第10話 フワフワさせて良いのはパンケーキだけ

「仕方ねーな。じゃあ殺すか」

「「「「「は?」」」」」


 唐突に発せられた言葉に、衛士たち全員の疑問符が重なった。


 思いもしなかった発言が、衛士たちから思考するという動作を奪ってしまう。


 その発言がまるでのように発せられたのも原因があったのかもしれない。


 重い決断を下したというより、「え? 今日この店休みなの? じゃー、あっちの店行くか」みたいな軽いノリで「殺すか」と言われたのだ。


 彼らがその言葉を飲み込み、意味を理解するのに、時間を要したとしても無理もない。


 ただその隙を見逃すユーリではなかった。

 盾にしていた衛士Aの左手を放し、空いた手でそのベルトを掴むと、そのまま斜め上へと放り投げた。


「う、うわー」

 放り上げられた衛士Aが上げる間抜けな悲鳴に、他の四人が釣られたように空を見上げ――瞬間、衛士Aに向けて走る紫の閃光。


「ぎゃあああああ」


 空宙で悲鳴を上げた衛士A。それを受け止める衛士CとD。

 憤怒の形相を表すようツインアイを真っ赤に染めたのは衛士BとE。


 衛士四人の視線の先には、先程衛士Aが地面に落とした魔導銃マジックライフルを肩に担ぎ、小難しそうな顔をしているユーリだ。


「ちっ、銃ってーのは案外難しいな。それとも銃身のせいか?」


 空き缶のように綺麗にひしゃげた銃身のおかげか。

 はたまた通常の弾と違う魔力という謎パワーを飛ばしたおかげか。

 兎に角ユーリのセリフから、発砲は出来たらしいということは分かる。


「足が! 足があああ」

 地面に降ろされた衛士Aは、自分の左足を左腕一本で抱え、もがいている。


 ユーリが放った一発は、アーマーギアを砕き、男Aの左太もも前を抉っていた。


「き、貴様! 今の威力、当たりどころが悪ければ本当に死んでいたぞ――」

「うるせーな。殺すって宣言しただろ」

 男たちに向けて、片手で銃を突き出して見せる。


「ば、バカな! 自分が何をしようとしているのか、分かっているのか?」

「とーぜん」


 表情の変わらないユーリに慌てたように男たちも銃を構え直した。


「さっきからずっと言ってんだろ? 俺はハンター協会会則4の12を実行中だって」


 眉を寄せたユーリが「何回も言わせんな」とその銃口を地面で藻掻く衛士Aにピタリと向ける。


「そ、そうだとしても何故我々を『殺す』という発想に――おかしいだろう!」


 完全に衛士Aを殺す気満々の行動に、残りの四人が慌てて仲間をかばい陣形を整えた。


「先に俺を『殺す』って脅したのはテメーらじゃねーか。殺すつもりなら殺されても文句は言えねーだろ?」


 流れる沈黙。男たちは今までのやり取りを思い出すように、光るツインアイを左右に揺らしている。

 もちろん彼らはユーリに殺害予告を出したりはしていない。

 よって男たちが辿り着いた答えは


「いや、言ってないんだが……」


 至極真っ当な回答。


「おいおいおい。トボケんなよ。『我々が法で、法が我々なのだ』……だったか? 権力を持ってるやつがソイツを振りかざす時は『お前の命を握っている』ってー脅しじゃねーか」


 ユーリが悪い顔で笑えば、衛士達の口元が僅かに歪む。


「そ、そんなつもりは――」

「――なかったとは言わせねーぞ。あそこで俺が降伏してたらお前らはどうするつもりだった? 牢にでもぶち込んで、それこそリンチでもするつもりだったんだろ? 死んでも構わねー。って気持ちで」


「そ、それは――」


 男たちは上手く反論が出来ずにいる。

 ユーリの言う事に少なくとも心当たりがあるようで、今もモゴモゴと反論の言葉を探している。


「そりゃ死んでも構わねーよな。なんてったって、『法』なんだから。どこの誰かをなぶり殺したところで、誰も咎めねーよな」


 ユーリの声に男たちはただ黙るしかないでいる。


「そもそも魔力を目一杯込めりゃ、殺せるような武器を突きつけておいて、『殺すつもりはありませんでした』が通用するかよ。殺すつもりだったんだろ? なら大人しく殺されろ」




