9 誰にも言えない
早いもので、あの日から1週間が経過していた。
あれ以来、何となくレオナルドと顔を合わせにくくなってしまった私は意図的に大学内で彼を避けるようになっていた。
又、レオナルドを避けると同時にシオンさんとも会う機会が無くなってしまった。
会いに行こうとすれば、いつだって会うことが出来るのに。
だけど、今の私にはそれが出来ない。
彼に近づけば、レオナルドと顔をあわせることになってしまうから。
シオンさんに、何故レオナルドを避けているのか聞かれてしまうかもしれないから。
本当は会いたいけれども、シオンさんはレオナルドの親友。とてもではないが、シオンさんに会いに行けるはずなど無かった……。
****
「あら? あそこにいる人って……レティシアのお兄さんじゃないの?」
教室移動の為に渡り廊下を歩いていると、ノエルが声をかけてきた。
「え?」
その言葉にドキリとした。
「ほら、ベンチに座っている人よ」
ノエルが指さした先には、レオナルドが数人の男子学生と楽しげに話をしている姿があった。
その中にはシオンさんの姿もある。
シオンさん……
思わず、心のなかで彼の名前を呟く。
「やっぱりレティシアのお兄さんは格好いいわね……でも、隣に座っている男性も素敵かも」
「え? ええ。そうね」
私は曖昧に返事をした。隣に座る男性とは……シオンさんのことだ。
「行きましょう、ノエル」
足を止めているノエルを促すと、再び歩き始めた。
「レティシア、お兄さんに声をかけなくてもいいの?」
私の後を追うようにノエルが尋ねてくる。
「ええ、いいのよ。お話の邪魔をするわけにはいかないもの」
「そうよね。2人は兄妹なのだから、話をしようと思えばいつでも出来るものね」
「……ええ。そうよ」
ノエルは私とレオナルドが兄妹だと信じている。とてもではないが、彼女に悩みを相談するわけにはいかなかった。
祖父母からレオナルドとの婚約を勧められているという悩みを。
「そう言えば、レティ。明日は大学が始まってから初めての週末ね。当然実家に戻るのでしょう?」
「……戻ったほうがいいかしら……」
思わず、ポツリと言葉が口から漏れてしまう。
「え? 戻らないの? 何故?」
「い、色々と忙しいからよ。ほら。私、週末はアルバイトをしているから」
「アルバイト……? あ、そう言えば確かレティシアは手芸店でアルバイトを始めたのよね?」
「ええ、そうなの」
3日前、ヘレンさんにお願いされていた刺繍入のポーチを持ってお店に行くと『アルバイト募集』の張り紙が店内に貼られていた。
聞くところによると最近客足が増え、1人でお店を切り盛りするのが大変になってきた。そこで週末だけでもアルバイトを雇うことにしたらしい。
丁度アルバイトを探していた私。申し出るとヘレンさんは大喜びし、その場で採用が決定したのだった。
勿論、アルバイトが決まったことは祖父母には電話で知らせている。始めは私がアルバイトをすることに驚いていたけれども……最終的には快諾してくれた。
「アルバイト先のお店は、家からのほうが近いのよ。だから……戻るのはやめようかと考えているの……」
「何だ、そういう理由だったのね? それなら分かったわ。誰だって働く場所は家から近いほうが良いものね」
笑顔で頷くノエル。
「ええ、そうなの」
だけど……これはグレンジャー家に戻りたくない言い訳だということは自分で良く分かっている。
私はアルバイトを口実に、祖父母を……そしてレオナルドを意図的に避けているだけなのだから。
誰かに、今の自分の悩みを相談できればいいのに……。
私は隣を歩くノエルの顔をじっと見る。
「どうしたの? レティシア。私の顔に何かついている?」
「ううん、何でもないの。そろそろ次の講義が始まるから急ぎましょう」
「そうね。入学早々授業に遅刻するわけにはいかないものね」
少しだけ急ぎ足で私とノエルは教室へ向かった。
ヴィオラになら自分の悩みを相談できるのに……と思いながら――
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