25 祖父と父 2

「何だと……それは一体どういう意味なのだ……?」


「はい。言葉通りです。あの女はカルディナ家で働いていた使用人の娘であり、幼い頃に自分のせいで弱みを握られてしまいました。それ以来ずっとつきまとわれてきたのです。そのせいで私と彼女は恋人同士だという噂が立ってしまいました……」


そして父はポツリポツリと自分の過去を話し始めた。

その話は私にとっては驚くべき話だった。まさか父がずっとイメルダ夫人から脅迫されていたなどとは思いもしていなかった。


それに、フィオナが私とは何の血の繋がりも無かったことも。


「私は最近になり、ようやくフィオナの父親である可能性の男の行方をつかみ、動かぬ証拠を手に入れました。手はずが全て整った後に、その事実をイメルダに突きつけようとしていた矢先に……レティシア。お前は私のもとからいなくなってしまった」


父が悲しげな顔を私に向ける。


「お父様……」


「あの親子を完全に排除した暁には、今までお前につらい思いばかりさせてしまった罪滅ぼしをしたいと思っていたのだが……」


すると今まで黙っていた祖父が再び声を荒らげた。


「ふざけおって! 全ての原因は貴様の不甲斐なさのせいだろう! 貴様の愚かさがあの女をつけあがらせ、ルクレチアを苦しめる原因になったのだ! 今更謝罪されても……もう、二度と……ルクレチアは帰ってこないのだぞ!」


その声は嗚咽混じりだった。


「あ、あなた……」


祖母の目にも涙が浮かんでいる。


「そうです……グレンジャー伯爵のおっしゃる通り……全ては私の責任です……だからこそ、今からでもレティシアに罪滅ぼしを……」


父は必死の眼差しを私に向けてくる。


「お父様……」


私には今の父の姿が信じられなかった。

カルディナ家にいたころの父はとても厳しく、そして冷たい人だった。

私はいつもあの広い屋敷で……一人ぼっちで孤独だった。


それが今の父はまるで私が去ることを恐れているように見える。


「何が罪滅ぼしだ! いい加減にしろ! それはお前の自己満足にしか過ぎん!」


「あなた! 気持ちは分かりますが……少し落ち着いて下さい! これでは冷静に話が出来ないではありませんか!」


怒りたける祖父を祖母が必死に止める。

確かにこれでは冷静に話をするのは難しいかもしれない。そこで私はお願いすることにした。


「おじい様。どうか、私のお願いを聞いて頂けますか?」


「お願いだと……?」


祖父が私を見つめる。


「はい、一生のお願いです」


「そんな……お前はたったひとりきりの可愛い孫だ。一生のお願いなどと言う必要はない。お前の願いなら何でも聞こう」


「ありがとうございます。それではお祖父様。どうか、私と父のふたりだけで……話をさせて頂けませんか?」


「何だって!? あの男とお前のふたりきりでか!?」


予想もしていなかった願いだったのか、祖父が目を見開く。

一方の父はどこかホッとした様子で私を見つめた。


「いや、だめだ! いくらレティシアの願いでもそれだけは……」


「あなた、いい加減にして下さい!」


すると祖母が珍しく厳しい口調で祖父を注意した。


「カ、カトレア……」


「いいですか? あなたはレティシアの願いなら何でも聞くと先程約束したのですから、きちんと守って下さい」


その言葉に祖父は私を見つめ……やがて諦めたかのようにうなずいた。


「わ、分かった……。それでは我々は隣の部屋で待つことにしよう……行こう、カトレア」


「ええ、あなた」


祖父と祖母は立ち上がった。


「おじい様……ありがとうございます」


「いいや……約束だからな……」


弱々しく祖父は笑みを浮かべると、次に父を睨みつけた。


「フン……心優しいレティシアに感謝するのだな」


「……はい、分かっております」


そんな父を冷たい視線で一瞥すると祖父は祖母と一緒に部屋を出ていった。



――パタン



応接間の扉が閉ざされ、ついに私は父とふたりきりになった――


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る