【完結】乙女ゲームにトリップしたのに、なぜかチヤホヤされずに命を狙われてます。
L
運命の月曜日
心霊現象なんて物は一切信じていなかった柚月が、この世の不思議を信じるに至ったのは、この月曜日が原因だった。
いつもの様に学校から自宅に戻った柚月は、疲れきった様に制服のままベッドに倒れ込む。
だが、込み上げる眠気に心地好さを感じて目を閉じると、快眠を邪魔する様に枕元のスマホが着信を知らせる。
無視してしまおうかとも思ったが、しつこく鳴り続ける電話に、柚月は重たい目をこすりながらスマホの通話ボタンを押した。
「…はい」
着信相手の名前を確認しなかった為、保険を掛けて敬語で電話に出ると、聞きなれた妹の声が耳に届いた。
「…由紀?どうしたの?」
「あ、お姉ちゃん?いまどこ?」
「…家だけど…」
向かうからは、由紀の声以外にもザワザワと賑やかな雑踏が聞こえ、外出している事が分かる。
あくびをしながら返事をすると、興奮した様な由紀の声が柚月の耳をつんざいた。
「お姉ちゃん!!
「何なの?そんな興奮して…」
あまりの声の大きさにスマホから耳を離しながら、顔をしかめる。
「早く渋谷来て!お金持って!」
お金と言う単語に、何かねだるつもりだろうか…と不安げに溜め息を吐くと、それが聞こえたのか由紀は慌てた様に声を張り上げた。
「違う違う!おねだりじゃないって!!お金貸して欲しいんだよ!!」
「…えぇー…」
今までも幾度となくも由紀にお金を貸しているが、貸したお金が返ってきたことはなく、柚月は隠すことなく不満げに顔をしかめた。
「お願い!
異世界戦国恋歌とは、由紀がハマっているいわゆる乙女ゲームである。
由紀の部屋にはポスターやらフィギュアやらアクリルスタンドやらが、それこそ所狭しと並んでおり、
(仕方ないな…)
それだけ好きなゲームが発売日に買えなかったとなると、きっと由紀は目に見えて落ち込む事だろう。
そんな由紀を見たくないし、何より「お姉ちゃんのせいで買えなかった」と責められたら
柚月は仕方なく起き上がると、財布を手に妹に指定された店へ足を向けた。
数十分後、待ち合わせ場所へ到着した柚月を待っていたのは、満面の笑顔で両手を出している由紀だった。
必要なお金を渡してやると、飛び上がるんじゃないかと思うくらいに喜びながら近くの店へ入って行く。
店から出てきた由紀は無事に入手する事ができたらしいゲームソフトと、おそらく特典であろう大きな紙袋を持っていた。
「ありがとうお姉ちゃん、助かっちゃった」
「ちゃんと返しなさいよ?貸しただけだからね」
「特典フィギュアは数量限定なんだー」
嬉しそうに返事をする由紀を見ていると、何だかまぁ良いか…。思ってしまうのは
(まぁ金はしっかり返してもらうけどね)
「私すぐに帰ってゲームするけど、お姉ちゃんどうする?一緒にやる?」
「そんな気ないくせに…。せっかく街に出て来たし、私はその辺ブラブラしてから帰るよ」
ゲームをする時は一人でじっくり。という由紀の事だ。
わざわざお金を貸しに来た柚月に、本人なりに気を遣って言っただけなのは分かりきっている。
えへへ…と笑う由紀を見送った柚月は、何度目になるか分からない溜め息を吐くと、腕時計を見る。時間は午後6時を回った所だ。
誰か友達でも呼び出そうかと、制服のポケットをまさぐった柚月は、また溜め息を吐いた。
(…そうだ、スマホ…)
由紀から電話で急いで出てきた為、財布しか持って来なかった。
「…やっちゃった」
その辺をぶらつこうかと思っていたが、さすがに一人ではつまらない。
どうしようかとおもいながら、つい足元の小石を蹴っ飛ばす。
何気なしに転がる小石を見ていると、いかにも
目深に巻いたバンダナとサングラスで詳しくは分からないが、20代後半から30代前半くらいだろうか。
男は道端に座り込み、目の前にブルーシートを敷いている。
そのブルーシートには、手作りのアクセサリーが並べられていた。
(路上で店を開く人はいるけど…ここは珍しいな)
いくら繁華街でも、もっと若者が集まる場所があるだろうに…と思いながらも、興味を引かれた柚月は男の前にしゃがみ込んだ。
興味を示した柚月に気付いた男が、小さくいらっしゃい。と声を掛けてくる。
「お嬢ちゃん、高校生?」
「…見れば分かるでしょ、制服なんだから」
