自殺革命
青海夜海
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クラスメイトの女の子が死んだ。電車の前に飛び込んで死んだ。自殺だった。
中学生二年の九月終わりだった。僕の唯一の友達は呆気なくいなくなった。
彼女は虐められていた。一年生の頃から僕以外の全員に虐められていた。
僕はただ、そんな彼女にこう言った。
「死にたくないの?」と。
鶏小屋に捨てられていた体操服を拾う彼女は僕に振り返ってこう言った。
「死にたいよ」と。
微笑んだ痛々しい彼女に僕は恋をした。それは狂うような依存だった。
だから、僕は彼女と友達になった。決して誰にも知られない、知られてはならない唯一無二の友達になった。
僕は多分、彼女を守っているつもりだった。炙られたホワイトトパーズに水をかけて白い部分を抱きしめているつもりだった。彼女の漏れ出さない痛哭を、どこにもいなくなった星の代わりになっているつもりだった。
そう、僕だけが彼女を理解しているつもりだった。
けれど、彼女は自殺した。僕の目の前で儚く微笑みながら、光が奔る闇の中へ消えていった。
彼女はその時初めて痛哭を上げた。それは産声みたいに、悲しんで聴こえた。
自殺は事故と処理された。簡単だ。日本の警察は腐っていて、学校の人間どももクズだからだ。僕の訴えは「理由がない」「証拠がない」「自殺をするような子じゃない」どの口がほざけ。先生も警察も親でさえも、彼女の自殺を頑なに認めなかった。
すべての嘲笑が彼女を憐れな鶏に仕立て上げた。
「あーあ、せっかくの玩具が消えちゃった。次は誰にするかな」そんな、主犯のクラスメイトの声に僕は決意した。
革命を起こそう。
だから僕は全校生徒に向けて放送室からこう言ってやった。
「呪ってやる」
準備は二ヵ月でどうにかなった。革命、オマエたちを呪う準備だ。
決行は今日、修学旅行に決めており、乗り込んだバスの中で全員の着席を確認して僕はスマホを弄ってメッセージを送った。
クラスメイト全員、恐らく二年生全員に同じメッセージが届いたことだろう。
騒然となり「ざけんなッ!んなだよこれッ」と彼女を殴っていた男が吠えた。次々に遅れれて人間擬きどもは喧噪を広めていく。直ぐには疑心暗鬼が牙を剥き、「まさか、あなたじゃないわよね⁉」と訊き出す女が現れメッセージの送り主を特定する言い合いが始まった。
「みなさん落ち着いてください。私たちには関係のないことです。ほら、もう出発するので座ってください」と、担任の声に落ち着きを取り戻し各々着席していく。
出発したバスの中の居心地はいいものではなかった。険悪と猜疑心と恐怖、この三つが渦巻き獣の眼に暗澹たる刃が輝いていた。
僕がしたことは二つ。この二ヵ月間、僕は彼女の代わりに標的となり虐められていた。しかしそれは返って好都合だった。僕を虐める瞬間、オマエたちは本性を見せるからだ。弱者をいたぶる愉悦感に思考能力を鈍らせ、僕が嘘の情報を与えて煽れば知りたくもない誰かの悪口まで聞かせてくれた。オマエたちの本音を僕だけが心底知っていた。革命のためにこれ以上ない情報だった。
僕はそれを学校固有のチャットアプリに暴露した。ありとあらゆる人間の悪意をバラまいた。嘘も本当もごちゃ混ぜにまさにシュレーディンガーの悪意だ。だからお前たちはたった一通のメッセージに動揺し、誰も彼もが誰をも信じられずに滑稽な疑心暗鬼の睨み合いを行った。
僕は続いてメッセージを送った。
『靴を捨てないでください』『引き出しに剃刀を入れないでください』『下着姿を撮らないでください』『殴らないでください』『悪口を送らないでください』『あなたのせいです』『痛いんです』『苦しいです』『死にたいくらいにしんどいんです』『あなたのせいです』『あなたのせいです』『あなたが私を殺したんです』
窓ガラスを軋ませるサーモバリックが決河の如く喉を突き破った。黒い雷に呪われた人形のように、悪語に汚れた赤い口は震える銃弾を吐き出した。
「これアンタでしょッ!」「ざけんなよォ!死ねェ!」「オマエの方こそシネよォ!」「噂、本当だったんだぁ……なんでッ⁉」「し、知らない!わ、私しらないよ!」「謝れよっ!おまえだろオマエなんだろォ‼」「はぁ?僕じゃないし、てか僕にこんなメッセージ送ったのは君だろっ!」
罵詈雑言。猜疑心が悪心を抱かせ喉を裂いて出た墳血のように止まることを知らず、互いの喉を切り裂いていく。
実に滑稽だった。悪口も噂も裏切りも、すべてオマエたちが彼女にやったことだと言うのに。
パンデミックと称するに近い混沌は一種の暴動だった。僕以外の誰もが誰かを疑い、誰かを陥れ罰を押し付けようとする。呪いから逃げようとする。
こんなクズどもに彼女が殺された事実を僕は許せない。
バスが目的の駅に到着した。そこで最後の仕上げをする。
無口の行進が琴線のように空気を張り詰め、線から踏み出さないように揺らないようにホームに並ぶ。熱の名前は憤怒。眼光の名前は恐怖。血液の名前は妄想。
ここで僕がもう一つしたことを言おう。僕の手には二台の携帯がある。一つは僕の。ならもう一つのは誰のだと思う?それは僕だから拾えたもので、あるいは預かれたもの。
僕はその携帯でメッセージを打つ。
例えば――そう、『人殺し』と。
一斉に鳴り響く携帯の音。襲る襲る開きそのメッセージを誰もが眼にした時、アナウンスが電車の通過を知らせ、僕は一歩前へ出た。二歩、三歩と、琴線を踏み越え、微笑んだ彼女の影に重なり合うように。
そう、すべてはこれで始まってここに終わる。
罪にしないオマエたちの最大の幸福を与えてやる。
死んだ彼女からの呪いのメッセージ一つで大騒ぎし荒れ狂うクズどもの、そのミジンコな罪悪感に最大幸福を与えてやる。
彼女が指を差して嗤えるくらいに。
僕は振り返る。唖然となるクズどもに僕は大声で嗤ってこう言ってやった。
「上履きを捨てられた!殴られたっ!金をとられたッ!オナニーを撮影させられたッ!便器に顔を突っ込まされた!セミの死骸を喰わされたッ!土下座させられてゴミを喰わされたッ!沼に落されたッ!教師は何もしてくれなかったッ‼学校は全部揉み消してっ、彼女の自殺もなかったことにしたッ‼警察に逃げ込んでも取り合ってくれなかったッ‼だから死んでやるッ‼お前等に虐められたから死んでやるッ‼ああ、この殺人者どもめメェ‼オマエたのせいで、彼女は死んだッ!だからッ僕も死んでやるッッ‼」
全世界、全国の屑どもが見て見ぬ振りができないくらいに叫んでやった。電車の騒音なんかに負けないくらいに喉が潰れるほどに。
僕は泣いた、泣いて笑った。笑ってやる。
そうだ、彼女を助けられなかった僕は罪人だ。
これが僕の彼女への償いだ。
僕は身体を電子光源と鉄の路の中に投げ落とした。
すべてを掻き消す光と感覚の中、僕の見たかった光景がそこにあった。
さあ、破滅しろ。絶望しろ。最大幸福だ。
償える罪を与えてやる。
そう、これが僕と彼女の革命だ。
自殺革命 青海夜海 @syuti
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