頼まれたとしても、どうするか決めるのは……決められるのは俺だ。俺自信なんだよ。」
言い切ったユーリの表情は、暗がりでも分かるくらい晴れやかなものだ。
「俺が……俺だけが俺の行動を、進む道を、生き方を、決められる」
リリアから視線を外し、街を覆う高い壁にユーリが視線を向ければ、
「他の誰でもない、俺は俺にしか従わない。だから――」
リリアへと視線を戻したユーリ。
「だから……その決断に心配なんてされても、いい迷惑だ」
どこかイタズラっぽい笑顔に、リリアは気恥ずかしそうに視線を外した。
「迷惑ってそんな言い方――」
視線は外したまま。リリアはその口を尖らせる。リリアの怒っているような戸惑っているような態度に小さく溜息をつき「じゃあ、お前はどうなんだ?」とユーリは肩を竦めた。
「え?」
まさか話を振られると思っていなかったのだろう、リリアの疑問符と怪訝な表情がユーリの前に転がった。
そんな疑問符を拾い上げるように、柔らかく笑ったユーリが
「……歌……好きらしいじゃねーか。ガキの頃から褒められてきたんだって?」
リリアを真っ直ぐ見つめた。
「何が関係あるのよ?」
眉を寄せ、ユーリを真っ直ぐ見返すリリア。そんな表情に、ユーリはさっきまでより余程好感が持ててたりする。
そんな湧き上がってきた好感を脇に置き、ユーリが口を開く。
「歌手なんて、この時代でも食っていける奴は
「それが何よ?」
腕を組んで指で腕を叩くリリアは、「ハッキリ言いなさいよ」とユーリに続きを促した。
「お前がもし歌手になりたいって思ったとして……褒めてくれた周りに『自分のせいで無謀な道に進ませちゃって』って心配されたらどうなんだよ」
「……ありがたいけど……」
腕を組み視線を下に。数拍考えたリリアが
「放っといてって気分かな」
困り顔を上げて頭を振った。
そんなリリアの回答と表情にユーリは大きく頷いた。
「俺も同じ気持ちだ」
笑顔のユーリと漸く通じたその思いに、一瞬息を呑んで固まったリリア……だが
「でも全然違うわ! 命の危険があるのよ?」
それを振り払うように、大きく頭を振った。
「それが俺が選んだ生き方だ」
暗かった路地裏に、一筋の光が差した。それは壁の鉄柵から丁度入り込んだ光――それがユーリとリリアの間を照らすように強く輝けば、リリアはよく見えるようになったユーリの顔を真剣に見つめた。
迷いのないユーリの表情に、見惚れた様に固まり、一瞬だけ朱に染まるリリアの頬――それを隠すように
「それで…死んだとしたら?」
リリアは少しだけぶっきら棒に呟いた。
「後悔はねーよ」
ユーリは再び視線を壁向こうの空へ――
「どうせいつかは死ぬんだ。それが五〇年後か今日かの違いくらいだ」
既に太陽は見えないが明るくなり始めた空がユーリの瞳に映り込む――そんな朝空のよう晴れやかな表情のユーリに、リリアも同じ様に壁向こうの空へ視線を投げた。
ユーリ同様、朝空を移した瞳――その眦を少し下げたリリアがユーリへ向き直り
「それでも心配するわ。だってそれが私の選んだ生き方だもの」
朝空よりも爽やかな笑顔をユーリへと向けた。
リリアの言葉に彼女を振り返ろうとしたユーリ――だが……横目に一瞬映ったその笑顔の破壊力に、慌てて再び空へと視線を逃した。
そんな照れを隠すかのように――
「とんでもねーお人好しだな」
ユーリがガシガシと頭をかく――だが存外悪い気はしないでいる。今後もこうして話したりご飯を作ってもらったり、そして――
「なら……心配なんかより明るく楽しく歌でも唄ってろ。お前の歌と飯の匂いに誘われて、たまに顔出してやるからよ」
――歌を聞かせて貰うのも良いかもしれない。
そう思いながら笑顔でリリアへと向き直った。
思わぬ思考だ。まさか関係を継続させたい、と自分から持ちかけるとは。若干の混乱はあるものの、それでもユーリは悪い気がしていない。
