年末の謝罪

――12月31日。

 この日は街中も慌ただしく動いており、僕と蒼さんで買い出しに出かけていた。とはいえ、前々日くらいから少しずつ買ってたのもあって、残りは今日食べるお蕎麦の準備くらいだった。

「年末は人が多いってニュースで見ていたけれど……」

「はぐれないようにね。この人混みじゃ、流石に怖いし」

 そういって僕は蒼さんの手を取る。

「たまにはこういうのもいいわね……」

「ちょっと喜んでいる場合じゃないからね!?」

 蒼さんは僕の横でにたにたと笑みを浮かべている。そういえば、蒼さんはずっと屋敷の中で暮らしていたから、こういう状況はほぼ初めてともいえる。だからこそ、彼女はなんだか浮かれいるようにも見えた。

「年末って、いつも部屋の中で静かにお蕎麦を食べて寝て終わってたから、新鮮なのだわ。年始もそうだったけれど」

「……そうだね」

 彼女の祖父が生きていた頃は、忙しい中で一緒にいてくれたというが、それでも彼女は一人だった。僕も蒼さんに会いに行けるのは少し日数が経ってからだったし、ずっと一人で過ごしていたのかと思うと、胸が締め付けられる。

 楽し気な表情で周囲を見る蒼さんはどこか嬉しそうで、そして好奇心からかあれは何かとか、色々尋ねられることになってしまった。

 そんな中、目当てのものも買い終わりようやく家へ帰れることになった。その道中でも、蒼さんはにこにこと笑顔でいた。

「ねえ、紅也さん」

「何?」

 蒼さんは僕の手を少し強く握りしめる。

「……色々とごめんなさい」

 突然謝罪の言葉が出てきて、僕は慌てた。もしかしてこの間テストの点数で色々言ったことがまだ彼女の中に響いていたのだろう等、頭の中で駆け巡る。

「ど、どうして突然謝るんだい!?」

「だって、今年はその……。私、紅也さんにいっぱい迷惑かけてしまったじゃない。悲しませてしまったし……。だからずっと謝りたかったの」

 ――今年を思い返せば。

 僕と蒼さんの婚約者という関係性が解かれ、そして蒼さんはVR箱庭の世界で眠ったままの時期があった。それらはなんとか解決できたからよかったけれど、もし彼女が眠ったままだったのならば、きっと今頃僕としては悲しい年末を迎えていたのかもしれない。

 それに迷惑をかけたのはこちらもそうだ。いや、僕が悪かったんだ。僕が蒼さんのお父さんに言い返せなかったせいで、あんなことになったのだから。

「謝るのは僕の方だ。僕のせいで、あんなことになってしまったのだから……」

 冷たい冬の風が、ぴゅうっと僕らの間に通り抜けていく。

「いいえ、たくさん迷惑かけたのは私なのだから。それに一緒に暮らすこともきっと紅也さんへ負担をかけてしまったと思っているの」

「そんなことはないよ。いずれは一緒に暮らすことになるんだから、それが少し早まっただけ。だから気にしないで」

 彼女なりに気にしていた面があったらしく、さっきまで楽しそうな表情をしていた蒼さんは、今は気を落として暗い表情になっていた。

「それにね、僕は蒼さんとこうして暮らせてよかったと思っているよ。色んな発見があったから」

「どんな発見があったの?」

「ん?蒼さんと一緒にいる日々が、僕にとって大切だったってこと」

 僕がそういうと、蒼さんは顔を少しずつ赤らめていく。

「貴方ってどうしてそういうことをさらっと……」

「素直に言わないと、蒼さんまた僕の前から消えそうだし」

 あ、と蒼さんは小さく言った。

「それにね、僕にとっては楽しいよ。蒼さんと一緒に暮らして過ごす日々が」

 高校を卒業してからは一人で暮らしていたし、誰かと一緒にいたこともなかった。きっかけは突然だったけれど、僕の日常に蒼さんが入り込んでからは世界が少しずつ違うように見えていった。

「それならそうなら……いいのだわ。ええ」

「そういうこと。だから安心してよ」

 もう少ししたら、家に着く。僕たちが住む家に。

「お蕎麦、今日買ったものは美味しいところのだから美味しく作ろうね」

「ええ!」

 こんな日々が数年後、数十年後も続くように。僕は毎日そう祈っている。そんな31日だ。


END

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