メゾン・ド・十三B
松村生活
メゾンド・十三B
クリスマスシーズンは僕にとって退屈で、外に出ると否応なしに目に入ってくる赤いリボンや緑のツリーが忌々しく、仕方なく部屋に籠って大掃除をする事にした。まずは風呂場から。もはやスープ状と化した誰かの死体をバケツですくって片付けよう。
こいつが誰なのかはよく知らない。テキトーに出会い系アプリで探して駅で待ち合わせてお互い金欠だったから僕の家でセックスする事になり、朝遅く起きたら既に彼は湯船に沈み死んでいた。
全く勝手な奴である。人の家の風呂を勝手に使って勝手に死ぬとは。いい迷惑である。警察を呼ぶと面倒臭いので、風呂場の換気扇やドアの隙間等を密閉して冬まで放置していた。出会ったのは夏?だった気がする。もう名前も覚えてない。
ファブリーズではどうにもならないレベルの異臭を放っているが、僕の隣の家はゴミ屋敷でセルフネグレクト状態のおばさんが生きてるのか死んでるのか分からない感じでひっそり暮らしているし、下の階は大量の犬猫がいて部屋中糞尿まみれで劣悪な環境のようだ。風呂の死体スープくらいじゃ気付かれないレベルの異臭が既にアパート全体を覆っているので、何も問題無い。近所の方々からは「例のあそこ」とか「例のやばいとこ」とかヴォルデモート卿ような扱いを受けているアパートだ。死体のスープくらいむしろあって当然だろう。
黙々とスープをタンクに移して、骨を見つけたら二重にしたゴミ袋に入れる。後でゴミ袋の上からハンマーで叩きまくり、粉々にするつもりだ。随分骨の折れる作業ではあるが、運動不足の僕にとってはうってつけだろう。
そういえば先月あたりゴミ捨て場にゴミを捨てに行ったら、僕が捨てたゴミじゃないゴミに関して近所のゴミ捨て場ウォッチャー爺からうるさく文句を言われた。ヴォルデモートアパートの住人は彼にとって全て同じように見えていて、例えゴミ捨てのルールを守らなかったのが僕でなくとも他の住人であろうと、別の住宅に住む麗しきダンブルドアであろうと、彼には目の前の僕に全ての責任があるように思うらしい。正直気が狂っている。
朝からいわれなき罵倒を受けた僕はポケットからニトリルグローブ(L)を渋々取り出し彼の首をなるべくスムーズに折った。ずるずるとアパートの2階までそいつを運ぶのは一苦労だったが、朝の4時だったせいか、人気も無く、2週間経っても玄関前に警察が現われなかったので、多分誰も見てなかったんだろう。もしくは、見ても何とも思わなかったのかもしれない。全くこのへんの住民は薄情で頭のおかしい奴らばかりだ。
ああ、嫌な事を思い出してしまった。まだこの部屋にはその時の死体が残っているのだった。体液を吸い取る為の古布団を巻き付け上から災害用ブルーシートで覆っているがこれもどうにか処理せねばなるまい。全くいい迷惑である。僕は一人で静かに暮らすのが大好きなのに。
ピンポーン♪と、この地獄環境に似つかわしくない軽快なチャイムが鳴り響いた。誰だろう。全く面倒なタイミングでの来客だ。テレビもスマホもパソコンも持ってねぇっつってんのに幾度となく来るNHKの集金係だったら迷わず首を折ろう。
ドア越しに少し挙動不審だが快活な低い声が鳴り響く。
「ふ、2つ隣の201号室に引っ越してきました嵐山と申しますー!」
新しい住人?引っ越しの挨拶?新しい住人が来るのも久しぶりだし、隣でも無いのに挨拶に来る厄介者も久しぶりだ。タオルか菓子か佃煮でも持って来たのだろうか。紫のニトリルグローブを念の為付けてドアを開ける。
「うっ」溢れ出る死体の悪臭に新しい住人が顔をしかめる。
「すまないね。鹿を解体していたんだ」
「鹿?あ、201号室に引っ越してきたあら」
「嵐山くんだね!どうぞ宜しく」
「あ、あの、これ」
「ああ!申し訳ないね。鹿の肉いるかい?」
「いや、あー、あの」
「あっはっは、このアパート、凄い臭いでしょう?因みに君の隣はゴミ屋敷、僕の下は犬猫虐待部屋だ。君の下の部屋は何だったかな?ああ、あそこは事故物件というやつかな?トイレで巨漢の男が死んでそのまま3ヶ月経過してトイレのドアの下から脂肪が流れ出してた。僕が最初に発見したんだ。まぁ、あんまりいいアパートとはいえないねぇここは。早く引っ越した方がいいよ!じゃ」
「あ!待ってください!」ニトリルグローブ越しに手を掴まれた。