 銃を向け合い膠着する4人と1人。男たちは今肌身にしみているのだろう。目の前の男ユーリの異常性に。


 流れる脂汗は、このまま対峙すれば仮にユーリを殺すことが出来たとしても、少なくない被害が自分たちに出ることを物語っているようだ。

 最悪仲間から死者が出る可能性まである。


 であればと男たちは分かりやすい時間稼ぎに打って出た。


「貴様の言い分は分かった。こちらの言い方が悪かったのもあるが、それでも手を出したのは貴様だ。だが今ここで謝るなら、これまでのことは不問にしてやるぞ?」


「時間稼ぎか? 能力者になった時にいつでも死ぬ覚悟くらいしてただろ? さっさと殺されにこい」


「黙れ! 死にたがりの狂人め! これだけ騒いでいるのだ。通報を受けて他の隊員達やハンターも駆けつけるぞ!」


 もう既にユーリには男BからEの区別はつかない。

 ただ男の言葉通り、通りにいた市民が建物の中へ逃げ込んで暫く経っている。


 そろそろ通報された衛士隊が着ても、おかしくはなさそうだ。


「そうなったらメンドクセーし、さっさと殺しちまうか。その正当性は、そのへんの市民にでもしてもらうから安心しとけ。『急に怒り出して街中で銃を発砲しようとしてました』ってな」


