18 底しれぬ不安
「ああ、びっくりした。一体どうしたのよ? イザーク」
ヴィオラがイザークに声を掛けた。
「あ……悪い。手が滑って荷物が落ちたんだ。驚かせて悪かったな」
イザークはカバンを拾い上げると、自分の席へと向かった。その時、何故かこちらをちらりと見たのが気になり、声をかけることにした。
「イザークはもう食事を済ませてきたの?」
「そうだ」
「ふ〜ん。随分早く戻ってきたのね」
ヴィオラが頬杖を着いて、イザークに尋ねる。
「今日は学食が空いていたからな。ところで……レティシア」
不意に彼は私に視線を向けた。
「何?」
「……」
けれど、イザークは中々話をしない。
「どうかしたの?」
再度尋ねると、ようやく彼は重々しそうに口を開いた。
「いや……まさか車椅子で登校して来るとは思わなかった。足はまだ痛むのか?」
「いいえ。まだ腫れてはいるけど、痛みはあまりないわ」
「……そうか。なら良かった」
すると何処かからかうように、ヴィオラがイザークに尋ねた。
「フフフ……イザーク。随分レティシアの足の怪我のこと、気にかけてるのね?」
「そんなの当然だろう? 何しろ同じ美化委員だからな。来週種まき作業があるから気になっただけだ」
「言われてみればそうだったわね。来週なら多分もう大丈夫、美化委員の活動なら出来るはずよ。イザークに迷惑は掛けないようにするわ」
「いや、別に迷惑とかそんなことは言ってない。ただ、もし仮にレティシアの怪我の具合が良くないなら、俺がひとりで種まき作業をやるつもりだからな。ただ、そのことで君が重荷に感じることは無い」
それだけ言うと、イザークは再び教室を出ていってしまった。
「……イザーク……また教室を出ていってしまったわね」
「え、ええ。そうね……」
ヴィオラの言葉に頷く。
「またいなくなるなら、何しに教室へ戻ってきたのかしら?」
「さぁ……カバンを置きに来ただけなのかも……?」
ヴィオラと二人で首をひねる。
……やっぱり、イザークは何を考えているのか分からなかった――
****
やがて放課後になり、私は迎えに来てくれたセブランとフィオナの三人で馬車に乗り込んだ。
馬車が走り始めるとすぐにフィオナが私に話しかけてきた。
「ねぇ、レティ。セブラン様から話を聞いたのだけど……十八歳になったらセブラン様と婚約するんですって?」
「え!?」
その言葉に私は血の気が引くのを感じた。まさか、セブランが……!
「セ、セブラン……」
するとセブランが困惑の表情を浮かべた。
「あれ………? もしかしてフィオナに言わないほうが良かったのかな……?」
言わないほうが良かった? そんなこと、当然なのに……!
「レティ……こんな重要な話、私に教えてくれないつもりだったの? 何故? 私達家族じゃないの……」
悲しむような、どこか責めるような口調でフィオナが私を見つめる。そんなフィオナをじっと見つめるセブラン。
駄目……このままでは、私は悪者にされてしまう……!
「べ、別に教えないつもりは無かったの。ただ、まだお父様にも報告していないお話だったから……お父様に報告をした後に、フィオナに告げようと思っていたのよ?」
苦しい言い訳に聞こえるかもしれないけれど、これが精一杯だった。
「な〜んだ。そうだったのね? でもそんなこと気にしなくてもいいのに。誰に報告するか順番なんて大した問題じゃないわ。そうよね? セブラン様」
「う、うん。そうだね」
同意を求められて頷くセブラン。
「……」
もうこれ以上、私は言葉が浮かんでこなかった。
「でも、二年後……レティとセブラン様は婚約するのね……今からお祝いの言葉を伝えておくわね。おめでとう、レティ。セブラン様」
フィオナは笑顔を向けてきた。
「うん、ありがとう」
「あ、ありがとう……フィオナ」
笑顔のフィオナに底しれぬ不安を抱きながら……私は無理に笑顔で答えた――
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