6 残された人々 フランク・カルディナ伯爵 1
後悔してももう、遅かった。
妻は亡くなり、娘は心を閉ざしてしまっていた。
もっと、娘に寄り添ってやれば良かった。こんなことになる前に――
****
五月――
今日は娘の卒業式だった。
いつものように家族四人での朝食の席でイメルダとフィオナは楽しそうに会話をしている。
「いよいよ、今日が卒業ね。あっというまだったわね」
「はい、お母様。今日の卒業記念パーティーがとても楽しみだわ」
「そうよね。今日のパーティーの為にドレスも新調したのだから楽しんできなさい」
イメルダはそう言って、ちらりと私を見た。
ああ……そう言えば、フィオナのために卒業記念パーティーのドレスを新調したいから、デザイナーを呼んでくれと先月言っていたな……。
私はひとり、静かに食事をしている娘のレティシアに視線を移す。
娘は何を考えているのか、相変わらず一言も口を利かずに食事を口に運んでいる。
レティシア……
ここ二年でレティシアは以前にもまして、無口になってしまった。原因は恐らくこの食卓の雰囲気のせいだろう。
レティシアのためを思えば、いっそのことひとりで食事を取らせたほうが良かったのかもしれない。
だが、そんなことをすれば余計にレティシアを傷付けてしまうのではないだろうかと思うと言い出すことができずにいた。
何より、イメルダが一家団欒の食事を強く希望していたからだ。私は……彼女に逆らうことが出来なかった。
そういえば、レティシアはドレスを買ったのだろうか?
「レ……」
名前を呼ぼうとしたとき。
「あなた、聞いているのですか?」
不意にイメルダが声をかけてきた。最近のイメルダとフィオナの行動は目に余るものがあった。セブランとレティは婚約したというのに、未だに彼にふたりは接近している。
だから、あえて私は口にした。
「ああ、聞いている。セブランの相手は当然レティシアなのだろう? 二人は婚約者同士なのだから」
「え?」
するとレティシアが驚いたように私を見た。……ようやく、娘が私の目を見てくれた。
「どうなんだ? レティシア」
娘の心が知りたい……ルクレチアと同じ、紫色の美しい瞳をじっと見つめる。
「え、ええ……そうでしょうね」
寂しげに微笑むレティシア。その仕草はまるで大人の女性のようだ。
いつの間に、そのように笑うようになってしまったのだろう。
いや、そうせざるを得ない環境を作ってしまったのは全て不甲斐ない私のせいだ。
イメルダとフィオナは何かその後も話しかけてきたが、私はレティシアのことが気がかりで適当に相槌だけを打っていた。
何故だろう? 今朝はいつにもましてレティシアから目が離せずにいた。
すると、不意にレティシアが立ち上がった。
「それでは失礼します」
「レティシア」
声を掛けずにはいられなかった。何か……何か、ひとこと言わなければ。
「はい?」
怪訝そうな目で私を見るレティシア。
「あの……?」
「卒業……おめでとう」
イメルダとフィオナの手前、それだけ言うのが精一杯だった。
「は、はい。ありがとうございます」
レティシアは少しだけ笑みを浮かべると、背を向けて去っていった。
その背中を見ながら心の中で語りかける。
レティシア……いよいよ準備は整った。
だから、もう少しだけ……我慢してくれ――と。
****
十二時半――
私は秘書のジェフリーと書斎で仕事をしていた。その時、ふと誰かに呼ばれた気がした。
「ジェフリー」
「はい、何でしょうか? フランク様」
「いや……今、誰かの声が聞こえなかったか?」
「声ですか……? さぁ、私には何も聞こえませんでしたが?」
不思議そうに首を傾げるジェフリー。
「そうか。なら気の所為だろう」
私はふたたびペンを持つと、仕事を再開した。
****
ボーン
ボーン
ボーン
部屋に十九時を告げる時計の音が響き渡った。
「……もうこんな時間か……」
普段ならこの時間はみんなでダイニングルームに集まり、夕食の時間が始まっていた。
だが、今夜はレティシアもフィオナもいない。だとしたら、夕食はこの部屋で取ろう。イメルダとふたりで食事などする気もおきない。
第一、彼女も私の気持ちが分かっているのか誘いにも来ないのだから。
すると、不意にレティシアのことが脳裏に浮かんだ。
「レティシア……卒業パーティー楽しんでいるだろうか……」
ポツリと呟いたその時――
リーン
リーン
リーン!
突然書斎に置かれた電話が鳴り響いた。
「はい、カルディナです」
『お忙しいところ、申し訳ございません。私は『リーフ学園』の理事長をつとめておりますマクレガンと申します。失礼ですが、フランク・カルディナ伯爵をお願いしたいのですが』
受話器からは慌てた様子の声が聞こえてきた。
「はい。私がフランク・カルディナです」
『ああ、良かった。レティシアさんについて問い合わせしたいことがあってご連絡させていただきました。実は……』
次の瞬間、私は信じられない言葉を聞かされたのだった――
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