15 将来へ向けての口約束
「……確かに、二人はまだ婚約すら交わしていないし……ましてや成人年齢に達するまで後二年もあるしな……今の段階で我が家で暮らすのは難しいかもしれないな」
おじ様は考え込んでしまった。
「だったら、セブランとレティシアが共に十八歳になったらすぐに婚約してしまえばいいのよ。そしてそのまま一緒に暮せばいいわ。そう思わない? セブラン」
「お、おば様!」
そんな……!
セブランが私に好意を抱いているかどうかも分からないのに直に二年後の婚約の話を持ち出してくるなんて。大体今のセブランは私ではなく、フィオナに惹かれているのに……?
怖い、セブランの顔を怖くて見れなかった。
もし、彼の顔に少しでも嫌悪の色が浮かんでいたら私はどうすればいいのだろう。
すると――
「はい、分かりました」
隣に立つセブランが返事をした。
「え……?」
その言葉に驚いて思わずセブランを見上げると、彼は笑みを浮かべて私を見おろしている。
「そうだね。僕とレティが共に十八歳になったら……僕から婚約を申し入れるよ。どんな言葉がいいかな。今から二年後に向けて考えておかないとね」
「セ、セブラン……ほ、本当に……?」
「勿論、本当だよ」
その言葉に思わず顔が真っ赤になる。私はまだ一度もセブランから好意を寄せられるような言葉すら掛けて貰ったことが無いのに、いきなり今から二年後の婚約に向けての言葉を考えておくねと約束してもらえるなんて。
幸せ過ぎて夢のようだ。
「うん。二人の間で口約束も交わすことが出来たし……この分なら安心だな」
「ええ、そうね。一時はとても心配したけれど、あなた達の様子を見て安心したわ」
おじ様もおば様も笑顔で私たちの様子を見つめている。
「ありがとうございます……」
私はおじ様とおば様に感謝の言葉を述べた。……とても幸せだった。
十六年間生きてきて、今日が私の人生で一番素晴らしい日だった。
何と言っても子供の頃から大好きだったセブランから二年後に交わす婚約の約束を貰うことが出来たのだから。
一時はフィオナが現れたことで、セブランを奪われてしまうのではないかと不安だったけれども……もう大丈夫。
きっと、これからはセブランも私の方を向いてくれるに違いない。
この時の私は、そう信じて疑わなかった――
****
やがてセブランとおじ様達が帰る時間になった。
私はお見送りのためにイメルダ夫人とフィオナを呼んで来ようと思った。
けれども、おじ様にわざわざ呼んでくることは無いと言われたので私は声を掛けるのをやめて一人でお見送りをしたのだった。
「フフフ……」
婚約の口約束をセブランから貰えたことで、私は嬉しくて笑みを浮かべながら車椅子で自分の部屋に向かっていた。
そしてリビングの前を通り過ぎようとした時――
「レティシア、ちょっといらっしゃい」
突然部屋の中から声を掛けられた。あの声は……イメルダ夫人だ。
「は、はい……」
恐る恐るリビングに入ると、険しい目でこちらをみるイメルダ夫人に、落ち込んだ様子のフィオナがソファに座っていた。
「あ、あの……何か御用でしょうか……?」
恐る恐る声を掛けると、夫人が強い口調で尋ねてきた。
「何か御用でしょうか? ではないわ。お客様はお帰りになったの?」
「はい、そうです……」
「なら、どうして私達に声を掛けなかったの?」
「え? それは……セブランのお父様が、わざわざ呼ばなくても良いと仰られたので……」
それに私が夫人とフィオナのことを持ち出した時、おじ様とおば様は嫌悪感を顕わにしたのも声を掛けなかった理由の一つだった。けれど、そんなこと口が裂けても言えない。
すると私の言葉にますます夫人の目は吊り上がる。
「あの人は不在だから、今屋敷の主人はこの私なのよ?お客様のお帰りを見送るのは主人である私の役目なのに……よくも蔑ろにしてくれたじゃない。それだけじゃないわ。フィオナだってお見送りをしたかったのよ?」
「酷いわ。レティ。私、皆さんにご挨拶したかったのに……呼んでくれなかったなんて……」
フィオナは悲し気な目で私を見る。
「ご、ごめんなさい! フィオナ! 私……本当に悪気は無かったのよ」
このままでは二人が父に訴えて、叱責されてしまうかもしれない。それどころか、礼儀知らずな娘だと言われて…‥セブランとの婚約の口約束も取り消されてしまうかも……!
「もう…‥いいわ。今夜のことはあの人にも相談させて頂きます。…‥さっさと部屋に戻りなさい」
フイと夫人は私から視線を逸らせる。
「本当に……大変申し訳ございませんでした……」
私は謝罪の言葉を口にし、暗い気持ちで自分の部屋へと戻った――
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