 ユーリがその引金にかけた指に力を込めた。


「や、やめておけ! そんな事しても絶対に逃げきれんぞ!」


 慌てるように男たちも照準を再びユーリに合わせる。


「さあな。やってみたら案外イケるかもしんねーだろ? それに俺の故郷にこんな言葉があるんだよ『死人に口なし』ってな!」

 言うやいなや、ユーリは構えていた魔導銃マジックライフルを放り投げた。


 一瞬その銃に視線を向けそうになった男たちだが、先程はそれでやられたのだ。とばかりにユーリをその視界から外そうとしない。


「馬鹿め! 引っかかると思ったか!」


 勝ち誇る衛士達がその口角を吊り上げる。


「ちぇー。引っかからねーか」


 そんな衛士達の前で、奇襲が失敗したはずのユーリは言葉とは裏腹の謎な笑顔だ。


「我々を馬鹿にしすぎだ。唯一の武器を放り出すとは。そのまま死――べへ」


 勝ち誇ったように声を張り上げた衛士の頭にユーリが放り投げた魔導銃マジックライフルがクリーンヒット。


「なっ?」

「え?」

「へ?」


 まさかの奇襲に他の衛士たちの疑問符と視線が、空から振ってきた魔導銃マジックライフルに集まる――いな


 ユーリはその一瞬で距離を詰め、彼らのヘルメットから伸びるむき出しの顎を、フックで撃ち抜いた。


「ぐはっ」

「ごほっ」

「ぎゃっ」


 ユーリの放ったフックは綺麗に顎先を打ち抜き、衛士たち三人の脳を揺らす――。


 ヘルメットの重さもあって、誰一人揺らされた脳に抵抗することが出来ず、膝からその場に崩れ落ちた。


 またたく間に三人が昏倒させられ、残るは魔導銃マジックライフルが直撃した一人だけ。


「『そのまま死』……なんだ? やっぱ殺す気だったんじゃねーか」


 残った衛士の前で、これみよがしに指をポキポキ鳴らすユーリ。そしてそんなユーリから距離を取ろうと後ずさっていく男。


 気がつけば庇っていたはずの衛士Aすら通り過ぎてしまった。


 尚も男を追い詰めるユーリは、ついでとばかりに、今も転がって呻いた衛士Aの頭を「いつまでもギャーギャーうるせー」と蹴り上げた。


 静かになった衛士Aに満足したように頷くユーリは、最後に残った一人に詰め寄っていく。

「さて、テメーも――」


 男に手を伸ばそうとしたユーリの耳に飛び込んできたのは、通りを挟んで向こう側から騒がしく近づいてきている集団の足音。


 その足音に目の前の男も気づいたようで


「た、助けてくれ! ここに凶悪犯が――はっ」


 ユーリのボディブロー一発。


 痛みに腹を抱えてしまう男は、ユーリに顔面を差し出すような形に――そんな男の顎先を打ち抜くのは、もちろんユーリの放つフック。


 最後の衛士も他の男たち同様仲良く昏倒。


 今しがた地面に伏せた衛士の首に、ユーリの手が伸びる――


 ユーリが男の首に触れたのと間を開けず、ドタドタと十人以上の衛士隊らしき揃いの制服が路地になだれ込んできた。


「――貴様! 今すぐその手を上げろ」

「は?」


 先程昏倒させたばかりの男の頸動脈に触れながら、ユーリが答えた。


「俺じゃねー。俺も騒ぎを聞きつけてハンターだ。ウッドランクだけどな」

 暗がりで振り向かずにユーリは衛士隊に続ける。


「一歩遅かった……向こうの方に誰かが走って行くのが見えたんだが……流石にウッドの俺一人じゃ衛士をようなやつを――」


 ユーリはこれみよがしに悔しがって、地面など殴ってみる……手加減しながら。


「そ、そうなのか。情報感謝する!」

「この人達は……もうダメかもしれないが、俺が責任を持って医者を連れてくる」

 意を決したように立ち上がるユーリ。


 その身体はまるで怒りに耐えるように小刻みに震えている……震えている本当の理由を知るのはユーリのみなのだが。


「すまない。頼んだ。よし皆続け! 不審者はこっちだ!」

 勢いよくユーリの指さした方向へと消えていく衛士隊員たち。


 その姿が暗闇に溶けたのを確認したユーリは


「さて、と。後はこいつらをお終いだな」


 今も意識のない男たちを前に、あふれる笑みを抑えられずにいた。


「んー。どうやってぶっ殺すかなー。返り血とか浴びてたら疑われるからって、とっさに全員気絶さたんだが……んー。荒野にでも捨ててくるか……?」


 一人腕を組んでウンウンうなるユーリ。


「いやー案外上手くいくもんだな。これぞ完全はんざ――」

「――そんなわけないだろう?」


 不意にユーリの肩に置かれた手。

 気配を感じなかったそれに、驚いたユーリは弾かれたように振り返る。


 その視線の先には長い金髪の女性と、その後ろに控える男女が三人。


「全く……君というやつは――」


 女性はまるでユーリを知っているかのように話すが、ユーリには面識はない。

 そんな女性の胸に輝くタグは――赤みがかった金。オリハルコンが薄暗い路地でもその存在を示していた。


(オリハルコン……後ろの三人もそうだとは思えねーが…)


「アンタ誰だ? 俺を知ってる風だが?」


 眉を寄せるユーリの前で、


「一部始終はそこの店で見ていた」


 オリハルコンの女性は、ユーリの横にある建物を目線だけで指した。


「大人しくついてきてもらうぞ」


 笑顔の女性だが、その額には血管が浮き出て今もヒクついている。それに呼応するよう、ユーリの肩にめり込んでいく女性の指。


(ちっ…ここでやりあえば、さっきの奴らも戻ってくるな……流石に分が悪い…か?)


 眉を寄せ逡巡するユーリが無意識に拳を握りしめ――


「何を考えている? 私は同行を促しただけだぞ?」


 それに気がついたように、女性の指がユーリの肩に更に食込む。


「敵意を向けるのであればに従うことになるのだが?」


 女性の言葉に呼応するように、その後ろに控えていた3人からも剣呑な雰囲気が……


「クソ。今日はとことんついてねーな。ぜってー厄日だ」


 諦めたようなユーリの声と溜息が、薄暗い路地に響いて消えていった。









「ちなみに都市におけるハンターの自己防衛を記したのは、会則4の12ではなく、4の10の2だ。フワフワとした知識で――」

「うるせーな! ポッと出のくせに細かい事言ってくんじゃねーよ!」

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