2 赤い自転車に乗って
翌朝7時――
ホテルの部屋で目覚めると、ブラウスに濃紺のジャンパースカートに着替えて窓を開けた。
途端に潮風が部屋の中に流れ込んでくる。今朝も雲ひとつ無い青空で、真っ白な建物と青い屋根の見事な景色にため息をつく。
「本当に素敵な島ね。ずっとここに住んでいたいわ……」
その為にも、いつまでもホテル暮らしは続けられない。
「う〜ん。とりあえずは食事に行ってから考えましょう」
そして私は部屋を出ると、戸締まりをしてホテルのレストランへ向かった。
****
「ここのお料理、すごく美味しいわ」
食事を口に運び、思わず感嘆のため息がもれてしまう。ここの料理は決して豪華な食事では無い。むしろ、カルディナ家で出された料理のほうが豪華だと言える。
それなのに……
「多分食事をしていた環境のせいかもしれないわね。あの屋敷での食事は私にとっては苦痛の時間だったから」
私をそっちのけで楽しげに会話をしながら食事をする父と夫人、そしてフィオナ。
それでもここ最近、父は私に言いたげな視線を送るも、話しかけてくることは無かった。
私は本当にあの屋敷では孤立していたのだ。
だけど、きっとこれから先は良いことばかり起きるはず。何しろ一大決心をして、ついに私は行動に移したのだから。
黙っていなくなってしまった罪悪感を無理に押し込めると、私は食事をすすめた――
****
食事を終えて部屋に戻った私は十年程前に一度だけ祖母から届いた手紙に目を通していた。
この手紙は私の十歳の誕生日に届いた手紙であり、母がこの屋敷に嫁いできたときに一緒についてきた乳母から託されたものだった。
八年という歳月で封筒も手紙もすっかり黄ばんでしまっている。
『レティシア、十歳のお誕生日おめでとう。あなたの幸せを心よりお祈りしています。あなたの祖母より』
手紙にはそれだけが書かれていた。
「おばあ様……」
私はまだ一度も祖父母に会ったことはない。何故ならふたりは一度もカルディナ家に来たことが無いからだ。
理由は父が原因だった。
結婚前からイメルダ夫人という恋人がいて、母と結婚しても関係は続いた。
挙げ句に母と同時期の妊娠、そのことで心を病んでしまった母……
祖父母にしてみれば、父の不誠実な態度はとうてい許されたものではないだろう。
だから自分たちの娘である母が亡くなっても、葬儀に参加すらしなかったのだから。
「おふたりは、私のこともよく思っていないかしら……」
会ってもらえなかったらどうしよう? そんな不安が込み上げてくる。憎い父の血を引く私を祖父母はよく思っていないかもしれない。
「悩んでいても仕方がないわね。元々私がここに来たのは、この国で一番美しいといわれている『アネモネ』島で暮らしてみたいと思っただけなのだから」
時計を見ると、時刻は九時半を過ぎている。
「さて、そろそろ出かけようかしら」
ショルダーバッグに祖母からの手紙をしまうと、帽子を被って私はホテルを後にした。
****
私は港へやってきていた。ここへ来た理由は一つしか無い。
「ついに……私の夢が叶う日がやってきたのね」
コンテナの前に立つと、私は鍵を回し開けると赤い自転車を引っ張り出してきた。
帽子を目深に被り、風で飛ばないように顎の部分でリボンを結ぶ。
「さて、行きましょう」
そして私はペダルに足を乗せると自転車で『アネモネ』の美しい町をさっそうと漕ぎ出した。
****
どこまでも白い建物に囲まれた町を自転車で進んでいると、物珍しさからか、町を行く人々が気さくに声を掛けてくれた。
「こんにちは! お嬢さん!」
「素敵な乗り物だね」
「何処まで行くんだい?」
「観光で遊びに来たのかな?」
その度に自転車を止めては島の人たちと会話を交わしながら、祖父母の家を目指した。
そしてついに手紙に書かれた番地に到着した。
「……メイソン通り三番街……グレンジャー家……ここね」
門に記された番地を確認すると、顔を上げた。
そこには白い門に囲まれた、青い屋根が美しい白亜の屋敷がそびえ建っている。
「ここに……お祖父様とお祖母様が住んでいるのね……」
私は意を決すると、目の前の門扉に手をかけた――
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