12 水族館で
太陽の光が差し込む大きな水槽の中で自由自在に泳ぐ美しい魚の群れに、私は言葉を無くして見惚れていた。
本当に……なんて美しい光景なのだろう。
「……どうだ? レティ。気に入ってくれたか?」
隣にいるレオナルドが尋ねてきた。
「はい、とても気に入りました。こんなに海の中で泳ぐ魚って綺麗だったのですね」
「そうか、それは良かった」
レオナルドが嬉しそうに笑みを浮かべる。その笑顔に罪悪感を覚える。
本当ならその笑顔を向けられるのは私ではなく、カサンドラさんであるはずなのに……。
「どうかしたのか?」
「い、いえ。そう言えば、あそこに少し変わった魚が泳いでいますね。何と言う種類の魚なのでしょうね」
「ああ、あれは確かエイと言う種類の魚だよ」
「エイですか? 何だか、顔が可愛らしいですね。まるで笑っているみたいです」
「そうだな。確かに可愛らしい。レティはあの魚が気に入ったのか?」
「はい。気に入りました。海には可愛らしい魚が沢山泳いでいるのですね。今度は、あのエイを刺繍にしてみたいです」
私の言葉にレオナルドが笑った。
「エイを刺繍にか……それは良い考えだな。もし完成したら見せてくれるか?」
「はい、では真っ先にお見せしますね」
水槽の中で優雅に泳ぐ魚の群れを眺めていると、悲しい気持ちが和らいでくる。
シオンさんのことで、落ち込んでいる私を元気づけてくれようとしているレオナルドの気持ちがとてもありがたかった。
「向こうの水槽にはウミガメやイルカも泳いでいるようだ。行ってみよう」
「はい」
その後も私とレオナルドは水族館を楽しんだ。
2人で魚の餌やり体験もおこなったし、温暖な地域に生息するペンギンを間近で見学することも出来た。
また館内には喫茶店も併設されていた。
2人で簡単な食事も終えて水族館を出る頃には、時刻は午後3時を過ぎていた――
****
「レティ、今日はその……楽しめたか?」
辻馬車に乗り込むとすぐにレオナルドが尋ねてきた。
「はい、とても楽しかったです」
社交辞令とかではなく、本当に楽しむことが出来た。レオナルドの誘いが無ければ、私は暗い気持ちで大学に行って授業を受けていたことだろう。
「そうか、楽しんで貰えたなら良かった。……実はその、少し気になっていたんだ」
「気になる? 何をですか?」
「その……水族館に一緒に行く相手が俺で良かったのだろうかって」
やっぱりレオナルドも気にしていたのだ。あの水族館はどう考えてもデートで訪れるような場所であるということを。
「それを言うのは、むしろ私の方です。だって、レオナルド様にはカサンドラさんがいらっしゃるのに……私が相手で良かったのですか?」
「カサンドラとは……いや、彼女のことは気にしなくていい。ちゃんと考えているから大丈夫だ」
「そうですか? 分かりました」
レオナルドがそういうのだから……私が気にしても仕方のないことなのだろう。
「それで……レティ、どうする? 今日はグレンジャー家に泊まるか? 1人であの家で過すよりも、気が紛れるんじゃないのか?」
「いえ、1人で大丈夫です。お気遣い、ありがとうございます」
これ以上、レオナルドの気持ちに甘えるわけにはいかない。正式に婚約を結べば、きっとカサンドラさんはグレンジャー家に頻繁に足を運ぶことになるだろう。
そうなると、私はもう頻繁にあの屋敷に出入りしないほうが良い気がする。
「そうか……でも、何かあったらいつでも来るといい。俺も祖父母もレティのことを待っているから」
「はい、レオナルド様」
レオナルドを安心させるために笑顔で返事をした……。
****
「今日は楽しかったです。本当にありがとうございました」
家に到着し、馬車を降りるとレオナルドに礼を述べた。
「ああ、俺も楽しかったよ。だけど……本当に良かった。朝会った時はあまり元気が無さそうに見えたから」
どこかホッとした様子を見せるレオナルド。
「元気になれたのはレオナルド様のおかげです」
「そう言ってもらえると嬉しいよ。それじゃ、また明日大学で会おう」
「はい、レオナルド様」
レオナルドは再び馬車に乗りこみ、私はその姿が見えなくなるまで見送った。
――その翌日
レオナルドに辛い出来事が起こったことを私は知ることになる――
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