第224話 森の中へ
「‥‥残念だったな‥‥。」
俺に剣術の指導をしてくれていた騎士が、そう一言だけ漏らした。
荷馬車の荷台に乗せられる。態々テントか宿舎から持ってきたのだろうか、毛布が一緒に放りこまれた。
お情けということなのかもしれない。武井さんは黙って荷台で膝を抱えて俯いていた。
荷馬車がゴトゴトと動き出した。
森が近付いて来たとき、武井さんが漸く口を開いた。
「‥‥行くも地獄、残るも地獄‥‥だね。残っても侵略‥‥戦争に駆り出される。森に行けば魔獣に食われる‥‥。」
「武井さん‥‥。」
俺は武井さんに向き直って膝をつき頭を下げた。
「すみません。俺のせいでこんな事になって‥‥。」
「君の責任ではないさ‥‥。生きていればいつか‥‥って思って今迄踏ん張ってきたけど、あの場に残っていたら、他国への侵略だとかをさせられて、人の心を失って行くんじゃないかって、‥‥さっきの彼を見てちょっと思ったよ。」
「本木は‥‥あいつは‥‥。」
本木がまさか、あんな行動に出るとは思っていなかった。元々、あまり性格が良いという印象はなかったけど、
神殿から追放されたら、生きて行けないってわかっていながら俺と武井さんを追放に追いやってニヤニヤ笑うような事までするとは思っていなかった。
「‥‥人の心をなくして生きるか、人として死ぬか‥‥どっちがいいんだろうな。」
武井さんの言葉に、俺は愕然とした。そんな二択、酷すぎるだろう。しかも、今は二択ですらないんだ。
「人として‥‥死ぬ‥‥?」
指先が震える。口の中が乾く。全身から血の気が引くような気がした。
「‥‥嫌だ‥‥。俺‥‥死にたくないです‥‥。」
ガクンと、突然身体のあちこちから力が抜けて、荷馬車の荷台の上でひっくり返った。
「広田君。」
武井さんが心配そうに俺を見下ろした。俺は何か言おうとして口を開いたが、目の前がグラグラと揺れた。
「俺‥‥、死にたくないです‥‥。」
もう一度絞り出すように言った後、記憶が途切れた。
気がついたら毛布でグルグル巻きにされて担ぎ上げられていた。そして森の中に運ばれて行っているようだった。
毛布はお情けとかではなく、運びやすくするためだったのかもしれない。
気を失っても暴れても、毛布でグルグル巻きにされていれば、身動きができずただ運ばれて行くだけだ。
巻かれている毛布の隙間から、木々がチラチラと見える。
場所が森のどの辺りなのかなど、検討もつかない。そもそも、森に立ち入った事もなかったのだ。
ドサッと地面の上かなにかに降ろされた。湿った土や草の匂いがムンと鼻をかすめる。
グルグル巻きの毛布を無理やり取り払われると、木々に囲まれた中に見覚えのある騎士二人と、武井さんが立っているのが見えた。
「残念だよ。ヒロタ。」
何度も訓練で一緒だった事がある騎士が、悲痛な面持ちで言い、俺に何か投げて寄越した。
ガシャーン!
地面に放り上げられたのは、俺が使っていた剣とナイフだった。武井さんの魔導士の杖と短剣もある。
「お情けで、これは渡してやろう。魔獣に腸を食いちぎられるより、マシな死に方が出来るかもしれないぜ。」
「‥‥。」
騎士の言葉に唇を噛み締めた。自分の武器を使って自害しろという事なのだろう。
俺が騎士を睨みつけると、騎士は口の端を上げた。
「そう睨むなよ。‥‥ああ、パンくらい置いていってやるぜ。最後の飯くらい食いたいだろう?」
騎士はそう言って、麻袋と革で出来た水筒を放り投げて来た。そして踵を返して荷馬車に戻って行った。
荷馬車が森の中の道を走り、去って行く。遠ざかる馬の足音を聞きながら、俺達は、黙って蹲っていた。
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