16 安堵する心

――翌朝


私は重苦しい気分で目が覚めた。


「今朝も三人で登校するのよね……」


セブランに会えるのは嬉しかったけれども、昨夜イメルダ夫人からは叱責され、フィオナには責められたことから顔を合わせにくかった。


「せめてもの救いはあの人達と食事を共にしないことね」


ため息をつくと、私は朝の支度を始めた――




****



「そろそろセブランが来る頃ね」


昨日は部屋まで迎えに来てくれたけれども、今日は車椅子なので来ることはないだろう。


「さて、行こうかしら」


私は車椅子を動かして、自室を後にした。



エントランスへ向かっていると何人かの使用人にすれ違った。彼らは車椅子を押す手助けを申し入れてきたが、私はそれを断った。

校内で困らないように、なるべく人の手を借りずに行動出来るように訓練しておきたかったからだ。



エントランスが近づいてくると、賑やかな会話の声が聞こえてきた。

まさか、もうセブランもフィオナも待っているのだろうか?


廊下の角を曲がったところで、楽しげに会話をしているセブランとフィオナ。そしてイメルダ夫人の姿があった。


イメルダ夫人……まさか見送りに出ているとは思わなかった。緊張を解くため、一度深呼吸すると私は皆の元へ向かった。


「おはよう、遅れてごめんなさい」


何気ないふりをして声をかける。


「あ、おはよう! レティ」


セブランが笑みを浮かべて私を見る。


「おはよう、レティ」


フィオナも挨拶をしてくる。その姿はいつもと変わりないように見える。けれどイメルダ夫人だけは……


「おはよう、レティシア。遅かったわね? 慣れない車椅子なら、もう少し早めに出てこないと」


「はい、すみません……」


「いえ、夫人。僕が今朝早めに出てきただけですから。それじゃ行こう、レティ」


セブランが笑みを浮かべて私を見る。


「セブラン……」


まさかセブランが夫人から庇うようなことを言ってくれるなんて……


「それでは、お母様行ってきます」

「行ってきます」


フィオナに続き、私も夫人に挨拶すると私達はセブランの馬車へ向かった。



御者の人が車椅子を畳んで乗せてくれると、セブランが私を抱きかかえて馬車に乗せてくれた。


「ありがとう、セブラン」

「お礼なんかいいよ。それより足の具合は大丈夫?」

「ええ。大丈夫よ」


「それよりも早く学校へ行きましょう」


そこへフィオナが声を掛けてきた。


「うん、そうだね。それじゃ行こうか」


セブランが扉を閉めると、すぐに馬車は音を立てて走り出した。


馬車の中では相変わらず、セブランとフィオナの二人で会話が盛り上がっていた。


けれどセブランと私は婚約の口約束を昨夜交わしている。だから私は二人が仲良さそうに話をしていても、今までのように然程心を痛めることはなかった。


でも私の余裕そうな態度がフィオナに気づかれてしまったのだろう。突然フィオナが声を掛けてきた。


「ねぇ、レティ。今朝は何だか楽しそうに見えるけど、何かあったのかしら?」


「え? そ、そうかしら? そんなこと無いと思うけど」


ドキドキしながら返事をする。


「う〜ん。絶対に何かあるわ……そうだ、セブラン様。何かレティのことで心当たりありますか?」


あろうことかフィオナはセブランから聞き出そうとした。


いずれ私とセブランの婚約の話は二人にも知らせなければならないことだけれども、まだ口約束の段階では知られたくない。


お願い、セブラン。フィオナにまだ婚約の話はしないで――!

私は祈るような気持ちでセブランを見つめた。


するとセブランはニッコリと微笑んだ。


「さぁ? 僕には何も心当たりが無いけどな。いつもと変わらないよね。レティ」


「そうなのですか? でもセブラン様がそう仰るなら、別にいいですけど……あ、そう言えばセブラン様。この間……」


フィオナはすぐに私に興味を無くしたのか、別の話に切り替わった。


良かった、セブランが私の気持ちに気づいて……


窓の外を眺めながら、心の中で安堵のため息をついた――





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