第19話 ある狩人の最期(※閲覧注意)
「あぁあ、もうおしまいなのーっ!」
……さっそく一人、焦燥に駆られたようだ。
今しがたまで命のあった人間が物言わぬ死体と化す不条理さに当てられて己の死に様を想起したのか、それまでなんとか単独で複数の敵の動きを牽制していた狩人の女性が金切り声を上げた。
遠距離攻撃の要である短弓を地面に投げ捨て、頭を掻きむしりだす。
「ちょ、急に援護射撃止めんなって、アタシの方に魔物がみんなくるっしょ! 早くサポート再開してっての!」
騎士である元リーダーのヘイト稼ぎが途絶え、彼女をターゲットから外したホブゴブリンと刃を交えながら剣士の女性は後方援護を要求する。
「つがえる矢束がもうないのー! だからボクはもう攻撃に参加できないのー!」
確かに狩人の女性の矢筒には一本も矢が入っていない。あまりの敵数の多さにすべて使い切ってしまったのだろう。
これまで彼女は取り回しの良さに重点を置いて木の矢を用いていたが、対象に当たる当たらないに関わらず矢を即回収して再利用というわけにはいかない。
「いや、護身用のナイフ持ってるっしょ⁉」
こういった事態も想定し、一回の戦闘で矢束を打ち終えてしまった時のために腰のホルダーには武器が収められているのだが……。
「ナイフがあってもこんな短さじゃどうしようもないのー! ボクは剣士じゃないのー!」
そう、あくまであれは護身用。
最終手段として所持しているだけで、基本的にそのナイフは敵を打ち倒すための物ではない。
剣の技術があれば話は別だが遠距離行動が主体の狩人はまず相手の懐に潜る腕前はない。
話を聞く限りではその弱点は以前から変わっていないのだろう。
「だからってこんな時に諦めないでよ! 執事のおっさんはこの際仕方ないにしても今は一人でも多くの手が必要なんだから! それともアンタ、私たちまで死なせたいの⁉」
しかし状況が状況だ。矢切れの際普段は狩人の女性を後ろに控えさせる元リーダーも今ばかりは助勢を乞う。
「そっちは騎士だから装備が整っているけどボクは軽装備だから攻撃受けたらすぐやられちゃうのー、だから任せたのー! それに仲間を守るのは騎士の役目なのー。さっき守れなかったあいつの分までボクを守るのー!」
「……はあ?」
守れなかった。
騎士にとってその一言は、存在そのものを否定するのと一緒だ。
ゆえにそうした神経を逆なでするような発言にとうとう元リーダーの女性はキレてしまう。
「――ふざけんな! アンタみたいにひ弱な狩人を守るためにいっつも危険な役目を受け持ってるのは誰だと思っているのよ! だいたい鎧着てたって受けたダメージが効いてないわけじゃない、体の内側に青アザできても我慢してんの! 死にたくないならのーのーうるさく言い訳してないでさっさと戦えこのキャラ作りブス!」
これまで腹に貯めていたであろう文句を最悪なタイミングで吐き出していく。
すると今度は狩人の女性が顔を歪めて、
「んだ誰がキャラ作りブスだとこのクソアマ! そもそも最初にてめーが今さっきおっ
まさしく売り言葉に買い言葉、お互いに過激な言葉で相手を罵ることでどんどんとヒートアップしていく。
「はぁぁああそういうことまで言う⁉ 私が連れて来た男に一番熱を上げてたブリッ子のくせに! だいたい真っ先におっさんをパーティーから追い出そうって提案したのはアンタでしょっ! まーそうやってあの男に媚び売ったつもりでも、全然相手にされてなかったけどね? こりゃ傑作!」
「――死ね! テメェなんかあの汚い魔物どもの性欲処理でもしてるのがお似合いだな! 安産型のどてっとした汚え
「んじゃあアンタはなにもできないからさっさとあの猿に小さい脳ミソ喰われて栄養源になったらどうよ? どうせこれ以上闘えもしないんだし、それなら魔物の排泄物にでもなって森に還った方がきっと役立てるわよ!」
人は緊急時にこそ本音が出るものだ。
ゆえに背中を預けるはずの仲間同士で罵り合いが始まるのも必然だったのかもしれない。
または単純にああやって罵詈雑言の応酬をすることで現実から目を背けているのかもしれない。
いずれにせよ一番協力し合わなければいけない場面だというのに向こうのパーティーは既に瓦解寸前だ。
これでは仮にこの場を切り抜けられたとしても遺恨が残るだろう。
「ちょっといい加減にしてください、今の状況で何をやってるんですか貴方たちは⁉ 言い争いなら後でいくらでもやればいいでしょう!」
「うるさい黙ってろ! いっちょ前の口にきいて他所の事情に口出ししてくんなウザいんだよ!」
「どうせおっさんに色目でも使ってパーティーに入ってもらった癖によぉ、昨日からずっと調子に乗って上から目線で説教すんなよクソガキッ!」
「――っ、この人たちはどこまでも……!」
たまらずミュリエルが仲裁に入るも、目の前の二人は第三者に当たり散らしこそすれど聞く耳はもたない。
もはやお互いをより面罵することだけに神経を尖らせていることは明白だ。
「……おっさん、昔みたいになんとかしてよ! なんかあるんでしょこっからみんな無事に生きて帰れるような作戦が!?」
パーティーの仲間は当てにならないと判断した剣士の女性が俺に指示を仰いでくる。
だが……。
「ねぇったら!」
