絶体絶命?

(どうしよう…逃げないと…!!殺される!運が良かったとしても売られる!!)


武器になりそうな物を求めて辺りを見回すが、視界に入ってくるのは、鬱蒼と茂った木々だけである。


(あ…!)


争う事を諦め、何とか話し合いで事を済ませられないかと思っていた柚月は、手を伸ばせば届きそうな位置にある松明たいまつに気付く。


(そうだ!火は武器になる!!)


慌てて松明に手を伸ばすが、そんな儚い抵抗を嘲笑あざわらうかの様に、女盗賊の手が柚月の腕を掴んだ。


「きゃ…!!」


「捕まえた、さぁ…どうしてやろうかしらねぇ…」


妖艶に微笑む女盗賊の表情には、残忍さが溢れており、柚月は恐怖に身体を震わせる。


「そうだわ。ね、手足を斬り落として達磨だるまになるのとかどうかしら?きっと見世物として売れるわよ」


「だ…ッ…ダルマァー!?どう?って、ごめんだよ!そんなの!!」


「あら、良いじゃない。きっと似合うわ。さ、おとなしく…」


「いやッ…!!」


火事場の馬鹿力とでも言うのだろうか。


柚月が目一杯の力で掴まれた腕を引き剥がすと、女盗賊はバランスを崩した様にその場に膝を付いた。


(今だ…逃げ…)


チャンスは逃さず転んだ女盗賊から逃げ出そうとするが、柚月は足を掴まれて、女盗賊の傍に一緒になって倒れ込んだ。


「ゎぶッ…!!いたた…、は…離して!!」


「いやねぇ…離せと言われて、素直に離すわけないでしょう…?」


掴まれた足を力一杯ばたつかせるが、どんな握力をしているのか、女は柚月の足を握ったまま離さない。


しかも、柚月を絶望のふちへと叩き落とすかの様に、懐から小刀を取り出した。


「…ひッ…」


淡い松明に照らされて鈍く光る小刀に息を飲んだ柚月は、渾身こんしんの力で暴れるが、女盗賊は柚月を押さえ付けると、首元に小刀をあてながら馬乗りになってくる。


「手間を掛けさせないでちょうだい、死にたいの?」


首筋に感じる冷たい刃物の感触に、柚月が本能的に暴れるのを止めると、女盗賊は満足そうに口角を上げた。


「良い子ね、そのまま大人しくしていれば、一気に両手足を切り落としてあげるわ。痛いのは嫌でしょう…?どうせアンタみたいな不細工…どうせ見世物くらいにしか役にたたな…」


