43 フェスティバル 後編
「わ、私……イザークには感謝しているわ。誰も成り手のいない美化委員になってくれたし、足を怪我したときもお世話になったわ。父に素敵な誕生プレゼントを渡せたのもあなたのお陰だと思ってる」
私は沈黙が怖くて、必死になって言葉を紡ぐ。
「それに、自転車に乗れるようになったのもイザークのお陰よ。だからこの島に来てからはとても重宝しているもの。本当に……お礼の言葉も無い……わ……」
「レティシア……」
イザークが私の名を呼ぶ。
「だ、だけど……私。あなたの気持ちには応えられない……だって、イザークは私にとって、ただのクラスメイトでしか……無いの……本当にごめんなさい」
申し訳なくて、イザークの顔を見ることができずに俯く。
残酷なことを言っているのは自分でも分かっていた。けれど、ヴィオラのことを抜きにしても……イザークのことを特別な感情で見ることがどうしても私には出来なかった。
「……分かっていたよ」
イザークがぽつりと言う。
「え?」
その言葉に驚き、顔を上げてドキリとした。イザークは今まで見たことも無い程に悲し気な表情を浮かべていたからだ。
「告白する前から、断られるのは分かっていた。レティシアが俺のことなんか眼中に無いってことくらい……気付いていたさ」
私は黙ってイザークの言葉を聞いていた。何を言えば良いか思い浮かばなかったからだ。
「それでも、はっきり答えを聞きたかったんだ。困らせてしまってごめん。それに、レティシアの大切なヴィオラまで傷つけてしまった」
「そ、そんな…‥…」
謝られると、余計に罪悪感が込み上げてくる。
「レティシアは、ひょっとしてレオナルドのことが好きなのか?」
「え!? レオナルド様を? とても頼りになる方だとは思っているけれども、それが好意につながるかどうかは……それに今の私は……目先のことだけで精いっぱいで、誰かと恋愛なんて……」
私はこれから『リーフ』に戻り、イメルダ夫人とフィオナ……それにセブランと対峙しなければならない。今、恋にかまけているような余裕は無かった。
「そうだったよな。レティシアはこれから大変なときに、誰かを好きになるような余裕なんか無いよな。第一、セブランがすんなり婚約破棄を受け入れるとも思えないし」
「それは無いわ。セブランは私の婚約破棄をすぐに受け入れるはずよ」
セブランが好きな女性はフィオナなのだから、それだけは絶対に無いだろう。むしろ喜ぶのではないだろうか?
「そうか? だったらいいけどな」
そのときになって、少しだけイザークの口元に笑みが浮かんだ。そして彼は言葉を続ける。
「レティシアに気持ちも告げられたことだし……俺も明日、ヴィオラと一緒に帰ることにするよ。俺なんかと一緒に『リーフ』に帰るのは嫌かもしれないけれど、ヴィオラは船酔いしやすいし、女性のひとり旅はやはり心配だからな」
そうだった。イザークは不愛想なところはあるけれども親切で、優しい人だった。今なら分かる。だからヴィオラはイザークを好きになったのだろうと。
そのとき――
「遅くなってすまなかった!」
レオナルドとヴィオラが人混みを掻き分けて、こちらへ向かってやってきた。
「ごめんなさい。お土産を色々見ていたら思った以上に時間がかかってしまって」
ヴィオラは謝って来ると、一瞬イザークに視線を向ける。
「ふたりは花火を見ることは出来たか?」
レオナルドが尋ねてきた。
「え? はい、そうですね。見れました。とても綺麗で感動しました」
言われて初めて、花火の打ち上げが終了していたことに気が付いた。
「私も花火を見たわ。とても綺麗だったわね」
ヴィオラはいつもの調子で話しかけてくる。
「それは良かったわ」
私もつとめて、平常心でヴィオラに返事をした。…‥‥私がイザークに告白されたことをヴィオラはきっと知っているはず。
けれど、この場で何と答えたのか教えることが出来ない。
「花火の打ち上げも終わった事だし、それでは帰ることにするか」
レオナルドが私たちを見渡したとき、それまでずっと無言だったイザークが口を開いた。
「すみませんが、レオナルドさんとレティシアのふたりで先に帰って貰えますか? 俺はヴィオラに用があるので」
「え……? わ、私に……?」
ヴィオラの顔に焦りの表情が浮かぶ。もしかすると、イザークが自らの口で私たちが交わした話をヴィオラにするつもりなのだろう。
一緒に『リーフ』へ帰ることも……そこで私はレオナルドに声を掛けた。
「分かったわ、それではレオナルド様。私たちだけで帰りませんか?」
「そうだな、俺たちは先に帰っていよう。それじゃ、行こうか。レティシア」
「はい」
そして私とレオナルドはヴィオラとイザークをその場に残して、辻馬車乗り場へと向かった。
****
ガラガラと走る馬車の中、私はヴィオラとイザークのことを考えていた。
よくよく考えて見れば、あのふたりを残して先に帰ってしまって良かったのだろか……? あんなことがあったふたりなのに……
「どうかしたのか? レティシア」
私が考え込んでいたからか、レオナルドが声をかけてきた。
「いえ、今更ですが私たちだけで先に帰ってしまって良かったのかと思って……」
「大丈夫だろう? いずれにしろ、あのふたりは向き合う必要があるだろうし」
まるで全てを知っているかのようなレオナルドの言葉に私は頷くしかなかった。
「そう……ですよね」
レオナルドの言う通りかもしれない。
ヴィオラとイザークは恋人同士にはなれなかった。けれど良い友人同士にはなれるかもしれない。
私はそう、信じたかった。
その後、私とレオナルドが帰宅してから一時間後、イザークとヴィオラは屋敷に戻ってきた。
ふたりはどこかスッキリした様子で、明日一緒に『リーフ』へ戻ることになったと、私たちに伝えてきたのだった。
****
そして翌日――
私とレオナルドの見送りで、ヴィオラとイザークは蒸気船に乗って『リーフ』へ戻って行った。
「私、イザークと良い友達になれそうだわ」と言う言葉を私に残して――
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