第16話 もしただのきょうだいじゃないなら
その後、お泊りオフコラボ配信の最後に、ライブイベントの詳細についての告知があった。
ライブは今から約1か月後に、500名規模の会場で実施するとのことだ。
登録者数20万人規模のVtuberが選ぶ会場としては少し手狭な気がするけど、ニノンたちが個人勢である点と初回のイベントである点を考えたらこれくらいの方が手堅いだろう。
その他チケットの値段や販売予定についても発表があった。
絶対に行きたいな……推しの弟としてさりげなく潜り込めないだろうか。
俺はライブに思いを馳せながら、眠りについた。
「一応全員分用意しておくか」
翌朝、7時前に起きた俺は制服に着替えた状態でキッチンに立ち、朝食の支度をしていた。
「おはよー、弟くん……」
パジャマ姿の姉さんが、目をこすりながらリビングにやってきた。
「おはよう。今日は珍しく早起きだね」
「うん、今日はララちゃんのお見送りのために早起きしたよー」
今日は火曜日。
普通の平日なので、学校がある。
お泊り会なんてイベントがあったすぐ後でも、ララちゃんこと
「昨日の配信、夜遅くまでやっていたから寝不足だろうな……」
配信をずっと見ていた一視聴者である俺ですら眠くて少し怠いからな。
ずっとハイテンションで配信をしていた王城さんは更に疲労がたまっているだろう。
何か元気の出る朝食を用意しよう。
「弟くん、昨日ララちゃんと二人で何かしてた?」
「何かって、ただ話してただけだよ。気づいてたんだ」
「んー、なんとなくね。配信中に離席した後、ララちゃんがしばらく戻ってこなかったから。それで、どんな話をしたの?」
姉さんはキッチンの冷蔵庫から牛乳を取り出しながら、興味深そうにこっちを見てくる。
「別に、大した話はしていないよ」
「えー、そう言われると気になるなー」
「誰かに話すような内容じゃないから」
「でも、弟くんが同じクラスの美少女VTuberと二人きりで密会なんて……何か匂うね。お姉ちゃんとしてはぜひ把握しておかないと」
ただの興味本位、なんだろうか。
それにしては、妙に食い下がってくる気がした。
「姉さんは、どうしてそこまで気になるの?」
「へ……どうしてって」
姉さんは牛乳の入ったコップを手に持ったまま、制止した。
俺の疑問に対して、何か意表を突かれたような顔をしている。
「なんて言うか……きょうだいに対して、そこまで話す必要があるのかなって」
そう。
俺と姉さんが、きょうだいでしかないのなら。
それ以上の関係になりえないのなら。
他の女の子と話したことの詳細について、わざわざ報告する必要はない気がする。
そんな思いから出てきた、素朴な疑問……のはずだったんだけど。
目の前の姉さんは、思いのほか動揺しているように見えた。
「い、言われてみればそうだけど……でも」
「でも?」
「弟くんが他の女の子とどうにかなる……それこそ、恋人として付き合ったりするのは、正直いやだなー……」
姉さんはそう言って、力なく笑った。
(いや、なんだそれ)
姉さんにとって、俺はただのきょうだい……なんだよな?
「弟くん」以外の存在にはなりえない……はずだ。
けど、もしそうじゃないのだとしたら。
俺は姉さんと……黒川丹音と、どうなりたいんだろう。
その疑問について考えてみた、その時。
「おはようございます……ってどうしたの二人とも」
王城さんが起きてきた。
既に制服に着替えていて、ばっちり身だしなみを整えてきたようだ。
この家から直接学校に行けるように、一通り荷物を持ってきたらしい。
「……やっぱりニノンさんと
「いやいや、そんなことないよー。私と弟くんは普通の仲良しきょうだいだから」
姉さんは王城さんからの問いを否定した。
「あれ、私の勘はけっこう当たるはずなんだけどなあ……」
「仮にもし、俺と姉さんがそんな関係だとしたら……それっぽいと気取られないように立ち回ると思うけど」
「あ、それはそうか。いつも配信に出ていた弟くんが実は……なんて展開は炎上間違いなしだよね」
もっともらしいことを言ってみたら、王城さんは納得していた。
「おー、さすが弟くん! 良いことを言うね」
姉さんが笑顔で褒めてくれているのに、嬉しいと感じないのはなぜだろう。
考えようとして、俺はやめた。
朝から色々考えるのは、疲れる。
一通り準備ができたし、とりあえず腹ごしらえしよう。
「……朝ごはんできたよ」
「じゃあさっそく食べよう! 私お腹すいたー」
いつもなら寝ている時間に起きてきた姉さんだけど、食欲はしっかりあるらしい。
「朝も黒川君の手料理を食べられるんだ、やった」
王城さんも喜んでくれていた。
俺の料理は家族以外にも好評らしい。
「ちなみにネリネさんは?」
「あの子は多分昼くらいまで起きてこないよー、専業で予定ないから」
さすがVTuber、悠々自適な生活だな。
「四人分作ったんだけど、どうしよう」
「んー、置いておいたら食べるんじゃないかな。私の方から後でネリネちゃんに伝えておくよー」
そんな会話の後、俺たちは食卓に着いた。
朝食の献立は白飯と具だくさんの味噌汁に卵焼きだ。
普段は俺が起きた頃には両親はすでに出勤していて、姉さんは熟睡中なのでもっと適当に済ませるけど、今日は少し張り切ってみた。
その結果、姉さんと王城さんはおいしそうに食べてくれた。
……張り切った甲斐があったな。
「さて……そろそろ学校に行かないとな」
食後。
食洗器の電源をオンにしながら、俺はそう口にした。
「じゃあ行ってらっしゃい、二人とも」
「二人とも……?」
姉さんに言われて、俺は今更気づいた。
俺と王城さんは、今から同じ高校の同じ教室に行くという事実に。
「黒川君、一緒に行く?」
「まあ……そうだね。同じ場所に行くわけだし、そうなるか」
断る理由も特にないので、俺は王城さんの誘いにうなずいた。
こうして俺は、クラスの美少女と一緒に登校することになった。
同じ家から。
……この状況、誰かに見られたら変な勘違いをされそうだ。
◇◇◇◇◇
尺の都合で幼馴染が登場する場面まで書けませんでした……。
予告詐欺をしがちで申し訳ないですが、次回こそは幼馴染が登場します。
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