16 イザークとの話

「え?」

「あら、イザーク」


声を掛けてきた人物はイザークだった。


「中庭から声が聞こえてきたらか様子を見に来てみれば……こんな夜に外に出て女性だけで何をしていたんだ? 危ないじゃないか」


イザークが私達の近くへとやってきた。


「大丈夫よ、ここは治安も良い『アネモネ』島じゃない。第一ここはグレンジャー家のお庭なんだから。本当にイザークは心配症ね」


ヴィオラがイザークに返事をする。


「……全く、本当にヴィオラは気が強いな……」


イザークはため息をつくと、チラリと私を見た。その時、私にある考えが浮かんだ。


「そうだわ、イザーク。貴方もここに寝転がってみない? 星空がとても綺麗に見えるのよ?」


「え? もしかして二人共……この芝生の上で寝転がったのか?」


驚きの表情を浮かべるイザーク。


「ええ、そうよ。芝生が冷たくてとても気持ちよかったわ」


頷くヴィオラにイザークがボソリと言う。


「ヴィオラならまだ分かるが、まさかレティシアまで……」


「ちょっと、イザーク。聞こえているわよ」


ヴィオラがジロリとイザークを睨みつけ、何か思いついたようにポンと手を叩いた。


「あ、そうだ。私、まだ荷物整理が終わっていないのよ。だから先に部屋に戻っているわ。イザークはここでレティと星空でも見ていきなさいよ。それじゃあね」


「え? お、おい。ヴィオラ」


イザークの呼びかけに応じることもなく、ヴィオラは立ち上がるとスカートについていた草を手で払った。

そして通りすがりにイザークに何かをささやくと、私に笑顔で手を振って屋敷の中へ戻っていった。


「……」


呆然とした様子でヴィオラが去っていく姿を見つめているイザークに私は声を掛けた。


「どうかしたの? イザーク」


「い、いや。何でも無い」


慌てた様子で返事をするイザークに話しかけた。


「本当に、芝生に寝転がって見る星空は綺麗なのよ? 試してみたらどうかしら?」


「え? だ、だが……」


尚もためらうイザーク。もしかして無理強いされていると思われてしまっただろうか?


「そうね、無理にとは言わないわ。ただ……草の匂いも感じられてとても気持ちが良かったから、ヴィオラにも勧めてみたのよ」


「そうか。レティシアは……植物が好きだったからな。俺もやってみるよ」


「え?」


イザークはそう言うと、ゴロリと芝生の上に寝転がった。


「……本当だ。すごく星空が綺麗に見えるな……」


じっと星空を見つめるイザーク。今なら……言える気がする。


イザークから少し距離を空けて芝生の上に再度座ると謝った。


「ごめんなさい、イザーク。卒業式の日に黙っていなくなってしまって。本当はあのとき何か私に用事があったんじゃないの? あなたには色々良くしてもらっていたのに冷たい態度を取ってしまって本当に悪いことをしてしまったわ。それで……どんな話だったのか……今教えてもらえる?」


すると、一瞬イザークの息を呑む気配が感じられた。


「……いや、そのことはもういいんだ」


「え? いいって……」


「ああ、もう済んでしまったことだから。今更……」


「そうなの……?」


そんな言い方をされると気になってしまうが、何だかそれ以上聞いてはいけないような雰囲気だった。


「……そんなことより、レティシア。あの……レオナルドとかいう男とは……一体どうなってるんだ? セブランのことはどうするつもりなんだ?」


そしてじっと真剣な目で私を見つめてくる。だけど何故、レオナルドとセブランのことを一緒に尋ねてくるのだろう?


「セブランとはもう終わりよ。だって、彼が好きなのはフィオナなのだから。セブランに手紙を書くわ。私との婚約は解消して欲しいって。きっと彼もフィオナもそれを望んでいるはずだから」


それに、イメルダ婦人に……父も本音ではそう思っているのかもしれない。私が身を引けば全て丸く収まるだろう。


「そうか。セブランとの婚約は無かったことにするのか。だから……今度はあの男と……」


ポツリと呟くイザーク


「あの男って、誰のこと?」


「誰って……レオナルドのことに決まっているじゃないか。セブランと婚約を解消すれば、レオナルドと婚約出来るだろう?」


「え!? 何故そんなことになるの? 私とレオナルド様は単なる親戚どうしのだけよ?」


 もっともそこに、血の繋がりは無いけれども。


「そうなのか……? それじゃ別にレオナルドとの婚約の話が出ているわけじゃないのか?」


イザークが身体を起こした。


「ええ、当然じゃない。だいたい、レオナルド様の存在を知ったのも、この島に来てからなのよ?」


「そっか……そうなのか。何だ、俺はてっきり……」


頭をかいているイザーク。そこで今度は彼に質問してみたくなった。


「それよりもイザーク。あなたとヴィオラこそ、どうなっているの? いつから二人は交際していたの?」


「え……?」


私の言葉にイザークの顔つきが変わった――



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る