「私の歌…聞いたことないじゃない」
笑うユーリの顔をまっすぐ見つめ、リリアが再び口を尖らせた。
そんなリリアの態度に「そりゃそうだが」とユーリは肩を竦め
「エレナが上手いっつってたからな。飯も美味かったし歌も大丈夫だろ?」
自分では結構上手い事言えたのでは。そう思うユーリだが
「なにそれ。意味分かんない」
リリアはジト目だ。
リリアの盛大な溜息が少し明るくなった路地裏に響いて消えた。
「心配してたのがバカみたいじゃない」
「みたいじゃなくて、バカなんだよ」
お返しとばかりのユーリの盛大なため息。
むくれるリリアに、ニヤリと笑うユーリ。
「ホンっと嫌な人! ちょっとカッコいいかも。とか思ってたのもバカみたいだわ」
むくれたまま視線を外したリリア。
「何だ? お前、俺に惚れてたのか?」
そんなリリアにユーリが片眉を上げたしたり顔。
そんな言葉と表情に、リリアは弾かれるようにユーリに視線を戻した。
「はあ? そっんな訳ないじゃない……勘違いしないで。いい迷惑だわ」
腰に手を当て、ジト目のリリアが少し頬を赤らめながらユーリを睨みつけた。
そんなリリアにユーリは口角を上げ――
「言うじゃねぇか。今のお前なら好きになれそうだ」
「私は嫌いだけどね」
ユーリとリリアの笑い声が重なる――その声は再び壁とプレートに遮られた太陽より明るく路地裏を照らし響いていく。
そんな二人のやり取りを、ハラハラしながら見ていたエレナはポカンと呆けたままだ。
エレナからしたら、最悪の結果から逆転ホームランと言った劇的な幕引きに見えていたのかも知れない。
「お店、寄ってくんでしょ? ご飯途中だったじゃない」
店に向かって歩いていたリリアが不意にユーリを振り返った。
「いや、それなんだが――」
先程までの堂々たる態度はどこへやら。
バツが悪そうにドギマギするユーリに「ハッキリしてよ」と再びリリアがユーリの前まで詰め寄ってきた。
「今日くらいは私が奢ろう……痴話喧嘩への報酬だ」
再び向かい合った二人の間からエレナがひょっこり。
「「痴話喧嘩じゃ
重なる二人の声にエレナは何故かニヤニヤしている。
そんなエレナの表情に顔を赤らめたリリアが、そっぽを向き口を尖らせながら
「歌も聞いていけば?」
ボソリと呟いた。
「いや、いい」
思ったよりも早かった歌の提案に、思わずと断ってしまったユーリに、リリアの額に青筋一つ。
「何で断るのよ! 歌、聞いたこと無かったら帰り道が分からないじゃない」
「そっちこそハッキリ言えよ。『カッコいいユーリ君に歌を聞いてほしいな』って」
片眉をあげ、挑発するようなユーリの笑顔に、
「……エレナさん、行きましょ」
ジト目でユーリを睨んだ後、リリアは溜息を残してエレナの手を引いて店へと歩き出した。
ユーリを気にするように振り返るエレナと
「あ、ちょっと待てって! 暴れたから腹は減ってんだよ」
とそれを追いかけるユーリ。
「……それはユーリが勝手にした事じゃない。私には関係ないわ」
ユーリを振り返ったリリアは満面の笑みだが、額の青筋はクッキリと出たままだ。
暗かった路地裏、太陽が上から見えるのはまだ少し先だが――それを待てないとばかりに活気を覗かせ始めていた――
☆☆☆
「しびれた……」
「でしょ?」
舞台の上に立ったリリアは、汚れたエプロン姿のまま。
着飾っているわけでもない。
伴奏があるわけでもない。
場末の酒場、その一角でウエイトレスが歌っていただけだ。
それでも彼女の放つ圧倒的な歌声にユーリは、全身が痺れるような感覚に襲われていた。
「迷わず帰って来れそうかしら?」
「痺れちまって、途中で倒れなきゃな」
笑い合う二人の声が、少しずつ明るくなってきた店内に何時までも響いていた。
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