10章

1 レオナルドの決心

 自分の部屋に戻ったものの、何もする気がおきなかった。


どうしても、レオナルドの辛そうな……そして悲し気な表情が頭から離れられなかったからだ。


「レオナルド様が好きな女性って一体誰のことなのかしら?」


私はグレンジャー家に頻繁に出入りしているのに、レオナルドの周囲にいる女性の陰はカサンドラさんしか見たことがない。


「同じ大学の女性ではないのかしら……? それに、あの口ぶりでは好きな女性は婚約しているようにも思えなかったし」


そうだ。レオナルドは私にこう言った。


『何故ならその女性には他に好きな男がいるからな』


特定の相手がいない女性なら、気持ちを告げてみればいいのに。

もしかするとレオナルドの気持ちを受け入れてくれる可能性だってあるかもしれない。


「シオンさんなら……レオナルド様の好きな女性を御存知かしら……」


シオンさんの名を口にした途端、切ない気持ちが込み上げてくる。


何故、今シオンさんはここにいないのだろう?

もし、この島にいたのなら……レオナルドとの婚約を祖父母から進められていると相談出来たのに。


彼がいたら、私の悩みも……それにレオナルドの悩みも解決してくれたのではないだろうか……?


「シオンさん……あなたに……会いたいです……」


気付けば、ポツリと自分の気持ちを口にしていた――




****


――翌朝


ベッドの上でウトウトまどろんでいると、ノック音の後に続いて祖母の声が聞こえてきた。


「レティ? 起きているかしら? 入ってもいい?」


「は、はい! おばあ様!」


慌ててベッドから身を起こして返事をすると祖母が部屋に入ってきた。


「おはよう、レティ。具合はどうかしら?」


「はい、もう体調は良くなりました。なので今日は大学に行こうと思うのですが」


「いいえ、行くのはおよしなさい。この家で休んでいたほうがいいわ」


祖母がきっぱり首を振った。


「ですが、本当にもう何ともないのですけど? なのでレオナルド様と一緒に大学へ行こうと思っています」


「それは駄目よ、今日だけはおよしなさい」


真剣な眼差しで祖母は引き止めてくる。その様子に違和感を抱く。


「おばあ様? 一体……どうなさったのです? 何故今日に限ってそんなに引き留めようとなさるのですか?」


「……決心を鈍らせないためよ」


「決心? 何の決心ですか?」


「レオナルドの決心よ」


「レオナルド様の……?」


祖母の言葉に胸騒ぎを覚える。


「昨夜遅くに、レオナルドが私の部屋を訪ねてきたのよ。明日、カサンドラさんに婚約の申し出をするって。約束を守れずに申し訳ございませんと言ってきたわ」


「え……?」


「あの人は、何としてもレオナルドとレティを婚約させようとしているけれど……私は違うわ。それは確かに2人が婚約してくれることが一番嬉しいけれど、私の一番の望みはレティもレオナルドも幸せになることなのよ。だって、ふたりとも私にとっては可愛い子供だもの。婚約のことで悩んでいるあなた達を見ているのは辛いわ」


祖母はため息をついた。


「おばあさま……」


「レオナルドの決心を鈍らせないためにも、今日は一緒に行動しないほうがいいのよ。それに病み上がりなんだから、無理せずに大学をお休みしなさい」


「分かりました。そのようにします」


私は祖母の言葉に頷いた。


「言うことを聞いてくれてありがとう。では朝食もこの部屋に運ばせるようにするわね。それまで休んでいなさい」


「はい、分かりました」


返事をすると祖母は笑顔で頷き、部屋を出ていった。


一人きりになると再びベッドに横たわり、天井を眺めた。


「何故……私がいると、レオナルド様の決心が鈍るのかしら……?」


私には、その理由がさっぱり分からなかった――



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