第7話 幼馴染に追及される。

 次の日。

 昼休み。

 俺は高校の食堂にいた。

 向かい側の席には、一人の女子生徒が座っている。

 名前は真城ましろ瑠衣花るいか

 長い黒髪が特徴の小柄な女の子だ。

 ちょっと自分に自信がなさそうというか、引っ込み思案な性格をしている。

 目元が前髪で少し隠れているのは、それが外見にも現れている証拠だ。

 小学校の頃から高校に至るまで、ずっと俺と同じ学校に通っている、いわゆる幼馴染だ。

 高校2年生になった今年は、同じクラスでもある。


あおい……最近たまに、わたしたち以外の人とゲームしてるよね」


 日替わりランチを食べ終えた頃、瑠衣花が不意にそんなことを口にした。

 わたしたち、とは普段から「Predators」を一緒にプレイするチームメイト二人のことだろう。

 瑠衣花はその内の一人だ。

 ゲーム内ではフレンドなので、お互いのプレイ状況が分かるようになっている。


「あー、うん。最近、ちょっとVTuberと一緒にゲームをする機会があって」

「あのVtuber……ニノンだっけ。前から推してたのは知ってたけど」

「え、いつの間に? 俺、そんな話したっけ」


 俺はVTuberの趣味について、誰かに話したことはない。

 隠すほどでもないけど、積極的に話すような機会もなかった。

 それは幼馴染である瑠衣花も例外じゃない。

 瑠衣花と話す趣味の話題といえば、もっぱらゲームのことだからな。

 瑠衣花はかなりヘビーなゲーマーで、俺がゲームに触れるきっかけとなった存在の一人でもあるくらいだ。

 逆に言うと、ゲーム以外の趣味には疎い。

 だからVTuberであるニノンの名前と、俺がニノンを推していると知っていたのは意外だった。 


「え、えっと、それは……葵の鞄についてるキーホルダーが気になって、なんなのか調べた」

「あー、あれか」


 俺のスクールバッグには、ニノンをイメージしたマークのキーホルダーが着けられている。

 ニノンのアバターを使用したグッズではないから、直接的じゃないしあまり目立たないけど、普段使いしやすいグッズだ。

 見る人が見れば分かる……という感じのデザインではあるけど、まあ調べればこれが何かくらいは分かるだろう。


「瑠衣花って、細かいところに気がつくよな」

「そ、それは……葵が相手だから」

「……? なるほど」


 よく分からないけど、瑠衣花の交友関係の話だろうか。

 瑠衣花はあまり交友関係が広い方じゃないから、俺のことを見る時間が長い……とか。

 まあ、俺も人のことは言えないけど。

 同類だからこそ気が合うというか、こうして昼休みに二人で学食に来ている。

 ちなみにもう一人のチームメイトも同じ学校にいるが、クラスが違うしあいつは陽キャなので他の奴らとつるんでいる。


「い、今はわたしのことよりも、葵のこと」

「俺がどうしたって?」

「あの人、葵の彼女なんでしょ!」


 どうしてそうなった。

 いつも声量が小さめな瑠衣花にしては大きめの声だし、誰かに聞かれてないか不安だ。

 俺は周りの目を気にしつつ、瑠衣花に尋ねる。


「そんな関係だと思った理由について聞いてもいいか……?」

「あの人は葵のことを弟として紹介してたけど、葵は一人っ子だよね……!」

「あー」


 昔はお互いの家が近かったけど、瑠衣花の家族は高校に上がるタイミングで同じ市内の違う場所に引っ越したので、今では少し離れた場所に住んでいる。

 そのせいで、俺の家族が増えたことについては知らなかったんだろう。

 そう言えば、まだそのことについて話していなかった気もするし。

 最近はゲームの大会に向けての準備が本格化していて、練習のスケジュールについての相談や戦術的な話ばかりをしていたからな。

 他のことを話題に出す余裕がなかった。


「あの配信を見ているほとんどの人が「弟くん」って言われてる人の正体が分からなくても、いつも一緒にゲームしてるわたしには葵だってすぐ分かる」

「まあ、そうだよな」


 普段から「Predators」を一緒にプレイしている瑠衣花なら、ニノンと一緒にゲームをしている「弟くん」が俺であることにすぐに気づくだろう。

 俺が使用していたのは、普段と同じアカウントだったし。

 そして瑠衣花は、俺を一人っ子だと認識している。

 だから俺が、ニノンの弟であるはずがない。

 そこまでの理屈は、まあ分かる。

 けど。


「だからって、どうして俺があの人と付き合ってるってことになるんだ」

「違うなら、なんなの……!」


 基本的には穏やかなことが多い瑠衣花は、珍しく感情的な声色で追及してきた。

 これは……どう説明したらいいんだろう。

