36 進学の勧めと決断
夕食の後――
祖父母から話があるということで、私はそのままダイニングルームに残ることになった。
「おじい様、おばあ様。お話というのは何でしょうか?」
すると、コーヒーを飲んでいた祖父はゴホンと咳ばらいをし……祖母と視線を合わせると私の方を向いた。
「レティシア、改めて尋ねる。来週『リーフ』に一度戻るが、必ずここに帰って来るのだろう?」
「どうなのかしら? レティシア」
祖母も私に問いかけてくる。
「はい、戻ってくるつもりです」
私は頷いた。
元々船に乗った時から二度と『リーフ』には戻らない覚悟を決めていたのだ。
それにあの場所は私の生まれ故郷ではあったけれども良い記憶は一切無かった。
むしろまだ滞在期間は僅かしかないけれども、『アネモネ』島の方が余程私に合っているように感じる。
親切な島の人々、そして私を大切に思ってくれている祖父母……もはや私にとってはかけがえのない存在になっていた。
「そうなのか? ではレティシアはずっとこの島で暮らしていくつもりなのだな?」
祖父が身を乗り出してきた。
「そうですね……許されるのであれば、ずっとここで暮らしていきたいです」
一瞬父の顔が脳裏に浮かぶも、私は大きく頷いた。
「その話を聞いて安心したわ。それならレティシア。この島にある大学に通ってみない?」
「え? 大学……ですか? この島に大学があったのですか?」
思いがけない話に目を見開いた。
「我々の時代はこの島には大学が無かったので、誰もが本土に渡って寮生活をしていた。だが今から五年前に、ついにこの島にも大学ができたのだよ」
「レティシアは本当は大学へ進学するつもりだったのでしょう? でもカルディナ家にいられなくなって進学を諦めてここへ来たのよね? だったらこの島の大学に通えばいいのよ。レオナルドだってこの島の大学に通っているのよ」
「え? レオナルド様もですか?」
祖母の話に驚いた。
「ああ、そうだ。それにまだ大学入学の受付は終わっていない。もし、少しでも興味があるなら大学見学をしてくればいい。何、進学費用のことなら一切気にすることは無いからな?」
「大学に進学……」
ポツリと口の中で呟く。
本音を言えば、私は大学へ進んで勉強をしたいと思っていた。けれど、この島に来ることを決意したときに進学を諦めた…‥つもりだった。
「あの……それではせめて見学だけでもいいでしょうか?」
躊躇いがちに祖父母に尋ねた。
「勿論だとも。早速、レオナルドに話を通しておこう」
満足そうに頷く祖父。
「はい、ありがとうございます」
私は笑みを浮かべて返事をした。
****
翌朝――
朝食の前に私はヴィオラの部屋を訪ねていた。昨夜の昨夜の祖父母との話をするためであった。
「え……? それじゃレティは『アネモネ』島にある大学へ進学するの?」
私の話を聞いたヴィオラが目を見開く。
「それはまだ分からないけれど……もし、可能であれば進学したいとは思っているの」
「それって……やっぱりもう『リーフ』で暮らすつもりは無いっていうこと?」
ヴィオラの顔に悲しみの表情が浮かぶ。
「ええ、そうなるわ。カルディナ家には良い思い出は無いし、あの大学に行けばセブランとも顔を合わせてしまうでしょう? 彼とは婚約破棄するけれど……顔を合わせにくいもの」
「確かにセブランも同じ大学だから、顔合わせてしまう可能性はあるけど…‥」
「それだけじゃないわ。進学する人たちの中には私とセブランが婚約していることを知っている人もいるでしょう? 婚約破棄をした後……周囲から好奇の目に晒されたくは無いし。でもここなら私の事情を知る人は誰もいないでしょう?」
この島に来ることを決意したときに大学進学は諦めたつもりだったのに、祖父母の言葉で私の気持ちは大きく揺れている。
「言われてみればそうよね。セブランと婚約破棄すれば、確かに世間から注目されてしまうかもしれない……ごめんなさい、レティ」
不意にヴィオラが謝ってきた。
「え? 何故謝るの?」
「だって、レティの事情をよく考えずに島まで押しかけて『リーフ』に戻って来て貰いたいと思っていたから。自分勝手だったわ、本当にごめんなさい」
「いいのよ。だって私のことを心配して『アネモネ』島まで捜しに来てくれたのでしょう?」
「ええ……」
「ありがとう。その気持ち、とても嬉しいわ。それにむしろ謝るべきは私の方よ。黙って卒業式の日にいなくなってしまったのだから」
「レティ……」
「お父様に言われた通りに一週間後、『リーフ』に戻るわ。そしてセブランと婚約破棄した後は、この島に帰ってくる。そう決めたの」
「……分かったわ。レティ。もう貴女を連れ戻したいと思わないわ。この島でずっと暮らせばいいわよ。だって、今のレティの方がずっと幸せそうなんだもの」
「ありがとう、ヴィオラ」
「レティ、私……花火大会が終わった翌日に『リーフ』に戻ることにするわ」
それは突然の話だった。
「え? もう帰ってしまうの? まだ大学が始まるまでに二か月はあるのに?」
「ええ、いいのよ。元々本来ここへ来たのは突然いなくなってしまったレティを捜す為だったわけだし……レティの気持ちは分かったから」
「ヴィオラ……」
「家族にも詳しいことは殆ど言わずに出てきたから、きっと心配しているだろうしね。それにもう……私は……」
そこでヴィオラは言葉を切った。
「どうしたの? ヴィオラ」
「ううん、何でもない。さて、それより早くダイニング・ルームへ行きましょう。皆を待たせちゃうわ」
「え? ええ、そうね。行きましょう」
ヴィオラの言葉に少しの疑念を抱きながら、彼女と共にダイニング・ルームへ向かった。
そして、ヴィオラが何を言いかけたのか……その言葉の意味を、花火大会の日に知ることになる――
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