第3話 審判
「どっ、何処だ此処は」
ステージの上に居る僕は、声を漏らした。
すると、辺りの喧噪は静まりかえった。
そして、
「田宮遥人さん。事件の顛末を」
等と怒鳴る声が、ステージの下からは響き渡った。
どういう意味だ? 此処は何処なんだ。
思考が纏まらずに居ると、
「静粛にお願い致します」
近くからは、大昔に聞いたことのある声が響いた。
「あっ、あんたは」
僕は驚きながらも、声が発された方を向く。
すると、そこにはやはり父親の友人、
「あぁ、やあ久しぶり。健介さんの葬式以来だね。こんな再会になってしまったのを不幸に思うよ」
そういう彼は若干笑いを浮かべているように思えた。
何故? 何故? 何故、貴様がいるのだ。そして何故笑っているのだ。
混乱は更に肥大化したように思える。
「どっ、どうしてあんたが」
混乱しながらも、確かに問いかける。
だが、その問いかけは、
「さあ、立って。前を向いて。自分の罪と向き合って、悔い改めるんだ。そうすれば許されるかも知れないだろう」
と嘲笑う彼の声に掻き消された。
「どっ、どうしてあんたが居るんだ!」
僕が彼の指示を無視し、叫ぶ。
すると、それに合わせるように、
『カシャカシャ』
シャッター音が鳴り響く。
奴は顔に微笑を浮かべながら、僕の座っている椅子に近づいてきて、
「此処で怒鳴るのは良くないよ。君の罪が更に大きくなってしまう」
笑ったような調子で言い、僕の腕を掴み、無理矢理立ち上がらせ、マイクが載った演説台のような物のすぐ側に立たされた。
稲荷川誠は、ニヤニヤとした顔を収めることがなく、先程まで居た場所に戻り叫んだ。
「ただいまより今回の事案、田宮遥人さんによる通り魔連続強盗致死事件に関する審問を始めます」
と。
ありえない。何故、こんな所で。
焦りを抱きながらも、若干の冷や汗が滲んでくる。
「質問のある方は、挙手をお願い致します」
稲荷川誠はステージの下の人々に声を掛けると、我先にと争うように手が上がり、
「満月新聞さん」
大手の新聞会社の名前が呼ばれ、
「はい」
と返事の声が響いた。
そして、
「満月新聞の記者の物なのですが、今回の件に対して田宮遥人さん。貴方はどうお考えなのでしょうか?」
記者の男は僕に声を投げかけた。
「僕は。僕は」
返事に迷った。無実を叫ぶにして、どうすれば彼らの信用を得られるだろうか? 新聞社なんて殆どが、まともな報道をしないだろうに。
「僕は今回の件について、僕が加害を加えたわけではない、という事を主張させて頂き、被害に遭われた方々、ご遺族の皆様には」
僕が続きを言おうとしたところで、
『カシャカシャ』
と大きくシャッター音が響き渡り、
「田宮遥人さん。貴方は反省をしていない、と言う訳なのでしょうか?」
満月新聞の記者が叫んだ。
「僕は反省すると言う事の以前に、今回の件については一切、何らの関わりがない物だと思っております」
記者の男に返すと、
「あいつ一切の反省がない」
「ふざけるなよ! 自分のやった事に責任とれ!」
等々と怒鳴り声が、返答のように帰ってきた。
「自分のやった事に責任をとれ! と叫んだ方。再度主張させて頂きます。僕はそのような事を行っておりません。通り魔強盗致死事件など起こしていません。現に、僕にはそれをやる動機がございません」
マイクに向かって声を吹きかけると、
「ふざけるなよ! 快楽殺人鬼」
「反省の色を少しでも見せたらどうなんだ」
と怒声に返答をされた。
「ですから、僕はそのような事をやっていないのです。やっていないことに対し、責任を取ることなど出来ませんし、反省をする事などできません」
彼らの声に反論をする。
「やった事を認めろ!」
「責任をとれ!」
「ふざけたことを言うなよ」
怒鳴り声が、更に大きくなったように思える。
「でっ、ですから僕はやっていないのです。やっていません!信じてください!」
理不尽に罪を擦り付けられ、責められる。何故、僕がこんな目に遭わないといけないんだ。
視界が若干だが、滲むのが分かった。
「ふざけるなよ。ガキ!」
「反省をしろ!」
「馬鹿野郎!」
純粋な罵声が響き渡り始めた頃、一つの腕が真っ直ぐとあげられた。
「購読新聞さん」
稲荷川誠が声を出す。
すると、若干の声を除き殆どの声が静まり、
「稲荷川誠さん。貴方は、田宮遥人さんが行ったことに対し、どうお考えで?」
と問いかけが掛けられた。
どうして稲荷川に。
混乱していると、奴の顔がニヤッと動いた気がした。
どうしてお前、笑って。
止めどない冷や汗が流れ、時間の流れが遅く感じた。
だが、それでも時は進み続け、稲荷川は口を開いた。
「私は、今まで見てきた彼の様子から考え、行いを事実だと思い、悔い改め、被害を受けた方、親族に対し真摯な謝罪を行うべきだと思っております」
「僕はやってない! ふざけるなよ。このクソ野郎!」
彼の発言に反論するように叫ぶと、
『カシャカシャ』
一挙手一投足全てを記録するかのようなシャッター音が木霊する。
「僕はやってない。本当なんだ。僕にはやる必要がない。父親に関しても、僕は殴られ蹴られをしていたんだ。そんな状態の心理で、殺せるわけがない」
続けて叫ぶと、
「君は随分と父親のことを貶したいらしい。君の父親が、そんな事をする必要がないだろう。それに、君の父親はそんな事をする人間でもない」
捲し立てるように反論をされ、
「それに、虐待をされていたのなら、怒った君が殺しても可笑しくはないだろう」
と不味い反論をされてしまった。
まずい、不味い。不味い。してはいけない反論をしてしまった。
「そっ、そんな。僕は、そんな事してなんか」
足が震えるのが分かる。
このままでは駄目だ。このままではまるで、僕が本当に殺人をした人間だとされてしまう。
焦り、怒り、恐怖。
様々な感情が湧いたが、
「田宮遥人さんも体調が優れていないように見えますので、審問はこれにて終了させて頂きます」
稲荷川のこう言う声に全て掻き消された。
「僕は大丈夫だ! だから、まだ! 僕はまだ出来る。話すことが出来る。だから、だから! 話させてくれ! 僕はやってないんだ。本当なんだ!」
僕が叫ぶ、ステージの上手、下手から三人の警官が上がってきて、
「大人しくしてください」
「もう終わりなんです」
口々に言いながら、僕の脇辺りを掴み、ステージから下手の方に引きずり込まれてしまった。
「おい! まだ! まだ! 僕は出来る。だから、だから離せ! 話させてくれ!」
如何に叫ぼうとも、警官達は僕の事を話すことはなく、控え室のような所に僕を入れた。
「開けろ! 僕は。僕はまだ出来る!」
何度も、何度も叫び、扉を叩く。
だが、誰の反応も返ってくることなどなく。
僕の意識は段々と薄れていき、そして遂には意識を手放すことになった。
そして、次に目覚めた頃には、最初に連れて行かれた薄暗い取調室のような所に居て、
「よぉ、やっと起きたか。クソ殺人鬼」
と言う厳格そうな、前回僕を殴りつけた男が目の前に座っているのだった。
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