第152話 春の訪問
「‥‥仁美叔母さんに遭いたきゃ,紹介するけど?」
普段よりナーバスな様子のYを見て、仁美叔母さんの許可もせずについそう言ってしまった。
帰ってから仁美叔母さんに了承を得ていない事に気がついて、慌てて叔母さんに連絡をした。夜遅かったのでメールで送って翌朝に電話もしたら、都合が合うなら別に構わないと言ってくれた。
仁美叔母さんが断って来たら、Yに何て言おうと思って結構焦っていたのでホッとした。
春休み中なのでついでに俺の家に泊まりに来るということで予定を組む。
Yと仁美叔母さんの会合は、桜の花がほころび始めた三月の下旬に開かれた。
正直言おう。俺、考えが甘かったかも。
当日駅までYを迎えに行ったらスーツ姿でYが現れた。
俺自身は、叔母さんがYと話をしている間彗汰の面倒を見るつもりで、汚れてもいいような適当シャツとジーンズ姿だ。
「え?スーツ?」
駅の改札から出て来たYを見たとき、思わずそう言ってしまった。Yはスーツを確認するように襟に手を触れて首を傾げた。
「何かおかしい?」
「いや‥‥。俺にとっては親戚の家に行くだけだから。同級生の家に行くくらいの感覚で来るかと思ってたよ。」
「初対面だし。親戚と言っても、ジェイの家じゃないだろ。」
Yはそう言って軽く肩を竦めた後、駅周辺を見回した。駅の道路沿いに咲いている桜の花に目をやった。
「へえ、この辺は桜がもう咲いているんだ。」
「例年より遅いところ多いらしいよね。」
「うちの周辺はまだだよ。もう、ねぇ。桜の開花が遅いだけでも『会合』が関連づけて騒ぎ出してる。‥‥でも、この辺は咲いているってことは、騒ぐ根拠は薄れるよな。」
「‥‥まあ、事件現場近くだからね。」
全国的な異常気象は昨日今日始まったことではないのだけど、ちょっと変わった事象が発生すると、「会合」が事件と関連づけて騒ぐのだという。「有識者」を呼んでネットで動画配信とかをしているらしい。Yとしては事件とは全く関係ないのにと思いつつも、「会合が騒ぐ」と思うとちょっとした自然現象につい神経質になってしまうそうだ。
Yを叔母さんの家に連れて行くと、和人叔父さんも仕事を休んだのか在宅していた。
叔父さんは、ジャケットは着ていなかったけど結構きちっとした格好に見えた。
そして両家とも丁寧な挨拶。
他の会合の時もこんな感じなんだな、と思いつつ俺の姿を見つけて駆けて来た彗汰を抱っこする。少々場違いな雰囲気でも仕方ない。
「はじめまして、ケイタくん。和井ですよ〜。」
「ワイでしゅゆ?」
Yが身を屈めて彗汰に挨拶をする。彗汰がYに笑顔を見せた。彗汰は人見知りせずにいるので、一安心だ。
「ほう〜ちっちゃ!」
「ワイちゃ〜」
「うんうん、可愛いねぇ。」
畏まった雰囲気が少し緩んでほっとする。仁美叔母さんがお茶を運んで来た。
Yが叔母さん達と話をしている間は彗汰を連れ出そう。
「ケイタ〜、あっちでイチゴ食べようね〜」
「いちお〜?」
「そう。イチゴだよ。Yお兄さんが持って来てくれたんだよ。」
「ワイちゃ〜。あいあと。」
Yの地元に人気の苺農園が有るらしくて,その農園の苺の詰め合わせセットを手土産に持って来てくれていた。
完熟で甘いので、彗汰も少しかじって美味しそうにニコニコしてる。
「ワイちゃ〜。」
「Yお兄さんの苺美味しいねぇ。」
「おいし。」
「うん。」
彗汰の手や口が、苺の汁でべしょべしょになったので丁寧に拭いていたら、リビングの方から仁美叔母さんがすすり泣く声が聞こえて来た。
「彗汰、庭に行こうか。」
急ぎ目に彗汰の手を拭いた後、ウェットティッシュの箱を片手にもう片方の手で彗汰を片手にして、リビングから距離を取った。
庭に面した窓の所に彗汰を連れて行って、苺の汁の拭き残しを拭き取りながら、彗汰に話しかける。
「ケイタも兄ちゃんに会いたいよな。」
「にいに〜」
「にいにじゃなくて兄ちゃんだよ。瑛太兄ちゃん。」
「えいにぃ。」
「そうそう。賢いね、ケイタは。」
「ん!」
彗汰が嬉しそうに笑った。可愛いな。
瑛太、早く戻ってこいよ。お前の弟だぞ。
春の日差しを浴びながら、祈るように呟いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます