ホワイトデーのおくりもの
ホワイトデー。それはバレンタインでもらった贈り物のお返しをする日……と僕はそう認識している。
「……はあ」
ホワイトデーを迎える前の週末。僕は一人でこっそり(とはいえ、外に出ることは蒼さんに伝えている)デパートへやってきた。買うものはすでに決まっていて、お目当てのものは――
「女性に大人気!ホワイトデー限定のミミンぬいぐるみ発売中でーす!」
女性店員さんが笑顔でお客さんに向けて叫んでいるそれ――ホワイトデー仕様のミミンぬいぐるみを僕は買いに来た。蒼さんがチラシを見て、これが欲しいと言っていたからだ。
だが僕はこれを買うのにかなり悩み、躊躇っていた。買ったところで蒼さんはミミンにかまけるだろうし、また僕のことは放置するのだろうと思っているからだ。
以前、蒼さんがミミンのぬいぐるみを買った時、ずーっとミミンのことしかかまってなくて僕の心が少し折れかけていたこともあった。
「けど、贈るならアレが一番最適解……」
この間の小テストを蒼さんは頑張っていたのを僕は知っている。だからこそご褒美がてら買ってあげたい気持ちが死ぬほどある。
とりあえず実物を手にしてみようと思い、僕はミミンぬいぐるみがある方へ向かう。棚に積まれた大量のミミン。僕はこれを見て、苦い顔をしていると思う。
試しに1体手にしてみると、とてもふわふわな素材で作られた手触りの良い仕様だった。これなら蒼さんは喜ぶに違いない。けれども――
「しばらくは、一緒に抱っこして寝るんだろうな……」
そう思うと、僕に背を向けてミミンを抱きしめながら寝ていた蒼さんを思い出してしまった。
ぬいぐるみに嫉妬心を抱くのは大変大人げないことはわかる。けれど、蒼さんの場合はずっとミミンばかりかまっているから僕は放置される。それが僕にとって悲しい事であり、ミミンは僕にとって最大の強敵ともいえる。
けれど僕は蒼さんが何故ミミンのことが好きなのかという理由を知っているからこそ、ミミンを憎めないのだ……。
手にした1体をレジに持って行き、プレゼント用にラッピングしてもうらうように頼んだ。渡されたそれは、青い包みに大きな青いリボンが結ばれた可愛いラッピングだった。この中に先ほど手にしていたミミンがいる。
紙袋を受け取り、僕はデパートの中を少し見回った。すると、どこからか良い香りがして、僕はそれに釣られるように香りがある場所へと向かう。
「香水のお店か」
店内は女性客が多かったけれど、中には恐らく連れらしき男性客もいた。僕はお店の中に入ると、ふと目に付いたものがあった。ホワイトデー仕様の香水だった。
「それ、本日の人気商品なんですよ!」
横から突然店員さんが紹介してきたので、ちょっと驚きつつ説明を聞いていた。水色にも近い色の青い瓶に、青いリボン。香りはフローラルで、とても軽やかな香りだった。
お値段的にはそこそこあるものの、そういえば蒼さんが以前、僕が所持している香水を見つけて「私もいつかは欲しい」と言っていたのを思い出した。
ぬいぐるみだけでも良かったが、折角だしと思って僕はその香水も買っていった。
家に帰ると、蒼さんはリビングでのんびりとミミンのアニメを見ていた。
「あら、お帰りなさい」
「ただいま」
僕が両手に抱えているそれを見て、蒼さんはなにかしらと目を輝かせていた。
「この間の――バレンタインのお返し。ほら、今度ホワイトデーでしょ?ちょっと早いけどどうぞ」
まあ、といって蒼さんは大きな包みと小さな包みを受け取り、まずは大きな包みを丁寧に開けていった。
「! これは、ホワイトデー限定仕様のミミン!!」
「蒼さん、この間欲しいって言ってたでしょう?」
包みから現れたミミンを見て、蒼さんは満面の笑みを浮かべていた。そしてそれを思いっきり抱きしめて――
「ありがとう、紅也さん!これとっても欲しかったのよ!!」
「それはよかった。それにこの間の小テスト、頑張っていたしちょっとしたご褒美ってことで、ね」
ふわふわのミミンぬいぐるみに蒼さんはもう夢中になっていた。どこに飾ろうかしら、と嬉しそうに言っている。
「ミミンをちょっとお部屋に置いてくるわね」
「あ、うん、わかった」
蒼さんはミミンと香水が入った包みを持って、自室に入っていった。
そういえば、香水の包みを開けていない。……気に入らなかったのだろうかと僕はしばらくぐるぐると悩んでいた。
ホワイトデー仕様の可愛らしいミミンに、私はとても嬉しかった。紅也さんはいつもミミンに対して渋い顔をするから、今回プレゼントとして贈ってくるとは思わなかった。
「うふふ、ミミン……。貴方、とってもふかふかね……」
しばらく寝る時のお供にしようかしらと思ったけれども、紅也さんがそれをあまりよく思わないみたいだから、一人で寝る時にこっそりしようと思った。
そういうところはなんだか大人っぽくないわね、と思う。ある意味嫉妬というものなのかしら。
「あ、そういえばもう一つもらっていたわね」
小さな青い包みをそっと開ける。すると中から、小さな箱が姿を現した。箱の上蓋を取ると、そこには青い瓶があった。
「まあ、これは香水かしら!」
ふんわりと柔らかいいい香りがかすかに匂ってくる。私が以前、香水も欲しいと言っていたのを紅也さんが覚えていたから贈ったのだろう。
「……そういえばホワイトデーのお返しプレゼントって、意味があるとどこかで聞いたわね」
手元にあるスマホで試しに検索してみる。検索結果からトップで出てきた記事にアクセスして、私はその結果を見て唖然とするのであった。
――香水のお返しは「あなたと親密になりたい」になりますが、他国では「あなたを独占したい」という意味にもなります。
「……親密……独占……」
いやいや、紅也さんの事だから深くは考えていないでしょうと思いつつも、その意味を見ながら私は頭を抱えた。
「普段からもっとそうして欲しいのだけれども……?」
もらった香水を手首にワンプッシュでかけて、手首同士すり合わせる。ふんわりと甘くて爽やかな香りが部屋中に満ちる。
「付けたら、どんな感想が出るのかしら?」
にたにたと笑いながら、私は部屋から出た。どんな反応を示すのかわくわくしながら、私は紅也さんの元へと向かったのであった……。
END
★おまけ
「わあ、やっぱりその香水似合うね」
「……紅也さん、ホワイトデーに香水を贈る意味ってご存じだったの?」
「え?」
「その様子だと何も知らなかったのね……」
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