「なんですって!!!」


人は激怒すると恐怖すら克服できるものなのか。


不細工と言われた柚月は、比較的に自由だった下半身に気付き、女盗賊の背中に膝蹴りを叩き込む。


「…ゲホッ…」


まさか攻撃が来るとは思っていなかったのか、小さなうめき声と共に、柚月を押さえ付けていた腕から力が抜かれる。


「チャンス!!」


隙を見逃さず、その一瞬で女盗賊の下から抜け出すと、柚月はよろめきながら立ち上がった。


首筋に手を当てると、少しだけ切れたのか、血が滲んでいる。


「マジで有り得な…、…?」


切られた首筋を押さえながら女盗賊を見下ろした柚月は、目の前の状況が信じられずに、逃げる事を忘れて目を擦る。


「…?」


何度も目を擦り、再び女盗賊を見るが、状況は変わらず、柚月は唖然あぜんと口を開けてしまう。


背中に叩き込んだ膝は思った以上に効いた様で、女盗賊はよろよろと立ち上がるが、柚月が暴れていたせいか、着物のあわせが乱れ、胸元がはだけている。


だがその胸元には、あるはずの物がなかったのだ。

それは乳房である。


つまり、女盗賊の胸はまっ平らだった。

胸が小さいと言う次元の話ではない。

うっすらと筋肉の付いたその身体は、間違うはずもない、男性のそれだ。


「ま…まさ…か…、オ…オカ…オカマ…」


改めて冷静に全身を見てみると、確かに肩幅や首の太さなど、女性ではまず有り得ない。


「お…男…だったの?」


信じられないと言う様に呟くと、女盗賊…いや盗賊は、驚愕きょうがくしている柚月を鼻で笑って見せる。


「…それが何よ。男だろうと女だろうと、私の美しさに変わりはないでしょう?」


そう言って笑う盗賊の姿は、危険な程に美しく、一瞬だけ我を忘れて見惚れてしまった柚月は、悔しそうに拳を握り締めた。


(ム…ムカつく…!男のくせに…!!)


冷たい視線ながらも、吸い込まれそうな程に大きな瞳と、瞬きの度に音がしそうに長く濃い睫毛。


高く形の良い鼻梁びりょうと、小さく微笑む薄い唇。


透き通る程に白く滑らかな肌、全体的に大きくはあるが細く長い指。


男だと知ってしまえば、確かに中性的な魅力があるが、それ以上に、柚月の胸は嫉妬に燃えていた。


(ゆ…許せん…!)


男である盗賊に、女としての自尊心を粉々にされた柚月は情けないながらも涙を浮かべて盗賊を睨み付けた。


「やい!!この男女!!何が美しさだッ!!ただのオジサンだろうがッ!!」


余りの嫉妬と羨望で、つい言ってしまった暴言。


だがそれが逆鱗に触れたのか、盗賊はずっと浮かべていた冷たい笑顔を凍り付かせた。


「…あぁ?ンだと、この餓鬼。調子にノッてんじゃねぇぞ、コラ…」


今までは、乱暴ながらも女性の様な雰囲気や仕草を絶さなかった盗賊だったが、その雰囲気や仕草は一瞬にして男のものに変わる。


怒りを込めて柚月を睨むその姿は、とても今まで話していた盗賊と同一人物とは思えない。


「…ヤバ、もしかして私…地雷踏んだっぽい?」


「予定変更だ、てめえは今すぐ殺す。死んで俺に詫びろ」


「おじさ…、いやお姉さん…?一人称が変わってます」


「言い直しても遅ぇ!!」


足元に転がっていた小刀を爪先で蹴り上げて手に取ると、盗賊は柚月に見せ付ける様に小刀を舐め上げる。


「すぐにイかせてやるよ、…あの世にな」


「ぎゃーーッ!!」


「…ッ!?待て、コラァ!!」


男だと分かった以上、本気で掛かって来られたら腕力で敵うはずがない。


ジリジリと近付いて来る盗賊に背を向けると、柚月は全速力でその場から走り出した。


背後から追い掛けて来る盗賊の怒鳴り声が聞こえるが、振り返る事もせずに走り続けて数刻。


いつの間にか、辺りに自分以外の人の気配はなくなっていた。


(うまく逃げられた…?)


乱れた息を整えながら辺りに耳を澄ませるが、聞こえるのは風にそよぐ木々の音だけである。


(…大丈夫…誰もいない)


やっと逃げ切れた実感を得た柚月は、目ぼしい大木の根本に座り込むと、大きく息を吐いた。


「…はぁーッ…、これからどうしよ…」


盗賊から逃げる事に必死で、道の確認をしている余裕がなかった。


どれくらい走っていたのかは分からないが、街道に出る事も、隠れ家に戻る事も不可能だろう。



(とりあえず…明るくなるまで待った方が…)


何処に何があるかも分からないこの状況で、悪戯に歩き回るのは自殺行為である。


帰れるかどうかは別にしても、明るくなれば多少は危険が減るのは確かだ。


「はぁ…、また森の中で一夜を過ごす事になるなんて…」


自嘲気味に呟いた柚月は、溜め息を吐くと目を閉じる。


安心したせいか、目を閉じると堪えきれない眠気が襲い掛かり、柚月はそのまま眠りに落ちていた。

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