美貌の女盗賊
漆黒の闇の中、二頭の馬が歩いている。
何かを探しているのか、ゆっくりとした速さで動くその二頭の馬上には、それぞれ政宗と小十郎の姿があった。
「政宗様、既に二更を過ぎております。今夜はこの辺りで…」
「何言ってんだ、手ぶらで帰れるわけねぇだろ」
辺りを見回していた政宗はそう答えると、不機嫌そうに馬から飛び降りる。
「この先は馬じゃ動きにくいな、歩くか…。小十郎、飽きたなら帰っても良いぞ」
「何を仰いますか。私もお供致します」
政宗にならい馬から降りた小十郎は、二頭の馬の手綱を手頃な木へとくくり付けると、政宗に駆け寄り、頭を下げる。
「お一人で無茶をしないで頂きたい、貴方の傍らには常に私ががいる事をお忘れなく。私が心配のあまり早死にしたら、絶対に化けて出ますよ。怖いですよ」
「…今、現時点で充分怖い。…まぁいい、行くぞ」
「はい」
真っ暗な森の中、昼間と変わらぬ様子で歩き出した政宗の後ろ姿を見た小十郎は、政宗の柚月に対する微妙な執着に気付いて溜め息を吐く。
(…柚月…か)
普段、無力な者に対して、力を使う事はしない小十郎である。
だが政宗の気持ちを乱し、尚且つ邪魔になるような事があれば、政宗には報告せず独断で片付ける事もあった。
勿論、柚月に関しても同様である。
もし政宗にとって邪魔な存在であれば、自らの手を汚す事も辞さないつもりだった。
(…政宗様にとって吉と出るか凶と出るか…、場合によっては…)
出会って間もない柚月の姿が脳裏に過り、小十郎は思わず腰に差した刀の柄を握る。
例え何事もなく柚月を片付けられたとしても、それは忠誠を誓った政宗に対する裏切り行為であり、自分自身の
「いや、それは最終手段…。先ずはあの娘を探さなくては」
自分を納得させる様に声に出して呟くと、小十郎は先に進んで行った政宗の後を追い掛けて走り出した。
拐われていた少女達のいなくなった建物の前。
そこでは、柚月と見知らぬ女の二人が顔を付き合わせて話し込んでいた。
「…じゃあ拐われた女の子達を助けに来たの?…すっごいわね」
柚月と話し込んでいた女は驚いた様に呟くと、腕を組んで品定めする様に柚月を見つめる。
「何でまたアンタみたいな子供がそんな危険な真似を…?」
「いや…助けたのは成り行きだったんですけどね、本当は盗賊の隠れ家を見つけるだけのつもりだったし…」
少女達を逃がした後、政宗の元へ戻ろうとした柚月は、今目の前にいる女と出会った。
少女達を拐った目的が売る為だったならば、年齢からして、この女は拐われたのだとは考えにくい。
「そういえば、お姉さんは何でここに?」
「え、あ…私?私は…そう、村に帰ろうとしたら道に迷ったの」
「道に?…道に迷ってこんな森の深くへ?」
道に迷ったくらいで、こんな人里離れた森の奥深くに迷い込むものだろうか。
何か怪しげな雰囲気を持つ女に、柚月は隠す事なく
(めっちゃ怪しいんですけど…)
最初に女を見た時、柚月はその余りの美しさに妖か何かの類いかと勘違いし、悲鳴を上げている。
それほどの美貌を持つ女が、例え狙われているのが
今だって、盗賊の隠れ家にいるというのに、怖がるどころか動揺している気配すら見せない。
少女達を逃がした柚月を、興味津々といった様子で見ているだけだ。
(何だろう…?何かおかしい、不自然…?いや…違和感だ、なんか違和感があるんだ)
そもそも、こんな夜更けに盗賊の隠れ家へ現れる人間なんているはずがない。
迷っていたなど、明らかに有り得ない話である。
普通、村に帰ろうとして森に迷い込むだろうか?
森に入ってしまった時点で、道を間違えた事に気が付くはずだ。
こんなに奥深くまで入ってくるはずがない。
(もしかしたらヤバい…かも?)
これがもし、何処にでもいそうな只の女ならば、こんなに怪しむ事はないだろうが、この女の美貌はかなり逸している。
(この状況下で落ち着き過ぎてるし、何より美人は信用出来ない…)
若干の個人的感情もあったが、明らかに挙動不審な女に危険を感じた柚月は、無言のまま一歩下がる。
「…?何してんの?ねぇ、あんた何処に住んでるの?村では見掛けないよね」
距離を取り始めた柚月に気が付いたのか、女は柚月が下がった分だけ近付いてきた。
「何処にって…えぇと…」
一歩下がれば一歩近付く、地味な動作を繰り返す内、無情にも柚月の背中は建物にぶつかってしまう。
「えーとぉ…何かお姉さん怪しい…」
「あら、失礼ね。私の何処が怪しいのよ」
「いや全部」
「…結構ズバッと言うわね」
「だってお姉さん綺麗すぎるし!こんな美人がこんな時間にこんな森の中を一人歩きしてるとは思えない!」
「きゃ、美人だなんて嬉しい。ありがと」
笑顔で礼を言いながらも、女はさらに柚月と距離を詰めてくる。
「もしかしたら…もしかしたらですよ?お姉さんって…悪者…ですか?」
「悪者っていうかぁ…正直に答えるなら、私が盗賊の
「!?頭領って…お姉さんがボス…頭!?」
「正解、さて話を戻そうか?」
「あのー、怖いんで近付かないでくれませんか!?」
既に一歩も下がれない絶体絶命の状況下、柚月は自分の浅はかさを呪う様に夜空を見上げた。
「政宗…」
勿論その言葉に返事はなく、柚月の頭は、この危機をどうやって抜け出そうかとフル回転で考えていた。
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