第10話 因縁の相手とのやりとり

 さて、ひとまず勧誘は断ったがこの先を進んだところにも好条件の野営地があるかは分からないという理由で俺と、元パーティーメンバーの女子たちは同じ場所でやや距離を挟んで休息を取っていた。


 ミュリエルは当初嫌がっていたのだが俺たちも通ってきた森の入り口付近に魔物が密集しているという向こうからの情報に、とりあえず今は戻るのに危険ということで残留を決意した。

 

 それにしても最初はポツポツとしかいなかった魔物が一箇所に固まっているのは気になるな。

 魔物なりのタイムスケジュールに沿っての行動なのか、あるいは。

 なんにせよこれがなにかの前触れじゃなければいいんだが……。


「あのー」


 考え事にふけっていると、声をかけられる。

 顔を上げると、例の青年が手持ち無沙汰そうに突っ立っていた。


「隣、いっスか?」

「ああ、構わんよ」


 まさか彼の方から話しかけてくるとは思ってもみなかった。

 ちょうどいい機会だからとパーティーメンバーについて質問しておきたいことでもあるのだろうか。それとも俺個人に対することか。


「失礼しゃっス」


 ドカリと俺の横に座った彼はなにかを言い淀むように口を開けたり閉じたりしている。


「……あの時は殴ってすまなかったな。その後顔はどうだ?」


 待っていても仕方ないので俺の方からまず先に彼に謝っておく。理由がどうであれ、他人を殴るのは決して褒められた行為ではない。

 まして、それが分別のつく年齢の大人であればなおさらだ。

 あれから冷静になったこともあり、このことがずっと頭の片隅に罪悪感としてこびりついていたのだが。


「あー別に問題ないっスよ。最初はなかなか腫れがひかなかったスけど、元通りになりましたし。女を寝取って野郎に殴られるのも、あれが初めてじゃなかったたんで。むしろあの程度で済ましてくれたのはおっさんぐらいなもんス。今まで何回ボコボコにされたか」

「謝罪をしておいてなんだが呆れたな。あるいはこりないなと言うべきか?」

「下半身の欲求には素直なんスよ俺は……っと、んなことはどうでもいいんス」


 背後で休んでいる女性陣との距離を確認すると恐る恐るといった様子で青年はこう口にする。


「なんなんスかあんたが育てたあのパーティーの女たちは。やれ俺の作る飯がまずいだの、道具の手入れが不十分だの、次挑むダンジョンと魔物のことはちゃんと調べておけだの、肩を揉めだのと注文多すぎてマジパネェっすよ。しまいにゃ俺に敵と戦う作戦を考えろとか言いやがるし! いやそれはあんたら攻撃職の仕事だって話でしょ?」


 ううむ、なんてことはない。

 彼が話しかけてきたのはただ単に同業者にして前任の執事であった俺に愚痴を言いたかっただけらしい。

 目を閉じるとこれまでに青年が受けたであろう仕打ちがありありとまぶた裏に浮かぶ。

 しかし魔物を倒すだけで直接レベルアップする女性冒険者とは違い、そうやって執事は成長していくんだ。


 そして執事とは奉仕に従事する者。

 わざわざ言われなくても相手が求めていることを察知し、人知れず仕事をこなせるようになってようやく一人前の執事として扱われる。


 だから女性陣からあれこれと注文をつけられるのは精進が足りないことに対する警告だ。

 このままだと解雇も辞さないと暗に言っているのである。

 まだ彼は若いからそのことには気がつけないのだろう。


「はあ、マジ手を出す相手を間違えたっスわー。いくら俺のユニークスキルがどんな強情な女でもなびかせる『魅了』だったからってちょっと安易だったスよ。結局は時間経つと俺に対する好意も冷めてくるし、最近じゃ何でもかんでもあんたの仕事ぶりと比べられてホント勘弁って感じだったっス」

「……ん?」


 なにげなく発せられた彼の言葉に耳を止める。

 まさか急な彼女たちの心変わりは彼のユニークスキルの効力によるものなのか。

 もしそうだとすると腑には落ちる。


 この世界では冒険者としてなにかしらの職業についた際に天から一つ加護をたまわることがある。

 俗にユニークスキルとも呼ばれるそれは起きる効力等に規則性はなく、決して誰かとかぶることはない正に神の御技である。


 もちろん俺もあるのだがそのユニークスキルは絶大な効力を秘める反面、生涯でたった一度しか使うことができず、また発動直後には世界の記録からも自身の記憶からも消去されてしまう。


 そのためおいそれと使用することができない上にこのユニークスキルの効力は周囲どころか世界まで巻き込んでしまう。

 だからあってないような力だと思いこんで今日まで生きてきた。


 でなければ、手にした力のあまりの恐ろしさに心が揺らいでしまいそうだったからだ。

 ユニークスキルは個人の今後の人生を定める毒である、と評したのは一体どこの誰だったか。


「――それで物は相談なんスけどね、あんたあのパーティーに戻る気はないっスか?」


 思考が別のところに及んでいるといきなりそのようなことが青年の口から告げられた。


「……俺が、あのパーティーにもう一度?」

「そっス。やっていく自信なくしたんで俺はもう降りることにしたっスから。さっきあの女連中にもそう伝えてきたっス。なんならあんたのツレの子も一緒にってね。だから今回が俺の最後の出勤っス」

「…………」


 なんと身勝手な言い分だろうか。

 人からパーティーを横取りしておいて辞めるとなったら俺に返すだと? 馬鹿にしているのか。

 

 ……だがあの時は違い、青年を殴るような真似はしない。


 あまりにも呆れ果ててもはや拳を振るう価値もない。謝罪の撤回はしないが、それでも謝るだけ損だったと今になって理解する。

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