第10章

1 レオナルド・グレンジャーの事情 ①

――パタン


レティを見送り、扉を閉めると俺はため息をついた。


「レティ……」


さっき、レティに好きな女性はいないのかと尋ねられたときは危なかった。

腕を引き寄せ、強く抱きしめて「レティが好きだ」と言いたくなる衝動に駆られてしまったからだ。


「駄目だな、俺は全く……」


レティの為にも、自分自身の為にも早いところカサンドラに婚約の申し出をしなくては。


「祖父母は……多分、反対するだろうな……」


扉によりかかり、ズルズルとそのまま床に座り込むと頭を抱えて再びため息をついてしまった――




****



 グレンジャー家に養子として引き取られたのは5歳の頃だった。


『アネモネ』島で両親は造船会社を経営しており、伯爵家であるグレンジャー家とは互いの家を行き来するほどに親しくしていた。


 グレンジャー伯爵夫妻には娘がいたが、嫁いでからは全く音信不通になってしまていたらしい。


その為だろう。2人は頻繁に俺を屋敷に招いて、まるで孫のように可愛がってくれていたし、俺もまたグレンジャー伯爵夫妻のことが大好きだった。



そして、悲劇が起きた。


両親と従業員を乗せた貨物船が嵐に遭い、船が沈没してしまったのだ。

この日、俺はグレンジャー家に預けられており自分だけが生き残ってしまった。


何もかも失った俺を迷うこと無く、グレンジャー夫妻は引き取ってくれた。

何不自由無い暮らしを与えられ、十分な教育も受けさせてくれた2人は俺にとっての掛け替えのない恩人。


だから、グレンジャー家の為に尽力しようと決めたのだった。



****



 それは12歳になったときの頃だった。


「お祖母様、お呼びですか?」


この日、祖母の部屋に呼ばれた。


「ええ、レオナルド。少し相談に乗ってもらいたいのよ。ちょっとこっちへ来てくれるかしら?」


祖母は書斎机に向かって座り、手招きしてくる。


「相談……ですか?」


近づいてみると、テーブルの上には様々な種類の便箋と封筒が乗っていた。


「実は孫娘がもうすぐ10歳の誕生日を迎えるのよ」


「孫娘ですか? 確か名前は……」


「レティシアよ。……一度も会えたことが無いけれど」


祖母は寂しそうにポツリと呟く。


「お祖母様……」


孫娘がいるという話は使用人たちから聞いているが、祖父母の口からは一度もその話が出たことは無かった。

どうやらカルディナ家の当主……つまりレティシアの父親がかなりの曲者で、音信不通状態になっているようだった。


「ルクレチアが嫁いでからは1度も会えていないのよ。孫を産んでからは身体がすっかり弱くなって屋敷から出ることも出来ないらしいの。何度も会わせて欲しいと手紙を送ってみたわ。だけど、もうルクレチアはカルディナ家の人間になったのだから関わらないでくれと手紙で言ってきたのよ」


その話に驚いた。


「な、何ですって……その話、本当ですか!? だってルクレチア様はお祖母様の娘ですよね!?」


「ええ、そうよ……たったひとりの大切な娘……」


そして祖母はおもむろに立ち上がると、書棚へ向かった。


「お祖母様?」


一体どうしたのだろう? すると祖母は書棚を開け、額縁を取り出してきた。


「これが私達の娘……ルクレチアよ」


額縁をじっと見つめていた祖母が俺の方に向けた。それは1枚の肖像画だった。


青みがかった銀色の髪に、紫色の大きな瞳……口元が笑みを称えている。絵の中の女性はとても美しく、思わず見惚れてしまった。


「どう? レオナルド。これはルクレチアが18歳になったときに……ちょうどお見合いする頃に描いてもらった肖像画なの。綺麗でしょう?」


「……ええ、とても……綺麗ですね」


その肖像画から目が離せなくなっていた。とくにその紫色の瞳が印象的で、見ていると胸が何だかドキドキしてくる。


「きっと、娘のレティシアも……ルクレチアに似ているでしょうね」


どこか寂しげに笑う祖母。


「お祖母様……」


何と声をかければ良いか言葉が見つからなかった。すると突然祖母の口調が明るくなる。


「レオナルド、あなたを呼んだのは便箋を選んでほしかったからなの」


「便箋ですか?」


「ええ。レティシアの10歳という節目の誕生日だから……思いきって手紙を描いてみようかと思うの。どの便箋がいいか選んでもらえるかしら?」


「ええ。それくらいお安い御用です」


こうして俺は祖母と一緒に孫娘であるレティシアに出す便箋を選んだ。



レティシア……素敵な名前だ。一体どんな少女なのだろう。


やはり、ルクレチア様のような髪の色と……美しい紫の瞳を持っているのだろうか?

願いが叶うなら一度でいいから会ってみたい。


俺は密に心の中でそう、願った――

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