紋章描きの転生少女とドッペルゲンガー

星崎崑

001 なぜだか託されてしまいました


 燃える。燃える。燃える。

 故郷が、人が、森が、屋敷が。


 醜悪な魔物に生きたままに貪られる人。

 槍に貫かれ磔にされたまま嬲られる人。

 踏み潰され形を失い地面と同化する人。

 人々の絶叫が魔物共の饗宴を彩る。


 家族も、侍女も、騎士達も、すべて死んだ。

 今この瞬間、私が生きているのは偶然だ。

 ほんの少しだけ運が良かった。

 たまたま魔物の目に付かない尖塔の天辺付近にいた。

 ただそれだけのこと。


 魔物と人とが入り乱れた、ありえない軍勢。

 先頭の男は見たこともない複雑な紋章を背中に刻んでいた。

 その男の顔と、軍勢の旗印を記憶に刻み、私は背中の紋章――【奇跡紋】へと生まれて初めて魔力を通した。


 願わくば神様。私に復讐の機会を。


 すべてを奪われた、この恨み――


 こ の う ら み は ら さ で お く べ き か


 ◇◆◆◆◇


「――――というのが彼女の大まかなプロフィールです。あなたには魂となり彼女の肉体に入っていただきます」

「……はぁ」


 眩さすら感じるほどの白い白い部屋。

 私の前にはモザイクがかかったように姿を把握できない存在――「自称『神』」が立っている。

 その、神を自称する存在の横には、中世貴族みたいな女性の身体がプカプカと浮かんでおり、私は半ば腰を抜かしたような格好で、唖然とそれを眺めている。

 このプカプカ浮かんだ中世貴族風の女性が、今、自称神が話していた「幸せに暮らしていたが突然の魔物の侵攻により領地ごと滅ぼされた悲劇の令嬢物語」の主人公――名前はリディアといったか――なのだろう。


 彼女の肉体に、私が魂として入る? 

 ちょっと意味がわからないですね……。


「彼女が最後に使った力は、魂を燃やして神へ願いを届けるという、とても難しい……そう、奇跡です。しかし、彼女はやり遂げた。願いは確かに私へと届けられたのです。……私は彼女の願いを叶えなければなりません」


 淡々と説明する神だが、謎の熱量のようなものを感じる。

 こうして「奇跡」が起こるのは珍しいことなのかもしれない。


「彼女の願いは『復讐の機会』を得ること。しかし、「願い」のために燃やし尽くされた魂は戻りません。なので、代わりになる魂が一つ必要だったわけです」

「はぁ……。そこで私に白羽の矢が立ったと」


 その私が誰かと言えば、別に誰でもない、完全無欠に無関係の日本人だ。

 年齢は25歳。未婚。というか、彼氏がいたこともない。

 普通の大学を卒業し、普通に就職。

 特になにも変わったことのない疲れた毎日を送っていたが、どうやら話を総合すると私は死んでここにいるということらしい。


 う~む。

 ……私……死んだのか……。


「……なんで私が選ばれたんですか?」

「タイミング的なこともありますが……なにより転生に対しての予備知識が高かったからですね。実際、あなたはこれだけの説明で『だいたいすべてを把握しつつある』。そうでしょう?」

「……まあ否定はしませんケド……。それより復讐ってことは私がその……話にあった魔物の軍勢を倒すってことですか? 私では無理では? 平和な日本出身なんですよ? 鶏を絞めたことすらないんですよ?」


 予備知識があるからってのは、本質的にはあまり関係が無い。

 全然知らない世界で、全然違う他人になる。

 まして、それでやったことないことまでやれとなると……無理でしかないのでは。


「確かに……。この後、あの軍勢はあのまま国を滅ぼし、自らもまた滅ぶことになります。あなたが多少力を付けたところで、復讐のチャンスすら得られないでしょう。私も神。ヒトの力は信じますが、無謀と希望を履き違えたりはしません。なので……猶予期間として15年さしあげます」

「15年? どうするんですか?」

「リディアは20歳で死にました。ですから、5歳からスタートでどうでしょう」


 どうでしょうったって……。

 そんな力があるなら、自分でやればいいのに。

 時間遡行ができるなら、自分でその芽を摘めばいい。

 なにせ「神」なのだ。造作も無いことだろう。

 私にも、肉体の持ち主であるリディアにも、なにも特別な力などないのだから。


「神はあくまで手助けをするだけです。まあ、あなたの言いたいことはわかっています。もっと特典チートを寄越せ……ですね?」

「なにも言ってませんケド」


 心をシームレスに読んでくる自称神。

 特典はこういった異世界転生では、よくある話だ。チラッと考えたのは否定しないが、本当にくれるとは。


「運命は自ら掴み取るもの。こちらから一つ引いて下さい」


 いつのまにやら神の横に白い箱が置かれていた。

 箱の上部には、ちょうど手を入れられそうな丸い穴。


 妙に用意がいいな……と思いつつ、私は手を突っ込みカードを一枚掴んだ。

 カードにはカタカナで文字が書かれていた。


「えっと……ドッペルゲンガー?」

「ほう……それを引きましたか。自らの生き写しダブルを生み出す力……ありていに言えば、分身能力ですね」

「分身?」


 それは強いのか? 

 どうせならもっとわかりやすい能力なら良かったが、どうせやりなおしはきかないのだろう。


「5歳からやり直すして復讐の機会をって話ですけど、それって私、絶対やらなきゃダメなんですか? さっきの話だけだと、情報も少ないですし」

「ああ、そこはご安心下さい。リディアの魂はもうありませんが、肉体に刻まれた『記憶』のほうは『やりなおす肉体』に添付させていただきますから。あなたが『リディア』になりきることに苦労はないはず。復讐のほうもおまかせします。あなたが転生した時点で『復讐の』の願いは叶ったものとされますので」

「つまり、自由ということですか」

「そうですね」


 国が滅ぶという未来が15年後に確定しているのに自由もなにもないものだが、国同士の戦争? に私個人ができることなど何もないだろう。

 どうにか平和な別の国へ逃亡できないだろうか?

 地理的なことは不明だが、修羅の世界というわけでもないようだし、悪くない手という気がする。

 リディアは貴族、しかも伯爵令嬢だ。お金の問題はあんまりないだろうし、どうにでもなりそうだ。


 そんなことを考えていたのだが、黙り込んだ私にもう質問はないと考えたのか、無慈悲に告げた。


「それでは説明はこのあたりで。第二の人生をお楽しみ下さい」


 自称神が手を振る。

 私の意識は反転した。

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