26 セブラン 3

「ありがとう、フィオナ。そう言ってもらえるなんて光栄だよ」


内心、フィオナの言葉にショックを受けながらも僕は笑顔で返事をした。


そうか……僕だけがフィオナに好意を寄せていただけなんだ………


落ち込みそうになったところで、フィオナが意外な言葉をかけてきた。


「セブラン様。レティとは婚約するでしょうけれど、これからもどうぞ私と仲良くしてくださいね? 今までと変わらずに」


そして僕の手にそっと触れてくる。


「え……?」


その言葉に思わず戸惑う。

ひょっとすると今までフィオナは僕を異性としてではなく、親友として見ていたのかもしれない。


だったら、その言葉通り今までと同じ関係でいてもいいってことだよね?


「うん。そうだね、これからもよろしく。フィオナ」


僕は笑顔でフィオナに返事をした――




****



 あれからまた少しの時が流れ、レティの誕生日を迎える日がやってきた。

僕は事前に彼女の瞳と同じ色のバラを用意し、スーツ姿でカルディナ家を訪れた。


エントランスに出迎えたフットマンから、レティに会いに来たことを告げるとガゼボに案内された。


「すぐにレティシア様をお呼びしますので、お待ち下さい」


「うん、ありがとう」


用意された紅茶を飲みながら、ガゼボから見える青い空を見上げる。


「綺麗な空だな……まるでフィオナの瞳の色のようだ」


これからレティに婚約の申し入れをするのに、僕はフィオナのことばかり考えていた。


やっぱり、僕はレティには恋愛感情を持てないのだと改めて感じた。レティのことは好きだけど、それは異性としての「好き」じゃない。だからといって、愛情が無いわけでもない。

何しろ小さい頃からずっと一緒だったのだから、彼女は家族のようなものだ。兄妹的な関係から、いずれ夫婦になるだけの話なのだから。

恋愛感情は無くても、レティのことは大切に出来る自信はある。


そんなことを考えていると、前方から長い髪の毛を風になびかせたレティがこちらに向かって歩いてくる姿が見えた。


「レティ」


笑顔で立ち上がると、彼女も僕に笑顔を向ける。


「ごめんなさい、待たせてしまったわね」


レティは僕に謝ってきた。その姿はとても申し訳無さそうに見える。


「たいして待っていないよ。そんなこと、気にしなくていいからね?」


レティの頭をそっと撫でてあげた。


「ありがとう、セブラン」


お礼を述べるレティ。だけど、何だか昨日よりも明らかに元気が無い。何故だろう?

理由はわからないけれど、レティを元気づけてあげないと。

そこで僕は片膝をつくと用意していたバラの花束をレティに差し出し、考えていた言葉を伝える。


「愛しのレティ、どうか僕と婚約してください」


てっきり、喜んでくれるかと思っていたのに何故かレティは一瞬、泣きそうな顔を僕に向ける。


え……? 一体、どうしたというのだろう? 


けれど、次の瞬間――


「ありがとう、セブラン。貴方からの求婚のお願い……謹んでお受けいたします」


レティは僕からバラの花束を受け取ると、うなずいた。


「あぁ、良かった……レティ。君に断られたらどうしようかと思っていたよ」


先程見せた悲しげな顔が気になっただけに受け取ってもらえてホッとする。


「まさか、断るはずないでしょう?」


「もう、君のお父さんには婚約の話は済ませてあるんだ。それで二人の婚約式はいつにしようか?」


両親とカルディナ伯爵からレティと婚約するように言われているので、義務を果たさなければ。


「ええ、そうね。いつにしましょうか……」


レティがうなずきかけたその時。


「レティ、セブラン様。二人とも、ここにいたの?」


フィオナが現れた! 

もう、この瞬間から僕はフィオナに釘付けになってしまった。

気づけば、僕はフィオナにバラの花束をプレゼントする約束をしていた……



「あれ? えっと……レティは?」


フィオナと一緒に会話をしていたとき、ふと我に返る。


「え? いやだわ、セブラン様。レティならさっき、バラの花が枯れるといけないから花瓶に生けてくるといっていたでしょう?」


「え? そ、そうだったっけ?」


「ええ、そうですよ?」


首を傾げるフィオナ。


「そ、そうだったんだ……フィオナとの会話に夢中になっていてレティを気遣え無かったよ。彼女に悪いことをしてしまったな……」


しまった、やってしまった。今日はレティに婚約を申し入れに来たというのに。


「フフフ……セブラン様ったら。でも、そんなにレティのことを気にかけるなんて。やっぱりセブラン様はとても、優しい方ですね」


そしてフィオナは僕に笑顔を向ける。


「そ、そうかな?」


そんな彼女にドキドキしながら返事をする。


ああ……やっぱり僕はフィオナに恋しているんだ。


改めて、そう感じずにはいられなかった――

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