3 話し合いの末は

 カサンドラさんがグレンジャー家に来たので、挨拶をしに行くべきかどうか思案していた。


「やっぱり、御挨拶したほうがいいわよね……。大学の先輩に当たる人だし、ひょっとして家族になることもあるかもしれないし……」


それに、一度はレオナルドと一緒にお見舞いに来てくれたこともある。尤もその時は祖母が断ったので、会うことは無かったけれども。


「……やっぱり、御挨拶に伺ったほうが良さそうね」


ただ、皆の前で2人に「婚約おめでとうございます」と言えるだろうか?

そんなことを思案していると、部屋の扉がノックされた。


『レティシア、起きているかしら?』


祖母の声だ。


「はい、お祖母様」


返事をし、扉を開けると祖母が私をじっと見つめる。


「お祖母様、丁度良かったです。今、カサンドラ様の元へ御挨拶に伺おうと思っていたのですが……どうかされましたか?」


何だろう? 様子がおかしい。


「……行かなくていいわ」


「え?」


「お祖母様?」


「あなたは今、まだ体調が良くないということで寝ていることになっているの。だから部屋でじっとしていなさい。いいわね?」


「は、はい……分かりました」


一体どういうことなのだろう。でも切羽詰まった様子の祖母に尋ねることが出来なかった。


「また後で呼びに来るわね」


祖母は笑顔で告げると、部屋を去って行った。


「……何かあったのかしら? それとも私がいては出来ない話だったのかしら……?」


いくら考えても分からなかった。

けれど、多分後で教えてもらえるだろう。


そこで私は再び、刺繍を再開した――



****



ボーンボーンボーン


振り子時計の鐘の音が部屋に鳴り響いた。

刺繍の手を止めて、壁の時計を見上げると時刻は18時だった。


「もうこんな時間なのね……一体話し合いはどうなったのかしら?」


1人で部屋にじっとしていると不安な気持ちが込み上げてくる。もしかして何かトラブルでもあったのだろうか?


「様子を見に行きたいけど、お祖母様からは部屋にいるように言われているし……」


やむを得ず、再び刺繍を再開した。



「……これでいいかしら?」


刺繍の糸を切ると、完成したクッションカバーをテーブルの上に置いて出来上がりを確認してみる。

真っ白なカバーに水色の刺繍糸で描いた巻き貝とヒトデ。


「ヘレンさん、気に入ってくれるかしら……」


そのとき。

扉のノック音に続き、祖母の声が聞こえてきた。


『レティ、入ってもいいかしら』


「はい、どうぞ」


すると扉が開かれて祖母が中に入ってきた。


「お祖母様、話し合いは終わったのですか?」


「ええ、終わったわ。もう出てきても大丈夫よ」


「それで……カサンドラ様は、どうされたのでか?」


「彼女なら帰ったわ。レオナルドにお見送りさせたの」


では、今はレオナルドはいないということだ。


「今夜はカサンドラさんと外で食事をしてくるそうだから、私達3人でいただきましょう?」


「分かりました。では、レオナルド様がカサンドラ様と食事をしてくるということは……お2人の婚約を認められたということですね?」


すると、祖母の顔が曇った。


「……お祖母様?」


「え、ええ……そうね。私はレオナルドとカサンドラさんがどうしても結婚したいというのなら、反対はしないけれど……」


「もしかして、お祖父様が認めていないのですか?」


「認めていないと言うか……まずは、カサンドラさんの両親がレオナルドとの婚約を認めるなら、考えても良いと言ったのよ」


「そうだったのですね……」


それでは、カサンドラさんの家族がレオナルドとの結婚を認めれば、2人は婚約を……。

レオナルドは本当にそれで構わないのだろうか?


「レティ、元気がないわね? まだ具合が悪いのかしら?」


祖母が心配そうに尋ねてきた。


「いいえ、大丈夫です。もう元気ですから」


「そう? それではダイニングルームに行きましょう? もう食事の用意ができているのよ」


「はい、お祖母様」



この日の夜は、3人だけの食事となった。

祖父母はレオナルドの婚約の話に一切触れることは無く、当たり障りのない会話を交わした。


また、近いうちにカサンドラさんはグレンジャー家を訪れることになるのだろう……。

そんなことを考えながら、私は食事を進めた。



けれど後に、話は予想外の方向へと向かい……レオナルドは酷く傷つくことになるのだった――

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