 こういう時の瑠衣花は、ごまかそうとしても逃してくれないんだよな。

 だからって、興味本位で聞き出そうとしているなら事情を話すわけにはいかない。


「どうしてそんなに気になるんだ?」

「そ、それは……わたしが葵のことを……」

「俺のことを……?」

「じゃなくて、チームメイトだから! 大会前に炎上して出場できなくなったら困るでしょ」

「そういう理由なら……一理あるな」


 俺のせいでニノンが身バレするという事態は避けたい。

 けど、チームのためと言われたら何も言わずに隠しておくのは得策ではない気がする。


(仮に話したとして、瑠衣花ならその話を悪用したりはしないだろうし……)


 事情を把握したい動機が炎上を避けたいからというのもあるけど、それ以上に俺は幼馴染として瑠衣花を信頼している。

 そんな相手に対して、やましいことがないのに隠し事をするのは、間違っていると思う。


「俺に姉ができたのは本当だ。そして、あの人と俺は瑠衣花が想像しているような関係じゃない。それが今話せる限界だ」


 正直、俺の言葉はほとんど答えに近かった。

 ここまで言ったら、ニノン=俺の姉だと分かってしまうだろう。

 だけど瑠衣花ならその情報を悪用することはないだろうし、顔や名前まではまだ知らない。

 ……それにしたって、あとで姉さんに謝らないといけないな。

 今回の相手は瑠衣花だからまだ良かったけど、もっと悪意のある相手に知られたら厄介なことになる。


「む……わかった。葵の言うことだから、信じる。でも、姉がってどういうこと」

「父さんが再婚したんだよ。それで、再婚相手……新しい母さんに連れ子がいて、俺の姉さんになったってこと」

「そうだったんだ……わたしってば、早とちりを」


 瑠衣花は事情を察した途端に、申し訳なさを感じたのかしゅんとした顔をした。


「分かってくれたなら良かった」


 俺がそう言ったのも束の間、瑠衣花の顔つきが少し険しくなった。

 今度はなんだ……?


「……でもそれって、葵は今、血の繋がっていない義理のお姉さんと一つ屋根の下で暮らしてるってことだよね!」

「まあ、そういうことになるけど」

「その人って、美人?」

「それは……ノーコメントで」


 一応、見た目の特徴に繋がるような情報は隠したほうがいいだろう。

 そんな意図で発した俺の言葉は、瑠衣花に少し違う解釈をされた。


「やっぱり美人さんなんだ! そんな人が義理のお姉さんになって、同居して、一緒にゲームするくらい仲が良くて……やっぱり、若い男女としてお互いを意識しちゃってるんだ……!」 


 やけに熱っぽい様子で、瑠衣花は立て続けに口にした。


「色々とツッコミどころが多い話だな」


 美人であることは、まあ否定しないけど。


「でも……そんな状況なら、葵みたいな男の子は恋愛的なイベントを期待したくなるものだよね!」

「今日の瑠衣花はやけに妄想が激しいな……!?」


 ぐいぐい来る瑠衣花の勢いに、俺は呑まれそうになる。


「本当のところはどうなの、葵……!」

「いや、流石に恋愛関係なんて、あり得るわけが……」


 そこまで言いかけて、俺の口は止まった。

 昨夜の出来事を、思い出したからだ。

 俺が姉さんに対して、自分の存在を意識させたい理由。

 それは瑠衣花の言うように、恋愛的な関係に発展することを期待しているから……なのか?


(待て、相手はきょうだいだぞ、俺)


 そう、相手はきょうだい。

 姉だ。

 姉だけど、義理だ。

 血は繋がっていない。

 しかも美人で、その正体は推しのVTuberでもある。

 あれ……?

 改めて考えたら、恋愛的な何かを期待しない方がおかしいような気がしてきた。

 いや待て。

 その思考はそれこそ、瑠衣花の主張の勢いに呑まれているだけでは。

 

「なんで言いかけて止めるの? もしかして葵……」

「そ、そろそろ教室に戻らないと、午後の授業に間に合わなくなるぞ」


 俺は混乱する自分の思考を打ち切るべく、適当な理由をつけて席を立った。




◇◇◇◇◇




これまでは「弟くん」呼びが多かったのでお忘れかもしれませんが、弟くんの名前は葵だったんですよね。

今のところニノンのことばかり意識している様子の葵ですが、今作には「複数ヒロイン」というタグもついているので、地味っ子系幼馴染の瑠衣花にも色々とご期待ください。

ちなみに瑠衣花は地味だけど素材はいい系の美少女。


次回は姉に対する意識が少し変化した状態で、その姉からデートのお誘いが……?

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