宵の赤町

 ともあれ。

 現時点で、ふたりには三つのとっかかりがあるようだった。

 霧の夜。遊女。そして、特殊な刀痕。

 問題は、タイムリミットだった。


「そのぉ、大変言いにくいんやけど、だいたい一週間くらいを目安に解決してくれたら、ものすごく助かるんよねぇ。今はうちの支部長が留守にしているから、そのあいだに済ませてもらえたら万々歳なんよぉ」

「ずいぶんと無茶を言う」

「それはわかっとるんよぉ。でも、うちもスペアマスクつけて、可能なかぎり協力するから。ほら、こういうじみ~なマスクも用意しておいたんよ。ほらほら、みてぇ」

「そういえばユンファ警参級は、現在はなにをされているのですか?」


 シルヴィの質問に、ユンファはわたわたと慌てた。


「え、えーと、なぁ。ちょっと名の知れた泥棒を捕まえる案件を任されとるんやけどぉ……」

「けど?」

「それが聞いてやぁ! うちのパートナーが、支部長たちといっしょに行ってもぉたんよぉ。そのあいだ、うちには繋がりのありそうな組織にコンタクトを取る、というか口を割らせるように言われているんやけどぉ。そのぅ、ひとりやと、どうもなぁ……」


 もごもごと、ユンファは先を言いよどんだ。


「なんだ。つまりサボりか」

「ち、ちゃうよぉ! うちが戦うの好きやないって知っとるのに、いじわるでそんなこと言いつけてったんよぉ。先輩たちが悪いんやぁ」


 あたふたと慌てる様子のユンファに、シンはなんとなく、この粛清官の性格がわかってきたような気がした。


「そ、そうや、シンちゃん、よければ手伝ってくれへん? そんな長いカタナ持っているんやもん、きっと強いんやろ? だめなおねえさんのこと助けると思ってぇ」


 シンはあきれて、呼び方をあらためるように言うのも忘れてしまった。




 茶屋を出たとき、もう外は暗くなりはじめていた。

 上空からみると碁盤のかたちをしているという遊郭の通りは、幾何学的に整った見た目をしていた。偉大都市の本土でいっても、たとえば中央街などは洗練された外観をしているが、ここは建物の様式そのものが統一されているのもあいまってか、別格の風景といえた。

 いつのまにやら、ぼんぼりが灯っている。提灯も、同様だ。

 すべてが赤い。昼よりも明るいのではないかと見まがうほどだった。


「きれいよね。これが〈眠らぬ街〉の正体よ。この街は、夜半という名のとおり、夜にはじまるの」


 酒場や妓楼、賭場などが集う繁華街のがやを聞きながら、シルヴィが言った。

 ユンファとは、店の前で別れていた。ふたりはどうするのかという質問に、シルヴィは宿を取っていると答えた。ここから離れていない場所に、一件の旅館があり、そこをおさえたのだという。


「それがええわぁ。いちいち中央街に帰るのもめんどうやもんね」

「警参級はどうされるのですか?」

「うちは支部に戻って、もうちょっと仕事やぁ。あぁ、憂鬱やなぁ。頭の回転がよくなる気がする、泡がしゅわしゅわのおいしい飲み物でも呑みたい気分やわぁ」


 もし全部終わったら付き合ってなぁ、おごるよぉ、と言い残して、ユンファは去っていった。

 その後ろ姿を見届けると、シンは聞いた。


「……ボッチのまわりって、あんなのばかりなのか?」

「その言い方だと、あなた自身も含んでしまうわよ」


 それは困るから、それ以上は言わないでおいた。

 帰り道をいきながら、シンはパートナーに今後の予定についてたずねた。

 彼女の計画では、本日の残りはとにかく資料の読みこみに当てて、概要を頭に叩きこんでおきたいようだ。シンのほうも、無策で動いても仕方がないと思っていたので、賛成だった。


「しかしこれだけ夜も盛況な街だと、犯人もやりづらいんじゃないのか」

「そうね。でも、いつでもひとがいるのは、こういう繁華街のほうだけだから。はずれのほうで、かつ視界も悪い場所なら、きっと犯行には及びやすいわ」

「……霧の夜、か」


 シンは顔を上げた。本日は晴れていた。空も、地上も。

 海上都市である遊郭は、湿度が高い。そして夜になると、この街の暖房装置が、少しだけ稼働を休む時間があるという。その結果温度差が生まれて、霧が頻発するようだ。

 天気予報から推測するに、向こう一週間で、二晩は霧の発生が見込めるようだ。

 片をつけるのは、そのどちらかの夜となるのか。

 道ゆくひとびとは、凶悪な辻斬りの存在など気にも留めない様子で、この真っ赤な夜に、楽しそうに語らっていた。

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