031 本体に紋章を

「さて。いよいよ、紋章を一つ入れようと思います」

「えっ!? 本体に? バレるとまずいんじゃないの……?」


 複数紋の発動が成功した以上、遅かれ早かれ、その時は来るのだ。

 だったら早いほうがいい。

 王都へ旅立つのは明後日だ。クロエが「紋章を破棄する」魔法を使える以上、本体へ紋章を入れるハードルはかなり下がっていると言っていい。

 もちろん、全体の魔力の10%ごとぶっ飛ばすわけで、気楽に使えるわけじゃないが、異端審問に掛けられそうな時とか、どうしても必要な場面はあるかもしれない。そんなときに、破棄ができるというのは大きい。魔力10%は惜しいから、よっぽどでなければやりたくはないが。

   

 ドッペルはちゃんと驚いてくれるが、こいつは「私」なのだ。

 つまり、私が紋章を入れようと思っていることなんて、まるっとお見通しのはずだが、会話を成立させるためにあえて、こういう風に受け答えをしてくれるわけで、なかなか有能である。

 手前味噌だけど。


 時刻は夜。いつもの林の中。


「ちょっとちょっと、え? 今、本体に紋章入れるっていった? 私の魔導紋は?」


 私とドッペルの話を静かに聞いていたクロエが騒ぎ出す。

 特段、クロエに許可取ってなかったからな。


「クロエのも魔力が足りるまで増えたら入れるって。でも、今はまだ無理だし、もう複数紋入れられるようになったんだから大丈夫でしょ?」

「ダメに決まってるでしょ! 巫の魔導紋は1つだけよ! 私の巫なんだから!」

「マジですか」


 そういうのもあるのか。先に言っといてくれないと。


「じゃあ、クロエの紋章を入れる時には、それまでに入ってた紋章は全部破棄してもらえばいいでしょ? あの赤い魔力みたいの飛ばす魔法で。魔力10%は惜しいけど」

「え、ええ~……せっかくなら初物のほうがいいんですけど」

「初物て……」


 そういうの気にするとは、想定外だな……。

 というか、クロエ的にドッペルはノーカンなんだな。魔法で生み出した別人だし、そりゃそうか。


「まあ、でもクロエには納得してもらうしかないかな。私は私で滅びを回避しなきゃいけないわけだし、紋章も入れたほうが魔力も育ちやすいわけだし?」

「む、むぅ……まあ仕方ないか……。で、どこに何を入れるの? 肉体強化とか言わないでよ? あんなの入れるのは絶対許さないからね」


 クロエ、めちゃくちゃ太陽紋に厳しいんだよな。


「今のとこ、収納紋にしようと思ってるんだけど」

「ハイ、そこ! そのダサい呼び名はもうやめなさい。時空紋!」

「はいはい、時空紋ね。場所はまだ迷っててさ」

「まあ、時空紋ならいいでしょう」


 私の強みは、複数の紋章を発動できることだが、本体に関してはクロエの紋章を入れなきゃだから、複数の紋章を入れるわけにはいかない。1つならいいけど、破棄して10%取られることを考えると、厳しい。

 それでも1つ入れるなら、やっぱり収納がある時空紋だ。スロウがあるから戦闘でも有用だし、使っても変に目立たなそうなのもいい。


「で、入れる場所なんだけど――」


 まず、身体で紋章を入れられる場所は、実はそう多くない。

 なぜなら、紋章士は魔法を使う際には、その紋章を露出させていなければならないからだ。

 服で隠れてしまう場所には紋章を入れられない。

 いや、入れることはできるが、いざというときに使いにくい。

 だから、みんな背中に入れているのである。

 紋章士はオープンバックのセクシーな服を着ている。

 さすがに普段はマントやケープで隠していたりするが、いざというときはそれを取り去って使うのである。地味に恰好よくて私は好きだ。

 神殿のシスターさんたちの衣装は可愛いし、デザインした人はなかなかわかってる。


 紋章を入れられる箇所といえば、まず背中だが、もちろん温存。

 ここには大本命の紋章を入れたい。たぶん、クロエの紋章はここか胸元に入れることになるだろう。

 てのひら。悪くないが、何か武器を握っている時に使えないのは微妙だし、サイズが小さすぎて能力が格段に落ちるから、これも微妙。

 胸元。いわゆるデコルテにも入れられる。ここにも大きめの紋章が描けるから、温存したい。

 あとはふとももと、二の腕から肩にかけての部分。

 

「消去法で考えれば、そのどっちかか。……腕でいいかなぁ」

「どうかなぁ。腕じゃ、かなり小さめになるよ? 太もものほうが良くない?」とドッペル。

「入れるのは時空紋だから。そこまで威力は必要ないし」

「う~ん……。でもなんか、腕だと普段からむき出しだし、なんかの拍子にバレたりとかしたら面倒なことになりそうかも。ふとももなら、検められる可能性低いんじゃない?」

「それもそうか。そうでなくても初紋章だし……時空紋はまだ先がありそうな予感があるしね」


 私は小転移までしか使えないが、時空紋にはまだ先の魔法があるような雰囲気がある。


「じゃあ、ふとももで」

「了解」


 さて、なぜ時空紋か。

 それは、王都に旅立つ前に、収納魔法を使えるようにしておきたかったからだ。

 なにせ、旅にはよけいな荷物は持っていけない。

 せっかく剣以外にも槍や弓も練習しているというのに、それらを持っていけないのはつまらない。

 なにより、私の宝ともいえる朱墨をこっそり持って行くのが困難だ。向こうで新しい紋章をみる機会があったら、ぜったいに書きたいし。紙に複写もしておきたい。

 とにかく、時空紋の「収納」魔法があれば、これらの秘密のアイテムを持って行くことができるのである。

 あと、ドッペルの変装アイテムも持っていきたいというのもある。


「んじゃあ、本体に描くわけだからね。私が渾身の紋章を書いてしんぜよう」

「うむ。頼むぞ、ドッペルよ」


 ドッペルゲンガーは「私」だ。

 だから、私と同じ能力を持っている。筆を使った書を書く腕前も同じ。

 専用の筆に、自家製の朱墨をたっぷりと付けて、繊細な「時空紋」をふとももに描いていく。

 私は魔力を循環させ、いつでもそこに魔力を通せるように準備をしている。


「できた!」

「よし! 発動!」


 私は書けたばかりの紋章に、一息に魔力を通した。

 紋章が赤く輝き、私の身体の一部になっていく。

 ドッペルゲンガーの「私」は何度も体験し、そしてその「記憶」は私へと引き継がれているが、やはりそれはどこか別の人の記憶のような感触があった。

 だが、今のこれは本当に私の身体に起こっている変化だった。


「ふぅ……。完了。これで私も魔法使いかぁ」

「あ、ああ~。巫の初物をフラメル=ランバートに奪われたぁ……」

「そこ、初物って言わない!」

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