第228話 星の瞬き

突然の呪具からの解放に信じられない気持ちと喜びでごちゃ混ぜな心境だ。興奮して落ち着かず、ピョンピョンと撥ねてみたり、もう一度駆け出してみたりした。

そしてその後、もう一度携帯の動画を再生して二人で眺めた。

動画を見つめていたら、先程のハイテンションから徐々に落ち着気を取り戻した。そして疑問点が色々と頭に浮かび上がって来た。


「どうなっているんですかね。‥‥そもそもなんでこの動画が俺の携帯に?」

「‥‥奇跡‥‥って、言って良いのかな‥‥。全く説明がつかないけど、‥‥もしかして香住君のお墓を見つけた事が何かのトリガーになっているとか。」

「香住の‥‥。」


改めて香住の墓を見つめてみたけれど、何かが判るわけもなかった。もう一度手を合わせておく。


ハイテンションで駆け回ってしまって、採取して積み上げていた薬草をうっかり蹴散らしてしまったので、拾い集めた。

薬草の種類ごとにまとめながら、武井さんが言った。


「謎についてはとりあえず置いておこう。僕達は『逃げることができる』ということだ。森を出る事を考えないか?」

「森を出るって、神殿側じゃない方向ですよね‥‥。」


俺達は神殿を追放されている。神殿が有る側に出て行ったら、間違いなく捕まってしまうだろう。

武井さんが頷いた。


「そう。正直森の広さとか地理とかあまり把握していないけどね。いままでの絶望的な状況に比べたらずっとマシだろう?」

「そうですね‥‥。」


先程は呪具から解放された喜びでテンションが上がっていたが、少し冷静になってみると、逃げる事はできるようにはなったけど森には魔獣が生息しているという。どの方向に進んだらいいかもわからない。全く楽観視は出来ない状況なのだ。


「食糧は、お情けで貰ったパンだけだが‥‥。あれ?」


パンが入っているという麻袋を開いた武井さんは、麻袋の口を開いて俺に見せてた。思ったよりずっと沢山パンが入っている。

麻袋に手を突っ込んでパンの数を数えようとしてた沢田さんは、麻袋から布の包みを引っぱりだした。


「これは‥‥干し肉だ‥‥。」

「え?」


紐でくくられていた布の包みを開くと、何枚も重ねられて紐でまとめられた状態の干し肉が出てきた。更に麻袋の中を確認すると、革袋が出て来た。中に銀貨が入っている。


「‥‥。」


俺は毛布の近くに置いていた剣をちらりと見た。


「あの剣も‥‥、自害しろっていうみたいに置いていったけど‥‥。」

「可能なら生き延びろってことだったのかな。」


騎士達は「逃げろ」とも言わなかったけど、彼らの可能な範囲で手助けをしてくれたように見える。

一緒に訓練をして来たから、少しは仲間だと思っていてくれたんだろうか。

ツーンと鼻の奥が痛くなった。


「‥‥食糧は何日か分はあるな。水は補給できるとよいけど‥‥。作戦を練ろう。今日はここに野宿して、明日の朝出発しよう。」

「どこに向かうんですか?」

「その作戦をこれから練るんだよ。‥‥でも、そうだな‥‥。向かうなら西だと思う。」

「西って‥‥ヴェスタリコラルですか?これから『勇者』達に侵略されちゃうんじゃ‥‥。」

「ヴェスタリコラルはね、周辺諸国の中では大きいんだよ。それに経済的にも豊かだと聞く。

「勇者」達は、まずは潜入して遺跡を探すんだろう?直ぐに侵略されるわけじゃないし、国力もあるから、侵略されても簡単には負けないだろうと思う。」


武井さんの案では、とにかくまず、この国を出る。王女はヴェスタリコラルを標的に定め始めたが、他の国境が接している国についても

安全とは限らないということだ。遺跡がないとわかっていたら潜入ではなく最初から侵攻してくる可能性だってある。


潜入して遺跡を探すなら多少は時間がかかるはずだ。俺達は可能なら「勇者」達より先にヴェスタリコラルに入って、「勇者」達が遺跡を捜索している間に

国境から離れるのだ。


「ヴェスタリコラルを通り抜けてその先の国に逃げ込むんですか?」

「‥‥それはヴェスタリコラルに入って,少し情報収集してから考えようと思う。その前に森を抜けるのと,国境までのことだね。」


そうだった。隣の国に逃げ込んだ後の事を心配していたけど、まだ森を抜けられるかどうかすら怪しいんだった。


「‥‥明日からは、魔獣と戦う事があるかもしれないんですよね。今のうちに剣の手入れをしておきます。」

「‥‥広田君、何で明日からなの?」

「え?」

「今日だって‥‥、今からだって魔獣が来る可能性もあるよね。」

「あ!」


この周辺は凄く静かで魔獣の鳴き声とかも聞こえて来ないから、魔獣は出ないものと勝手に思い込んでいた。

あぶない。油断し過ぎだよな。


「‥‥そうでした。いけませんね。『魔獣が居る森』に放り込まれたっていうのに。現実感がないっていうか。」

「ま、わかるけどね。油断しないでいようね。」


せっかく解放されたのだから、油断して命を落とすような事は避けたい。

少し真剣に暗い森の奥を見つめ、耳を澄ませた。

今のところ聞こえてくるのは風に木の枝が揺れる音くらいだ。暗い森を見つめていても、森に着いたばかりの時のような陰鬱な気持ちにならない。

ふと空を見上げた。暗い夜空には星が瞬いていた。

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