第220話 帰還計画
井戸からを水の入った桶を持って戻ってくると、松井はニコニコして出迎えて来た。
「アリガト!広田くん、ねぇ、背が伸びたねぇ。腕とかも筋肉凄そうだし、格好良くなったねぇ〜。」
「‥‥続きは?」
俺の上腕を撫でたりしてすり寄ってくる松井に、水の入った桶を手渡しながら訊いた。松井はちょっとほっぺたを膨らませた。
「もう〜。せっかちなのねぇ〜。あのね‥‥。」
松井は受け取った桶を足下に置いて、ニコリとし、俺の耳元に顔を近づけて来た。
「『勇者』様達って、今ねぇ、他の国の遺跡を探しているの。ここの神殿みたいなやつ。」
「‥‥遺跡?」
「そう。魔法陣が描かれているやつ。ここの神殿の魔法陣って最近機能しなくなってるっていうじゃない?明日も儀式はやるみたいだけどね。
何か魔法陣が壊れたとか、召還する『力』みたいなのが尽きて来ちゃったんじゃないかって。それで、この国以外の遺跡を使おうって探しているの。あ、探せっていうのは王女様の命令なんだよぉ。」
「‥‥遺跡を探す事が、帰る事に繋がるのか?」
俺が訪ねると松井は長い睫毛をパチパチと揺らした。
「ええ〜?鈍い〜?別の魔法陣だよ〜。それも、ここみたいにガンガン召還とかしていないやつ。強力なはずじゃん。」
「‥‥まさか、別の国の遺跡の魔法陣を使って?」
「セイカーイ!今回来たのも、召還儀式を見ておくためなんだよぉ〜。」
元々は、明日の召還儀式は「勇者」と「聖女」だけが呼ばれていたらしい。そこに、勇者から帰還作戦を聞いていた松井が、儀式の手順を見ておきたいと勇者に頼んだのだそうだ。
勇者は、「やや有能」な者も呼んだ方が成功率が上がるのではと進言して、結果として松井だけでなく本木も呼ばれたようだ。
「手順が判っても他の国の遺跡の魔法陣を簡単に使えるものなのか?」
「やだぁ。そんなの無理やり奪うに決まってるじゃん。」
松井はクスクスと笑って言った。
「遺跡の場所を特定してからだけどねぇ。」
松井の話では、他国に潜入して遺跡の場所を確認したら、攻め入って遺跡を占拠するつもりだそうだ。この国の作戦では、遺跡を占拠したらそこで新たな召還の儀式を行い
今度こそ「有能」な人物を呼び寄せるつもりらしい。しかし、松井達は隙をみて、地球に送還できるかを試みるつもりのようだ。
「他国の遺跡を無理やり奪うって‥‥侵略か?」
王女が勇者達を使って他国に攻め入ろうとしているとは聞いていたけど、従うしかなく無理やりやらされているのかと思っていた。
だが、目的が異なるとはいえ、積極的に攻め入ろうとしているように聞こえる。
「え〜?ビビってるのぉ?遠慮してたら帰れないんだよぉ。」
松井はニヤニヤ笑ってから、俺の顔をマジマジと見つめた。
「広田くんってぇ、真面目だよね。でもイケメン。ねえねえ、付き合わない?」
「は?」
ドン!
松井の言葉の意味が分からず聞き返そうとしたら、肩に衝撃が走った。一歩半ほど後ろに下がり、何とか尻餅をつかずに済んだ。
本木が松井の傍に立って、俺の事を睨みつけていた。
「広田、てめぇ、何度言えばわかる!絵琉に色目使ってんじゃねぇよ。」
「はぁ?何言っているんだ?」
「やめてぇ〜。私の為に争わないでぇ〜。」
意味不明だ。本木は怒った顔で俺を睨んで仁王立ちしているし、松井は妙に嬉しそうにクネクネしている。
「‥‥話を聞いていただけだ。」
「フン!どうだか!」
「本木くぅん。本当よぉ〜。遺跡の話を教えてあげていたのぉ。」
松井はそう言って本木の腕にしがみついた。本木はちらりと松井の方に目線を動かした後、もう一度俺を睨んだ。
「今度絵琉に色目をつかってみろ。遺跡に辿り付く前に、日本どころか生まれる前のとこまで帰してやるよ。‥‥ふっ。彼奴みたいにな!」
「彼奴‥‥。」
「そうさ。彼奴もちょっと絵琉が優しくしたら勘違いしやがって。」
「‥‥。」
ニヤニヤ笑いながら話す本木が恐ろしかった。何かされる恐怖とかではなく、他人の死をニヤニヤしながら語る本木の思考がまるで別世界の人間のようで恐ろしかったのだ。
本木は俺が本木に睨まれて萎縮したと思ったのか、妙に機嫌良くなり、松井の肩を抱いて去って行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます