第59話 「Y」シャツ
現場となった建物は倒壊してもおかしくないとのことで、遠くから見たのと写真を見せてもらっただけだという。
写真を見た限り、一階の教室だった所は確かに地面深くえぐれていて、天井もぽっかりと穴が空いて空がみえていたとのこと。
「‥‥でも‥‥。遺体も見つかってなくて‥‥、どうしても‥‥あきらめられなくて‥‥。‥‥‥ごめんなさい。‥‥圭君は‥‥辛い思いをしたのに‥‥。」
希望を見いだしたい気持ちもわかる。
そして希望を抱きようがないこちらの状況も察して、気を遣わせてしまう。
だからといって、あの抉れて真っ黒になった地面の状況を見て、そっちはまだ希望があるからいい、とは思えない。
何とも言えない。辛い‥‥。
「うっ‥‥。」
仁美叔母さんは苦しそうに口を抑え立ち上がって奥に行ってしまった。
居間のテーブルに圭が作った料理を並べた。
結果的に通夜のような状況になった。
圭の葬儀は検死が終わってからということになっている。瑛太の場合は遺体が確認されていないので、行方不明扱いになってしまうという。
だから、このまま見つからなかった場合7年後に死亡が確定することになる。
つまり、死んでいるかもしれないのに、今、ちゃんとした通夜ができないのだ。
生きていて欲しいという気持ちもあるし、とても複雑な心境だと思う。
数日後に圭の葬儀が行われた。家族喪で本当に身内だけで行った。
それでも葬儀場にマスコミの車が沢山来ていた。
家にも取材がしつこく来ていたけど、葬儀が終わったら落ち着いた。
葬儀で哀しむ顔を報道したかったのだろう。
死亡が確定した圭の事より、「行方不明」状態の生徒達の事の方がマスコミの興味をそそるのか
仁美叔母さんを含め、行方不明者の家族の所には、圭の葬儀後も時々取材の記者が訪れているそうだ。
それでも行方不明者が数十人もいるので、一人の所に殺到するほどではないようだ。
事件現場の中学校にも取材の車が多くよせられたそうだ。建物が倒壊する危険があったこともあり3月中は学校閉鎖となっていたそうだ。
4月になってからはリモートで授業を再開しているとのこと。
数週間の調査後に、校舎の建物は撤去された。
俺も、圭の葬儀が終わってからはバイトを再開した。いや,大学の授業も再開しましたよ。
世間では、圭の中学校の事件とを関東圏学生行方不明事件を結びつける人も多いらしく、Yの所にも取材が来たそうだ。
「『関連してると思いますか〜』とか『同じ行方不明者の家族として一言』とか、何とも言い様がないよね。」
Yが苦笑した。
ほんとうにな。
「ああ、Yにプレゼントがある。」
「え?」
怪訝な顔をするYに紙袋を手渡す。
紙袋を覗き込んだYが「お」と声を上げた。
「Yシャツ!」
藍染めの七分丈のゆったりしたシャツ。左胸の所にポケットがついていてポケットの上に小さく「Y」の文字。
「弟が作ったらしい。良かったら貰ってくれ。」
「弟君て、‥‥あの?」
「ああ‥‥。」
お互い少し微妙な顔になる。
Yは「ふむ」と頷いて笑顔になった。
「いいの?もらっちゃって。俺の事話してたんだね。」
「もらってくれ。だけど、Yの話は一切していない。」
「ええ? でもYシャツ作ってくれてたんでしょ。」
「アルファベット色々あった。試作してたらしい。」
「ハハハ!」
圭の遺品を整理していたら、衣装ケースに大量のアルファベットシャツが出て来た。しかも端切れやら染めの練習をした布やらも一緒に。
作ったものを貰い物服を置いてある衣装棚に紛れ込ませていたらしい。「J」だけ。
「K」の服は自分で来ていたらしくて、別で保管されていた。
「不思議面白い弟さんだったんだね。圭君。会ってみたかったなぁ。」
「‥‥作ってたの知ってたら、特注Yシャツ頼めたかもな。」
会ってみたかったといわれてもどうにもならないので、その言葉には反応しないで返す。
「うん。頼んでみたかったね。」
Yがちょっと切なそうに微笑んだ。
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