第19話 弟くんはお姉ちゃんに甘えておけばいい
それからの俺は、大会に向けて本格的な練習に打ち込んでいる。
早めに学校から帰宅して、必要最低限の家事や食事を済ませて風呂に入ったら、あとはひたすらチームメイトたちとゲームをプレイする。
そんな日々を繰り返して迎えた金曜日の夜。
「よし、全員倒した……いや、右にもうワンパーティーいるな」
俺は今日も「Predators」のランクマッチをチームメイトとプレイしていた。
俺たちはボイスチャットで連携を取りながら、マップ内の激戦区である市街地で複数のパーティーと銃撃戦を繰り広げている。
『ん、わかってる』
チームメイトは瑠衣花と、もう一人。
『おっけー、二人やった……けどワタシもダウンした! 二人とも、あと任せた』
同じ高校に通う同学年の女子生徒だけど、クラスは違う。
周囲の人を巻き込んで行動しようとするリーダーシップを持っており、「プロゲーマーを目指す」と言い出した俺や瑠衣花に対して「じゃあ本格的にチームを組もう」と言い出したのも凛乃だ。
中学の頃からの瑠衣花の数少ない友人の一人で、彼女もまた瑠衣花の影響でゲーマーになった。
以来、俺ともゲーム友達であり、今では毎日同じ目標に向かって本気でゲームに取り組むチームメイトだ。
ボーイッシュな女子で、男子の俺よりも背が高く美形で同性からの人気がすごいらしい。
俺や瑠衣花と違って広い交友関係を持っている。
『あ、わたしもやられた。葵、あとはよろしく』
「任せろ」
そうは言ったけど、俺たちのプレイするランク帯は最上位帯だ。
プロやプロ並みに強い相手しかいない。
だから一瞬の油断が命取りになる。
俺は視覚と聴覚を研ぎ澄まして、遮蔽物の裏に隠れた敵を探す。
マップ内にある建物の影から、敵がジャンプしながら武器を構えて飛び出してきた。
「そこか……!」
弧を描くようにして弾を避けるような挙動で跳ねる敵に対して、俺は瞬間的に照準を合わせる。
その辺のプレイヤーなら敵の動きに反応できないだろうけど、俺はこのゲームでプロを目指している以上、これくらいは対応してみせる。
照準をぴったりと敵に合わせた俺は、射撃しようと左クリックを……押したのに、何も起こらなかった。
結果、俺の操作するキャラは敵の前で何もせず棒立ちになり、あっさり倒された。
パーティー全滅。
モニターの中央に、そんな文字が表示される。
『あれ、どした』
『葵……?』
普段なら負けた時も「ドンマイ」などと言って次に切り替えるような言葉を言い合うようにしているチームメイトたちの困惑する声が、ヘッドセットから聞こえてきた。
俺は不可解な気持ちを抱えながら、手元のマウスに視線を落とす。
もう一度モニターを見て、何度か左クリックをしてみる。
やはり、何も反応がなかった。
「……マウスが壊れたみたいだ」
『あー、そういうことか。代わりのマウス持ってないの?』
「それが……これしかないんだ」
『ん……しょうがない。今日は練習終わり』
瑠衣花の一言で、今日の練習は予定より早く終わった。
『ま、仕方ないね。瑠衣花、これから二人で一緒にやろうよ』
『……わかった、やる』
『いえーい。悪いね葵、君がモタモタしている間に瑠衣花はもらっていくよ』
程よい緊張感のあった練習が終わり、ボイスチャットの雰囲気が和やかになった。
「……はいはい」
凛乃が謎にからかってくるが、俺は適当に流しておいた。
○
「困ったな……」
練習を終えた俺は、リビングでソファに座って休憩しながら、スマホを見ていた。
ネットで購入候補のマウスを検索して、性能や値段を調べている。
「ゲーミングマウスって、なんでこんなに高いんだ……」
俺が欲しいマウスはどれも高性能で、値段もそれなりに高い。
8000円とか12000円とか、高校生にはなかなか手が出る代物じゃない。
「欲しいけど、余裕がないんだよな」
貯金を切り崩せばマウスを買うことはできるが、他のことに使う分がなくなる。
マウスを買ったらニノンのライブのチケットやグッズを買うことはできない。
「とはいえ……マウスを買わなかったら「Predators」ができないから、買うしかないんだよな」
プロゲーマーになるという夢を叶えるためには、他のことを犠牲にする必要がある時もあるわけだ……なんて思いながらため息をついた、その時。
「どうしたの弟くん。スマホと睨めっこしながら、ため息なんかついちゃって」
姉さんが、ソファの背もたれに肘を突きながら、スマホの画面を覗き込んでくる。
「うおっ」
「あ、マウス買うの?」
姉さんは背後から話しかけてくる。
相変わらず、遠慮のない距離感だ。
「……欲しいんだけど、お財布事情的にキツくて悩んでた」
「そういうことなら、私が買ってあげるよ!」
「いや、そういうわけには」
いくら姉さんが配信で稼いでいると言っても、理由もなく奢られていたら……いろんな意味で人としてダメになってしまう気がする。
「遠慮しない遠慮しない。弟くんはお姉ちゃんに甘えておけばいいんだよー」
「いや、どちらかと言えば俺が姉さんを甘やかしている気がするけど。いつもご飯作ったりとかしてるし」
「甘やかすって……弟くんの中ではそういう認識だったんだ……!?」
姉さんは何やら驚愕していた。
「とにかく、姉さんに頼るのは気が引けるから自分で何とかするよ」
「本当に遠慮しなくていいのに。弟くんには日頃からお世話になってるし、配信で入った収益だって、最近は弟くんの活躍が大きい部分もあるから。お礼させてー」
確かに、きょうだいになってから、俺はニノンの配信に度々出るようになった。
ここ数日は練習に集中したいのと、なんとなく姉さんと距離を置きたくてニノンの配信には出ていなかったけど……今まで貢献した分、少しくらいは報酬をもらっても罰は当たらない気がする。
「……じゃあ、お言葉に甘えて」
「よし、決定! さっそく明日買いに行こうか。こういうのは直接お店に行って試した方がいいよねー」
「買いに行くって……え?」
「私は明日に備えて早く寝ることにするよー。おやすみー」
意気揚々とそう言いながら、姉さんはさっさと自分の部屋に戻っていった。
……何気なく返事をしてしまったけど、あの感じはもしかして。
明日、また姉さんと二人で出かけるってことか……?
◇◇◇◇◇
というわけで、なんとなく距離を置くようにしていたお姉ちゃんから再びのお誘い。
次回はきょうだいの関係の変化が見られると思います。
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