第14話 推しのオフコラボ配信は隣の部屋で

「コラボ配信とお泊り会か……まあ、絡みの多いVTuber同士だとそういう企画をやる人もいたりするか」


 話を聞いて、俺は納得する。

 ニノンと佐々城ララ、ネリネの三人はよくコラボしているVTuberで、合同でのイベントも控えているくらいだ。


「うん。三人で私の部屋から配信するんだー」

「そういうことなら、俺は静かに夕飯の支度をしておくよ」


 姉さんたちは三人で何か美味しいものでも食べるだろうし、今日は自分の分だけ用意しておけばいいだろう。


「夕飯かー。そう言えばどうするか決めてなかったね?」


 姉さんはララさんとネリネさんに向かって聞いた。


「あら、弟くんの手料理を期待していたんですけど、ダメでしょうか」

「正直、私も食べてみたいと思ってた……ニノンさんがいつも絶賛してたし」

 

 二人のVTuberは、俺に期待の眼差しを向けてきた。


「俺の料理なんて、別に大した味じゃないと思うけど……そういうことなら四人分作ってみるよ」

「ありがとうございます!」

黒川くろかわ君の手料理……やったっ」


 俺が首を縦に振ると、ネリネさんとララさんは嬉しそうにしていた。

 そんなに俺の料理が食べたいのか……?

 姉さん……ニノンがやたらと配信中に褒めちぎっていたせいで、過大評価されている気がする。


「弟くん、大人気だねー。お姉ちゃんとしても鼻が高いよ」

 

 何故か姉さんも自分のことのように喜んでいた。

 推しの過大な期待に応えられるよう、自分なりに頑張ろう。



 俺は四人分の夕食を作った。

 今日の献立は白飯と味噌汁、チキン南蛮と付け合わせのサラダだ。

 チキン南蛮を選んだ理由は特にない。

 強いて言うなら、家にある食材から作れそうな料理を選んだだけだ。

 今日は来客もいるので、いつもより少し張り切ってみたのは事実だけど。


「これは……噂通りのおいしさですね。まさに料理男子……弟くんはきっとモテるんでしょうね」

「さりげなく気遣いができるし、顔も結構カッコいい……ってクラスの子が言ってた!」


 二人のお客さんから、好評をいただいた。

 料理というか俺個人のことについて。

 俺がクラスでモテるなんて話、聞いたことないけどな。


「え、そうなんだ。それは……ちょっと困るなー」


 しかし姉さんは、ララさん……というか王城おうじょうさんのクラスメイトとしての声を真に受けていた。

 そして、姉さんの何気ない反応から、場の雰囲気がどこかおかしくなった。


「おや? 困るってどういう意味でしょうか? もしかしてニノンさんってけっこうなブラコンだったり?」

「え、ニノンさんと黒川君って、配信で噂されていたような関係だったり……」

「いや、変な意味はなくて! 弟くんに彼女ができたら、私のお世話をする余裕がなくなっちゃうから困ると思って!」


 妙な勘繰りをする二人の言葉を、姉さんはそう言って否定した。


「ニノンさんって身の回りのことをするの苦手って有名だし、黒川君がいないと確かに困りそう……」

「恋愛的な意味はさておき、ブラコン気味なのは変わらない気がしますね」


 ララさんとネリネさんは口々にそんな感想を述べていた。

 とりあえず、俺と姉さんが実はただのきょうだい以上の関係なのでは……という誤解は解けたらしい。

 改めて脈がないと言われているような気がして、俺としてはあまり愉快ではないというか……胸に何かがつかえるような感覚を覚えたけど。

 姉さんの言葉を聞いて、俺も少し納得してしまった。

 確かに俺が世話をしなくなったら、姉さんってどうやって生活するんだろう……。

 

(いや、きょうだいになる前は一人でなんとかしていたんだから、生活が破綻するようなことはないよな……)


 とはいえ、姉さんの食生活が以前までの不健全な状態に逆戻りする懸念はある。

 だからこそ弟でありニノンのファンである俺が、推しの食生活を支えていく必要があるわけだ。


(あれ、でも待てよ)


 俺が姉さんのお世話をするのって、いつまでなんだろう。

 他に誰か姉さんの面倒を見るような人……それこそ、彼氏ができたりしたら俺は必要なくなるのか?

 少しの間一人で考えてから、俺は。


(……やめよう)


