8 待っていた人

 ノエルの住む寮を出た頃には、空はオレンジ色に染まって私達の影を長く地面に伸ばしていた。


「大丈夫? レティシア。1人で帰れそう?」


外まで見送りに出てくれたノエルが心配そうに尋ねてくれる。


「ええ、大丈夫……ノエルのおかげよ。色々私の話を聞いてくれたから」


「レティシア……」


ノエルが私を抱きしめてきた。


「私はレティシアの友達だから。何か辛いことがあったら、いつでも相談に乗るわよ」


「ありがとう、ノエル」


私も彼女を抱きしめ、そっと彼女から離れた。


「また明日ね。レティシア」


「ええ。また明日会いましょう」


そしてノエルに見送られながら、私は大学を後にした――



****


 辻馬車に乗って、ヘレンさんのお店に着いたのは18時少し前だった。男性御者に、「ここで待っていて下さい」と告げると、店の扉を開けた。


「こんにちは」


声をかけながら店に入ると、カウンターにいたヘレンさんと目があった。


「まぁ、レティシアさん! 大丈夫だったの!?」


私を見るなり、ヘレンさんがカウンターから出ると駆け寄ってきた。


「え? な、何のことでしょうか?」


「あなたのお兄さんが慌てて店にいらしたのよ? レティシアが来ていないかって」


「え? レ……兄がですか?」


「ええ。とても取り乱した様子だったわ。ここには来ていないって答えたら『お騒がせして申し訳ありません』と謝罪して帰っていかれたけど……酷く顔色が悪かったの。何があったのかも聞くに聞けないような雰囲気だったし……」


「そうだったのですか」


まさかシオンさんの件で私のことが気になって捜しに来たのだろうか? そのとき、ふとカサンドラさんのことが脳裏をよぎった。


「あの、兄はどなたかと一緒でしたか?」


「いいえ? お一人のようだったけど?」


「そう……ですか」


まさか、私のせいでカサンドラさんとのデートをとりやめにしてしまったのだろうか?


「それで、レティシアさん。今日この店に来たのは何か用があったのかしら?」


「はい、そうです。ヘレンさんから委託されていたクッションカバーの刺繍が完成したのでお持ちしました」


カバンから作品を取り出すと、カウンターの上においた。


「まぁ……今回も素敵ね。このクッションカバーは店の一番目立つところに並べさせてもらうわ。いつもありがとう」


「いいえ。刺繍をすることは大好きですから。すみません、兄のことが気がかりなので今日はもう帰ります」


「そうね、早く帰って顔を見せてあげたほうがいいわ。心配しているかもしれないから」


「はい。失礼します」


店を出ると、待機していた馬車に再び乗り込むと家まで乗せてもらった。

家に一度帰ってから、自転車でグレンジャー家に行ってみよう。



****


 家に着いた頃には、すっかり日が暮れて空には星が浮かんでいた。


「どうもありがとうございました」


運賃を支払い、馬車を降りた私は家に向かって歩きはじめ……足を止めた。


「え……?」


何者かが薄暗い外で、家の扉の前に膝を抱えてうずくまるように座っている。

その人物は俯いて座っているので、私の存在に気付いてはいないようだった。


だ、誰……?


思わず、後ずさった時。


パキンッ!


足元に落ちていた枝を踏んでしまったのか、思っていた以上に大きな音が静けさの中に響き渡る。


「え?」


顔を上げた人物はレオナルドだった。


「レティ……?」


私を見つめたまま立ち上がるレオナルド。


「レオナルド様……何故……」


ここにいるのですか……? その言葉を口にしかけたとき。


「レティ!」


レオナルドが私に駆け寄り……気付けば腕の中に抱きしめられていた――




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