結構握力がある。よく見たらたっぱも僕よりずっとあるな。首を折るのは難しそうだ。金的して跪かせてから玄関脇に常に置いてあるオンタリオで背中から腎臓を刺そう。それが一番静かに済みそうだ。全くまた死体が増える。何で僕の周りにはろくな奴がいないんだ。
「し、鹿じゃないですよね」殺した方がいいな。
早速金的を狙って足を振り上げたら左手と右膝で挟まれて止められた。こいつ面倒臭そうだな。
「ま、待ってください。俺話すの遅くてすみません」
「何?」
「俺、大ファンなんです!」
「あ?」いいから足を放して欲しい。
「この、メゾン・ド・十三Bの!」
「それ『じゅうそう』じゃなくて『とさ』って読むんだよ」
「あ!そうなんですね!いけない!ずっと間違えてたははは!」
「で、何?足放して?痛いんだけど」
「あ、あ、すみませ、でも俺殺さなくて大丈夫です、変な奴じゃないんで」
「自分で変な奴じゃないって言う奴は大体変なんだよ。で、何?」
「鹿解体してるんじゃなくて、人間解体してますよね?俺匂いで分かるんですよ。人間、今、2体ですか?結構時間経ってますよね?貴方が面倒でしたら俺が代わってやりますけど。俺人間解体するの大好きなんで」
世の中には物好きな奴がいるもんだなぁ。
それからその嵐山という好青年風の変態は、度々僕に代わって「今日はどうやってばらそうかな~」とウキウキ作業してくれている。面倒臭い事が大嫌いな僕にとっては好都合だ。
僕が面倒な人間に出くわして殺すなり死なれるなりしたら、2つ隣の彼の部屋に持って行き、彼が「わ!やったー!ありがとうございまーす!」と底明るいテンションで死体を受け取り、黙々と解体していく。特に料金も請求してこない。ビジネスではなく単なる趣味らしい。全く便利な人間が越してきてくれたものだ。
僕はというと、彼が持ってるオシャレなコーヒーメーカーを勝手に使って勝手にカフェオレを飲みつつ、その解体風景を眺めている。
薬品で部分ごとに溶かしたり、災害用ブルーシートの上で肉を切り分け、ラップして冷凍庫にしまったり(食べるのか?)、特殊な乾燥装置の中に入れて即席ミイラにし粉状にして瓶に詰めて台所の棚にしまったり(飲むのか?)、実に様々な方法で人体を人体らしからぬものに変身させていく作業工程を見るのは案外退屈しない。
「上之段さん、国立映画アーカイブ知ってます?」
「東京出るのめんどくさい」
「そうやってすぐ面倒臭がって。今ポーランドの映画ポスターの展示が」
「僕そういうの詳しくねぇ」
「面白いですよ。単なるデートのお誘いです。俺おごりますし」
おごりかぁ。なら、いいかな。
クリスマスにデートなんて今迄40年生きてきたが、初めてだな。相変わらず赤のリボンも緑のツリーも忌々しいが、そのすぐ側にすっと姿勢良く立つ男は日頃死体の解体ばかりやってるとは思えない程の真っ白なスタンドカラーのロングコートを纏って、美しく僕を待っていた。
「何で待ち合わせなんだよ。アパートから一緒に行きゃいいじゃねぇか」
「俺、クリスマスのデートも待ち合わせも初めてで!一度やってみたかったんです!」
「あ、そう。飯どうすんの」
「お弁当作ってきました」
「絶対人肉入ってるだろ」
「入ってるに決まってるじゃないですか」
「何処で食べんだよ、こんな寒いのに。公園のベンチとか僕やだよ」
「あ、そこのデパート、フードコートが閑散としてるんです。弁当持ち込んでも文句言われませんよ」
「フードコートとか全然オシャレ感もクリスマス感もねぇな」
「だってそういうの貴方嫌いかと思って」
おそらく増税の影響で閑散としているフードコートで、嵐山のやけに可愛い弁当をもぐもぐ食べる。
この後鑑賞するであろうポーランドの映画ポスターも、クリスマスも、プレゼントも特に興味無かったのだが、プレゼントだけは何故か用意してきてしまった。前にトイレで死んだデブ男の脂肪で気紛れに作ったくせぇ石鹸だが、多分嵐山は喜ぶだろう。
最近は何故か面倒臭いと思う事が減ったので、もう今は嵐山の為に度々わざわざ人を殺しているようなもんだ。この歳になって喜ぶ顔の見たい相手が出来るとは思いもしなかった。
嵐山はおそらく今夜僕を殺して解体するつもりなのだろう。泣いて喜びながら僕の内臓に顔を浸し血をすするに違いない。全く狂人の考える恋は分からない。でもまぁ、もう別にそれでいいのだ。今はただ僕の死体の前で狂喜乱舞する嵐山の姿を見れない事がただただ惜しい。
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