 結論を出すことを避けた。

 こんな話、今から考えたって仕方がない。

 俺がくだらないことを一人で考えて悶々としていたその時。

 別の疑問を抱いた人がいた。


「あれ? でもニノンさんの配信に弟くんが出たり、お世話されてるって話が出たのって最近でしょ?」

「言われてみれば、その前はガサツな生活を送っていることで有名だったのに、ここ一か月で何があったんでしょうね?」


 ララさんとネリネさんが不思議に思うのは当然だ。

 どうして今までもきょうだいだったはずなのに、つい最近になって弟が姉をお世話するようになったんだろう、と。

 その答えは配信を見ているだけでは分からないが、簡単な話ではある。


「実は私たち、一か月ちょっと前に親が再婚して、きょうだいになったばかりなんだよね」


 姉さんが答えを口にした。

 配信中では表に出していないけど、仲の良いVTuberが相手なら隠す気はないようだ。

 しかし、その結果。


「え?」

「おや?」


 ララさんとネリネさんが、そろって何か疑問がありそうな声を発した。


「義理のきょうだいって……やっぱり怪しいですね」

「実は二人は禁断の関係だったり……!」

「だ、だから! 私と弟くんはそういうのじゃないってば!」


 疑問に答えた結果、またあらぬ勘繰りをされてしまい、姉さんは慌てて否定していた。


「ふふ、冗談ですよ。仮にそんな関係なら、この家にわたしとララさんを呼ぶわけないですからね」

「あ、言われてみれば……そうか」


 余裕の笑みを浮かべるネリネさんの言葉に、ララさんも納得している。


「でも必死で否定するあたり、やっぱり何かあるんじゃないかと思ってしまいますけど」

「な、何もないってば!」

「本当に、ニノンさんはからかい甲斐がありますねえ。普段は他の子をからかう側の女の子だから、余計に」


 天真爛漫な振る舞いで人を振り回すニノンが、誰かに振り回される。

 その光景は確かに珍しい。

 ネリネさんとニノンの絡みが人気なのは、こういうところだよな。



 食後、夜。

 三人のVTuberたちは風呂に入った後、姉さんの部屋でオフコラボ配信を始めた。

 俺はその配信を自分の部屋のパソコンから見ている。

 配信画面に映るのはニノンだけじゃない。

 水色のロングヘアーと女子高生っぽい制服が特徴のララさんと、ファンタジーっぽいドレスを着た金髪碧眼のネリネさんのアバターが表示されていて、いつもより賑やかだった。

 配信の内容は、お泊り会の模様について語る雑談がメインだったけど、その中でも一番の話題となったのは。

 ニノンの「弟くん」のことだった。

 つまり、俺についての話題だ。


『実際に会ってみたら、ニノンさんはリアルでも弟くんのことを「弟くん」と呼んでいて驚きました』


 ネリネさんが、そんなことを口にする。


『えー? 弟くんは弟くんなんだから他の呼び方なんてないよー』

『いや、普通名前で呼んだりすることの方が多いでしょ』


 ララさんがツッコミを入れた。

 今更だけど、ニノンと同年代なのに敬語のネリネさんと、年下なのにタメ口のララさんって構図は不思議だな。


『じゃあ私たちきょうだいは、普通より仲がいいんじゃないかなー』

『普通より仲が良いなら、尚更名前で呼びそうな気がするけど……』

『でも、弟くんは私においしいご飯を作ってくれるよ? その辺のきょうだいはここまでしてくれないと思うけどなー』

『確かにあのご飯はおいしかったですね。今日はチキン南蛮を食べさせていただきました』

『それとこの部屋の布団とかまで用意してもらって、超助かったよね。弟くん、本当にいい人』


 そんな調子で、俺についての話題が展開されていく中。

 配信のコメント欄では、リスナーたちがさまざまな反応を示していた。


『ララとネリネと会えた弟くんうらやましい』


 などと、佐々城ララやネリネのファンと思しきコメントや。


『もしかして弟くんに惚れた? 弟くんはニノンと俺たちリスナーのものだから』


 拾いにくいことを言っている、普段からニノンの配信を見ていると思しきコメントまであった。


『料理上手だからといって、弟くんをニノンさんから取ったりしませんよ。そんなことしたらニノンさんが困るでしょうし。ねえ、ララさん』


 よりによってネリネさんは、一番厄介そうなコメントに率先して反応していた。


『え? あ、うん。弟くんのことは……えーっと』


 なんだろう。

 ララさんの言葉が少し詰まったような気がする。


『おや? どうしましたか?』

『……とにかく、私もニノンさんが困ることはしないと思う』

  

 何はともあれ、二人は当然ながら「弟くん」は恋愛対象じゃないと否定していた。

 それを聞いた俺は残念に思うどころか、むしろ安心した。

 あまりアイドル的な売り方をしていないとはいえ、佐々城ララとネリネにも一定数のガチ恋勢がいるらしいからな。


(正直、その手のファン層からしたらVTuberでもない男と推しが会うってだけで快く思わないよな……)


 ここで思わせぶりな一言でもうっかり口にされたりした日には、俺が恨まれてしまう上に、「弟くん」の姉であるニノンにまで飛び火しかねない。

 あれ。 

 もしかして「弟くん」についての話題が続く限り、俺は自分が恨みを買うリスクに怯えながら推しのコラボ配信を見ないといけないのか……?



 

 それから一時間後。

 コラボ配信の雑談が俺の懸念していたような事態になることはなかった。

 引き続き配信が歌枠へと移行する中、俺は喉が渇いたので、飲み物を取りに行くことにした。

 配信を見逃したくはないので、スマホで続きを視聴しながら部屋を出たその時。


『ちょっと私、離席していい?』

『いいよー、いってらっしゃい!』


 配信では、ララさんが席を外すという話が出ていた。

 あれ。

 離席するってことはつまり、配信をしている部屋から出るってことで。

 その部屋と俺の部屋が隣接している以上、ほぼ同じタイミングで出たら当然鉢合わせることになる。


「あ、黒川君だ。もしかして、配信見てくれてた?」


 パジャマ姿のララさん……と呼ぶべきか王城さんと呼ぶべきか分からない女の子が、小声で話しかけてきた。

 声を抑えているのは、配信に音声が乗らないようにするための配慮だろう。


「ああ、今スマホで見てたところ」

「見てくれてありがとう!」

「ララさんは……離席って言ってたけど、どうしたの?」

「黒川君と二人きりで話したいと思ったんだけど……いいかな?」

 

 推しと仲の良いVTuberであり、クラスで一番の美少女でもある女の子から、俺はそんな誘いを受けた。




◇◇◇◇◇




ニノンとネリネが配信中なら、邪魔が入ることなく二人きりで話せるってわけですね。

配信中に抜け出してまでこっそり話したい内容とはいったい……?

好意を匂わせつつもその心境がまだあまり見えていなかった王城さんの本音が明らかになる次回をお楽しみに!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る