高校時代は楽しかったな 弓道部①
高校時代にお世話になった弓道部顧問の先生が亡くなっていたことを知った。
弓道界でも高名な先生で、若いころにNHKの番組で弓道を教えていたほどの方だった。
それをきっかけに当時の事をいろいろと思い出した。
今から四十年以上前のことだ。
中学生の頃、三歳年上の兄が自宅に持ち帰った和弓の美しさに取り憑かれてしまい、絶対に高校生になったら弓をやろうと決めていた。
当時(昭和54年頃)武道といえば柔道、剣道、合気道、あるいは空手道であり、弓道人口はとても少なかった。情報量が少なくて部活動をしている場所がどういうところかもわからなかった。
無事合格した高校の入学式のあと、教室での新入生オリエンテーションが終わると、担任の先生に聞いてみた。
「弓道場はどこにありますか?」
老齢の女性教師は、何故か信じられないものを見るような目でこう言った。
「き、君、大丈夫なの!?」
「え?」
「あ、そうね。若いうちはなんでもやってみるのがいいわね。頑張るのよ?」
「はい?」
謎の励ましを受けた。
良くわからないまま、道場の場所を教えてもらった。
ちなみにこの頃の私は痩せてひょろひょろだった。
中学ではバスケットボール部で走り込みとかは沢山やっていた。しかし腕力、筋力はほとんどなく、もやしのような体格だった。
若干疑問を感じつつ教えられた場所に行く。
そこには講堂と呼ばれる建物があった。
弓道場というものがどういうものか見たことがないので、薄暗い講堂の中に入ってそれらしいものを探す。
そこで見たのは、相手をばたーんばたーんと投げ飛ばしている柔道部の練習風景だけだった。
「弓道場はどこですか」を「柔道場はどこですか」と耳の遠くなった担任の先生が聞き間違えたのは明らかだった。
まあ、弓道場いうのも聞きなれない言葉だからしょうがない。
ただ、流れでうっかりそのまま間違って柔道部に入ったらボロ雑巾状態となって暗黒の高校生活となるのは明らかだ。
速攻で講堂から出た。
もう一度聞き直しに戻るのも面倒だったので、校内の敷地全域を歩き回って探した。
一時間以上は歩き回ったと思う。
校庭を挟んで講堂とは完全に反対側、敷地の端っこにある弓道場をやっと見つけた。
入学初日に敷地をすみずみまで歩き回ったのは自分くらいだろうな。
おかげで校内のどこに何があるかはほぼわかってしまった。
初めて外から見た弓道場は新鮮だった。
袴姿の男女が建物の中から弓を射っている。
矢の通り道は屋根のない草の生えた平らな庭で、その先の土を盛り上げたようなところに的らしいものが置いてあった。的がある場所は天幕を下げた屋根があった。
当たるとパーンと乾いた音、同時に「よし!」という声がする。
十分くらいすると、的のある盛り土の両脇から部員らしいひとたちが出てきて、的から矢を抜きながら「おおまえ、にちゅう!」とか「おち、ざんねん!」とか叫んでいた。
三十分ほど敷地の外から眺めてから恐る恐る道場の入り口へ向かう。
対応した上級生に入部の意思を伝える。
そうやって弓道部に入部した。
この年の三年生は一人もおらず二年生の先輩が男女合わせて五人しかいなかった。
一年生は私含めて十名くらいだったと記憶している。三年生は何か事情があったかで誰も居ないんだというのをずっとあとに教えてもらった気がする。
が、入部を喜んで浮かれていたのも束の間だった。
一か月ほどで自分が「下手糞」だと判明してしまった。
もうそれははっきりと自覚出来るほど「下手」だった。
初心者だからしょうがないかもしれない。
だけど限度を超えていた(と思う)。
許せる範囲を逸脱した超級の下手さ加減が本人にもはっきりとわかってしまうから残酷である。
一緒に同じことを練習している同期と比べるとわかる。
今でも「あれはないわ」と思うほどの違いだった。
先輩も同期もいろいろ気を使ってアドバイスしてくれたよ。
こうしたらいいんじゃない? ああしたらどう?
だけど、その期待に応えることができない。
どれもこれも何一つ、その通りに出来なかったのだ。
それではどうしようもなかったと思う。
まず筋力が足りない。これが一番大きな理由だった。
加えて弓道場という未知の空間に、無意識に怖気づいていたのが良くなかった。
中学時代までには感じたことのない、なかなか異質な空間。
礼節を重んじ、正座、起坐、摺り足が基本だと頭ではわかっていてもすぐには対応できないでいた。
さらに高校生活が始まったばかり、部活以外にも環境の変化に若干混乱していた。
いろいろ要因が重なってしまって弓道を始めたばかりの入り口で躓いてしまったのだ。
同じ一年生の仲間からも、同情めいた空気がひしひしと伝わってくる。
その彼らからも教えてもらう日々だった。
でもね。
不思議なことに嫌な気分にはならなかった。
これは当時の上級生や仲間のお陰だと思う。
すぐには無理。
でもいずれ解消されるだろう。
慣れてしまえば「なんだ、こんなことだったのか」と思える日がくるかもしれない。
だから焦ることはなかった。
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