13 遅れた知らせ
父が用意してくれた車椅子には背後に松葉杖も収納できるようになっていた。
部屋に戻り、着替えを終えた私は父にお礼を言うために車椅子に乗ると書斎へ向かった。
廊下を車椅子で進んでいると、メイドとすれ違った。
「お帰りなさいませ、レティシア様。どちらかへ行かれるのですか? よろしければ私が押して差し上げましょうか?」
「慣れるためにもひとりで大丈夫よ。それより、お父様は書斎にいらっしゃるかしら?」
「いいえ。旦那様なら本日はお仕事で外出しております」
「そうだったの……教えてくれてありがとう。なら部屋に戻るわ」
私はメイドに告げると、ふたたび車椅子を動かして部屋に向かった。
お父様……お礼を言いたかったのに……
それと同時に、私の胸に不安が一つこみ上げてくる。大抵、父は仕事で出かけると数日間留守になる。
今夜、セブランの両親が尋ねてくる頃……父は在宅しているのだろうか……と。
その後部屋に戻った私は学校の課題と、父から託されていた書類のファイリング作業を行った。
取引先の書類を名簿順に並べてファイリングし、ラベルを貼る。
「ふぅ……こんなものかしら?」
出来上がったファイルは5冊分になっている。ファイルをもう一度開いて、並び順に間違いがないかチェックしていく。
「……大丈夫そうね」
私が父の仕事を手伝い始めたのは二年前。それも自分から言い始めたことだ。
父の愛情が欲しかった私は自分が役に立てば、私を認めてくれるのではないだろうかと思い、無理を言って仕事をさせてもらうように頼み込んだのだった。
始めの頃は簡単な手伝いばかりだったけれども、最近は少しずつ父の役に立てるような仕事を任せてもらえるようになっていた。
けれど、父の態度は相変わらず冷たいものだった。
それなのにイメルダ夫人とフィオナに対する態度は私とは、まるで真逆だった。だから私は父の幸せを奪った娘だから憎まれて当然なのだと思っていたけれど……
「この車椅子をプレゼントしてくれたということは……少しは私に愛情を持ってくれていると考えていいのかしら……」
だけど、それでも私は不安だった。だからもっと父の役に立つ人間にならなければ。決して困らせるようなことをしてはいけない。
「もっと、もっと頑張らないと……」
自分に言い聞かせたるのだった――
****
午後8時――
部屋で読書をしていると、扉をノックする音が聞こえた。
――コンコン
「どうぞー」
声をかけると扉が開かれ、フットマンが現れた。
「レティシア様、セブラン様と伯爵夫妻が、応接室にお見えになっていらっしゃいます」
「そうなのね? ありがとう。すぐに向かうわ」
笑みを浮かべて返事をすると、何故か突然謝られてしまった。
「大変、申し訳ございません!」
「え? どうしたの……?」
何故だろう? すごく……イヤな予感がする。
「は、はい……実は、既にセブラン様たちは三十分程前からお越しなのですがイメルダ様がレティシア様は今、足の調子が悪いので代わりに自分が対応すると仰られて、お呼びするのを止められてしまったのです」
「え!?」
その言葉に血の気が引く。
「イメルダ様とフィオナ様がセブラン様たちのお相手をされていたのですが……マグワイア伯爵夫妻が、レティシア様のお見舞いに来たのだからどうしても会わせて欲しいと仰られるので私がお迎えにあがりました」
「そ、そうだったのね……」
自分の声が震える。
酷い……イメルダ夫人はセブランだけでなく、マグワイア伯爵夫妻からも私を引き離そうとしているなんて……!
「すぐに行くわ! お願い、手を貸してくれる?」
「はい! もちろんです!」
フットマンは私の車椅子のハンドルを握ると、すぐに応接室へと運んでいく。
イメルダ夫人が勝手なことをしている……ということは、恐らく父はまだ帰宅していないのだろう。
おじ様とおば様は私がすぐに顔を出さなかったことで怒っていないだろうか……?
たまらなく不安な気持ちを抱えたまま私は応接室へ向かった。
応接室の扉は開け放したままになっていた。扉の前でフットマンに下がってもらうと、私は自分で車椅子を動かして応接室の中へと入った。
部屋にはソファに座ったイメルダ夫人にフィオナ。そして向かい側にはセブランとおじ様、おば様が座っている。
「遅れてしまい、大変申し訳ございませんでした」
お詫びの言葉を述べながら、部屋に入るとおば様が立ち上がって駆け寄ってきた。
「レティ! 会いたかったわ! とても心配していたのよ!」
そして私を強く抱きしめてくれた。
「おば様……」
その温かい胸の中がとても嬉しくて……私は目を閉じ、両手をそっとおば様の背中に回した――
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