もちろんだ、と言ってやりたかった。
いや、彼女の気を紛らわせるためにも口にするべきだったのかもしれない。
せめて最後まで希望を持たせてあげるために。
なのに俺は沈黙することを選んだ。
ダンジョンにおける冒険者、特に女性の死に様は往々にして穏やかではない。
これまで同胞を殺された恨みを晴らすべく魔物によって悪逆の限りを尽くされたり、前述の通りホブゴブリンなどの慰み者にされたあげくに最後は栄養源として捕食されたりと、とにかく悲惨な末路を挙げれば枚挙にいとまがない。
みんなのそんなおぞましい最期だけはどうにか回避してやりたい。
だがここから戦況を打開する手立てが、今の俺には思い浮かばない。
少なくとも青年をむざむざ死なせ、こんな風に前のパーティーメンバーの心がバラバラになってしまった状態では。
思えば、昨日ダンジョンの入り口が固められていたところから、今回の魔物たちによる待ち伏せ計画は始まっていたのだろう。
「すまない……」
力なく俺がもらした謝罪の本当の意味は誰にも伝わることもなく、風に流れては消えた。
◆
それからすぐに、仲間割れによる連携の乱れを相手に突かれて一人、また一人とあっという間に女性陣が組み敷かれる。
そして俺もまた左右をホブゴブリンらによって捉えられ、
今ので鼻も折れたのか、鼻孔が詰まったような感覚にも陥った。
「は、離せクソがー! こんなことをしておいてタダじゃおかねぇぞー! たとえ手足を失ってもテメェらのアソコを噛み千切ってやるからなこんボケがーっ!」
そうがむしゃらに叫ぶのは狩人の女性だ。
じたばた暴れるが俺と同じようにホブゴブリンに羽交い締めにされ、できる抵抗といえば暴言をはくことくらいだ。
しかしそれもすぐに変わる。
「ひっぎゃああああぁぁああああっっっ!」
獣のような叫び声。
護身用のナイフを奪い取られ、そのまま彼女の剥き出しになった細い腕に突き立てられたことによって生じたものだった。
刃をたっぷりと肉の内側に押しつけてから引き抜くと、血が噴水のようにビューと噴き出す。
「い、いだいぃっ、やめでぇっ!」
狩人女性の必死の懇願もさして知能を持たないホブゴブリンには通じない。
「げっげっげっ、イキのいい獲物ダ。コイツは精が付きそうだナ。――さあ手下どもヤレ、冒険者解体ショーの始まりダ!」
「
ボス猿に命じられるまま、まだ息がある内から彼女の手足を解体していった。
柔肌にナイフの切っ先が抜き差しされる度に、彼女の「うげっうげっ」と筆舌に尽くしがたい声が響き渡る。
「いぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぃいぃぃいぃぃい」
いっそ鼓膜を潰してしまえば、この耳朶に叩きつけられる悲痛な叫びから逃げ出すことができるだろう。
実際にやれるのならそうしていた。
だが自分の意思で満足に動けない以上、こんなのはただ無意味な思考に過ぎない。
こうしている最中にもこの地獄のような時間はしばらく続き、やがて。
「こおひへ……」
殺して、と言っているのだろうか。
両手両足、それから腰から下を喪おうとも彼女は生きていた。
けれどもそれは彼女の生存本能によるものではない。
マッドプラントのしなる蔓によって全身の傷口を縛られ、出血死を避けていたのだ。
それが喜ぶべきことかどうかは分からない。
なぜなら彼女はこれから我が身を襲うであろうさらなる痛苦に耐えなければならないからだ。
「げっげっげっ、生きたニンゲンの脳を喰ウその前ニ」
樹上からモンスターの群れを指揮していたボス猿が狩人の女性のところに降り立つと、彼女の髪を無造作に引っ張り上げる。
「い――アァァアアアアアア゛ッ!」
べリリという生々しい音とともに抜かれた髪の束には頭皮と思われる肉片がついており、今まで以上に甲高い悲鳴が狩人女性の口から上がった。
「げっげっげっ、これでヨシ。毛が邪魔で上手く調理できないからナ。あとはソイツをヨコセ」
ボス猿は血が滴ったままのナイフを近くのホブゴブリンから受け取ると、あっさりとそれを狩人女性の脳天に突き刺した。
「おぺ」
そこを機転にしてナイフでグリグリ弧を描いて頭部を切開すると、露出した部分から思いっきりかぶりつき。
「いだだぎまぁず」
じゅぞぞぞと不快な音をたてながら狩人女性の中身を、脳髄をすすっている。
一方で解体された彼女の体はさらに部位ごとに細々と分けられ、五分割された指をまるでおやつ感覚でホブゴブリンどもに齧られている。
トロールにいたっては、肉を削ぎきった尺骨をペロペロとしゃぶっていた。
「ウマい、ウマい、ウマいウマいウマウマウマママママママママァイ! 踊り食いハやっぱり最高ゥゥゥ!」
脳を貪り食っている猿はキーキーと小うるさい声を上げながら、人脳の味に舌鼓を打つ。
それとは反対に陸に打ち上げられた魚のようにビクビクと痙攣していた狩人の女性は一際大きく体を震わせてから、やっと動かなくなった。
「ゲプッ、ごぢぞうざまでぢだぁ」
笑ってしまいそうになるほど行儀よくボス猿が食事を終えて。
……ああこれで。また一人、死んだ。
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