お嬢ちゃん、という言い方が馬鹿にされているようで、少しムッとしながら答えると、男は「アイタタ…、ちょっとした会話作りのつもりだったんだけどな」と頭をかいた。
だが冷たい反応をした柚月に、人懐こい笑顔を向けると、男は指輪を一つ摘まみ上げた。
「コレ、どぅ?」
言われるままに指輪を受けとると、指輪は柚月の手の中でキラキラと光る。
手の込んだ細工もなく、シルバーのリングにイミテーションの宝石が一つ付けられているだけだ。
だが、そのイミテーションの宝石が柚月の心を捕らえた。
見る角度に依って、赤にも紫にも青にも見える。
言葉には出来ない不思議な色をした宝石だった。
「綺麗だろ?女子高生に人気で、作ると直ぐに売れるんだ」
「…うん、綺麗…」
「今日は今さっき店開いたばかりでさ、まだあるけど…次は分からないぜ?」
いたずらっ子の様に話し掛ける男に苦笑すると、柚月は指輪を指に差し込んだ。
「いいよ、買う。いくら?」
「オレの店、商品の値段は客が決めるんだ。いくら出す?」
「客が値段を決める?絵みたいね」
改めてブルーシートに並ぶアクセサリーに目を落とすが、確かに値札が付いている物はない。
柚月は少し考えると、財布の中を覗き込み、適当にお札を一枚取り出した。
「…いまこれしかないけど」
いくらなんでもアクセサリーが買える金額ではないが、怪しいお店でお金は出したくないのが本音である。
冷やかしのつもりで取り出したお金を見せると、男は「毎度」と言って手を出してくる。
「え、これで良いの?」
いくらイミテーションとはいえ、それなりに立派な指輪だ。
まさかこんな金額で買えるとは思わなかった。
罪悪感で思わずお金を引っ込めようとするが、そのお金は既に男の手の中にあった。
「もちろん、言ったろ?金額を決めるのは客だってな」
そう言うと、男はさっさと店じまいを始める。
まだアクセサリーは沢山あるのに、と柚月が首を傾げると、男はそれに気付き、笑って首を振った。
「'それ'が売れたら、その日は終了」
自分の手を指差しながら言われ、柚月はまじまじと買った指輪を眺めた。
「…これを売るために、毎日
「ん?…んー、まぁ…そんな所かな」
曖昧に濁した言葉に不信感を覚えるが、もともと胡散臭い印象だった事もあり、柚月は親しげに手を振って去って行く男を黙って見送った。
姿が見えなくなり、買った指輪を見ると、イミテーションのはずの宝石が光っている。
反射して輝いているのではない。
宝石そのものが光を放っているのだ。
「…?え?え…?」
発光性のある石を使っているという話は聞いていない。
「光っ…え、なんで?」
戸惑っている間も、光はどんどん強くなり、通行人が何事かと足を止める。
まるで魔法の様に光り始める指輪に惹かれ、柚月の周りに人だかりが出来てしまう。
(…嘘!超恥ずかしいんだけど!!なにこの指輪!!)
辺りは赤い夕闇から、夜の
昼間の様に、光り輝く指輪は目立つ。
見世物の様に道行く人々から視線を集める事に限界を感じた柚月は、我慢出来ない様に指輪を指から外した。
外した指輪をポケットの中に隠そうとした瞬間、目を開けていられないくらいの光が辺りを覆う。
「眩しっ…!!」
反射的に目を閉じた柚月は、一瞬だけ身体が宙に浮いた感覚を覚えた。
その時、すぐ傍の耳元で、露店商の男の声が響いた。
「指輪は無くさない様にしろよ。…帰れなくなるからな。それじゃ、行ってらっしゃい、楽しんで来なよ」
《死なない程度にね》
それを聞いた柚月が、縁起でもない!と再び目を開けた時…。
そこは、見慣れた街並みではなかった。
「…?」
ありえない事だが、森の中にいるようだ。
辺りを見回しても薄暗い森林しか見えず、虫の声なのか鳥の声なのか、聞いたことの無い音も聞こえてくる。
空を見上げると、木立の隙間から夕暮れと夜の境目、
(嘘…嘘!何これ、何ここ!どうなってるの?!)
不安に駆られながら辺りを走り回るが、森が終わるどころか人っ子一人見つからず、辺りは完全な闇に溶けてしまった。
柚月は力尽きたようにその場にしゃがみ込んだ。
「どうなってんのよ!!!何処よ、ここ!!」
そう絶叫した柚月の声は、誰に聞かれる事もなく、夜の
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