第2話 ご機嫌取り

 昨日は彼女を怒らしてしまったかもしてない。もしかしたら、今日は帰っても彼女はいないかもしれないからコンビニによって弁当とかを買ったほうがいいか。しかし、帰って彼女がいてご飯を作っていたとしたら、余計に怒らせてしまう。ならばいい考えがある。


「ただいま~」


 …返事がない。今日は来てないのか?しかし、いい匂いがする。もしかしたら、顔は合わせたくないが可哀想だからご飯だけでも作ってあげようという気づかいかもしれない。


 心してリビングのドアを開ける。ぱっと見渡した感じ彼女の姿は見えない。やっぱり顔も見たくないのだろうか。


「わっ!」

「うわっ!」


 急に後ろから声が聞え、思わず声が出る。


「驚きすぎだよ~」

「驚かないほうがおかしいだろ」


 後ろを振り向くと彼女が悪戯な笑みでこちらを見ている。彼女がいるとは思っていなかったので結構な大声が出てしまった。急な出来ことで驚いているが、彼女がいることで安心している自分もいる。


「今日は来ないものだと思ってたよ」

「なんでそうなるのさ~」

「そりゃ昨日怒ったのかと思って」

「き、昨日はね…怒ったわけではないよ…」


 昨日の話をしたとたん、急にもじもじし始めた。やっぱり何かを隠している。


「じゃあどうしたんだよ」

「そ、それは…。あっそれなに?」


 あからさまに話をそらされた。まあ、彼女が怒ってないと言うのであればそれでいいか。

 話をそらされたことは置いておいて、彼女は俺の左手に持っている袋に気が付いた。もしもの時のためにさっきコンビニで買っていたものである。


「これは、ご飯の後にでも見せるよ」

「ほうほう、それじゃあご飯を食べるとしようか」


 今日の夕食もとてもおいしく、仕事も疲れも少しは吹き飛んだ。


「では、例のやつを見せてもらうとしよう」

「はいはい、わかってますよ」


 彼女の機嫌がよくない時に備えてコンビニでスイーツを買ってきたのである。彼女の好みがわからならなかったので、俺の好きなシュークリームを買ってきた。彼女がいらなければ俺が食べればいいだけだし。


「シュークリームか、どうして急に買ってきたの?」

「いや~それは」

「まあいいか、これ食べていいんでしょ?」

「もちろん」

「じゃあいただきます」


 彼女は食べていいと言った瞬間には袋を開けていた。もしかしてすごく好きなのではないか?

 そして、口いっぱいにシュークリームを頬張っている。彼女はもともとやや釣り目で、いかにも美人って感じの人であるが、今の様子はどう見ても小動物のような感じがする。


「そんなに好きなの?」

「ちょっと待ちな」


 彼女は真剣に食べているため会話すらまともにしてくれない。言われた通り食べ終わるのをじっと待っていた。そして食べ終わると、


「甘いものがすごく好きでね、まさか買っているとは」

「だろうね、すごく真剣に食べてたからね」

「まあ、機嫌が悪いわけではないのにもらってすまないね」

「なっ!」


 こっちの考えていることはお見通しというわけか。くそ、なんかしてやられた。けど、彼女の一面を知ることができたのはいい収穫であった。


「いつからお見通しだったんだよ」

「んー、怒っている?って聞いてきたときかな。もともと今日はなんとなく帰ってきたら驚かせようと思っただけだし」

「まあ、怒ってないってことがわかっただけいいか」


 彼女との今の関係がなくなってしまうのは寂しいものである。彼女のことはほとんど知らないが、この時間が癒しの時間になっていることに変わりはないから。


「あと、甘いものを食べてるときは全然違う顔になるんだな」

「何よそれ、変な顔になってるって言いたいわけ?」

「いいや、普段とは違う感じでかわいいなって思って」

「何を急に!」


 部屋中に彼女の声が響く。かわいいって言われるのがそんなに好きじゃないのか?美人な感じの人がかわいいって言われるのは嫌なものなのか。


「いやいや、そんなに怒らなくても。ただ思ったことを言っただけなんだけど」

「あーもう、何も怒ってないわよ。急にかわいいなんて言われて驚いただけ」

「なんだそうだったのか」


 そうか、きれいですねとかなら聞きなれているかもしれないが、かわいいって言われるのは聞きなれてないのか。


「わかった、これからは言うのを控えるよ」

「なんでそうなるのよ!」

「なんで怒る!」


 もうどうすればいいんだよ。言って驚くなら言わないほうがいいと思っただけなのに。


「今のは怒るわよ!どう考えたって控える必要はないでしょ!」

「いや、驚くっていうから」

「ほんとにあなたはまだまだだね」

「またそれか」

「まあいいわ、君が機嫌を取るためにお菓子を買ってきたってことはほめてあげる」


 なぜにそんなに上から目線なんだろうか。まだまだ彼女のことについてはわからないことがたくさんあるが、いつになく上機嫌な彼女を見て疲労が回復したような気がした。

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